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小比賀由美⑧

 近いうちに小林君は視力を無くし、来年度から盲学校へ転校してしまう……。そんな衝撃の事実を突然突き付けられて、私の頭は大パニックになっていた。吹奏楽部も平井先輩との恋も、あまつさえ小林君まで失ってしまうかもしれないなんて、不幸続きにも程がある……。これから私は、何を楽しみに生きていけばいいの?


 そんな気持ちも、新学期が始まって、小林君の顔を見たら、少しだけ落ち着いた。未だに携帯電話を持ってない私は、学校が休みになってしまうと、家電(いえでん)を躊躇無くかけられるハルカとしか連絡が取れなくて……。終業式の日以降、小林君とは何も話せていなかった。


 できるなら、彼を何とかしてあげたくてしょうがない。だけど私は、お医者さんでも神様でもなくて、してあげられることといえば……励ますことくらい。でも、私がどんなに励ましたって、彼の目は治らない。それどころか、逆に彼を追い詰めてしまうかもしれない……。


 すでに私は、約束した絵を描けないと言われて、小林君を責めるような態度を取ってしまった。……すごく後悔してる。本当は私だって、あの時小林君の身を案ずる言葉をかけたかった。


 ……でも、それ以上に、絵を描いてる小林君を見れなくなることが悔しかったんだ。あの絵は完成しない……って言われたのが、たまらなく残念だったんだ。……自分勝手なのは、私が一番分かってる。


「……ユミ、どうしたの? 何か……あった?」


 苦しくて、心の置き所が分からなくて、放課後の教室で泣きそうになっていたら、ハルカに声をかけられた。


「……しんどい」

「うん、見たらわかるよ……。何がそんなにしんどいの? 言えない?」

「言ったら、聞いてくれる?」

「聞いてあげないわけないじゃん。それでユミが楽になるんなら、何でも話して。力になれることなら、力になるし」


 そんなハルカの言葉に、安堵する私……。私も小林君に、こういう言葉をかけてあげれば良かったんだ。思えばハルカにも、自分勝手なことばっかり言ってた気がする。それでもこうしてそばにいてくれるハルカには、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだった。


「……私のクラスに、小林彰人君って名前の男の子がいるんだ」

「……うん」

「それでね、彼……とっても絵が上手なの。上手なだけじゃなくて、自然の本質を浮き彫りにするっていうか……、とにかく、言葉だけじゃ表現できないような、素晴らしい絵を描くの。私は彼の絵が好きで、部活を辞めてからはずっと、彼が描く絵を眺めてた……」

「そうだったんだ。放課後何やってるのかなって、ちょっと気になってた。……ユミは、その子のことが好きなの?」


 ハルカに聞かれて、考えた。……小林君は、好きとか、そんな単純な言葉だけで済む存在じゃない。彼は崇高なんだ、私の中で。そんな彼が私のことを好きだって言ってくれて、私は凄く嬉しかった。だけど同時に、恐れ多いというか、そんな気持ちも抱いていた。それに……


「……分かんない。でも彼は、私を好きだって言ってくれた」

「だったら、付き合っちゃえばいいじゃん! 悩みって恋煩い? なら、行動するのが一番だよ」

「……そうしたいんだけど、彼……目の病気になっちゃって。今年度いっぱいで、転校しちゃうんだって」


 ……私には、自信がなかった。転校して、遠くへ行ってしまった彼と……ちゃんと恋できる自信が。私は、人付き合いが得意じゃ無い割にはさみしがり屋だ。携帯電話も持ってない。小林君とお付き合いしても、寂しくて……身がもたないような気がした。


「……目の、病気? それって、どんな症状……?」


 でも、ハルカが気にかけてきたのは「転校するかどうか」じゃなかった。思いもしないところに興味をもってきたハルカに、ちょっとだけ困惑する私……。


「詳しくは知らないよ。だんだん……見えなくなって、もうすぐ失明しちゃうんだって。……あんなに絵が上手なのに、あんなに絵が好きなのに、……どうしてかな。神様って、残酷だよね……」

「……神様……か。もしかしたら、神様じゃ……ないかもしれないよ」

「……え?」

「……ううん、気にしないで。……そっか、確かにそれは悩むなぁ」


 何かを、ハルカに誤魔化されたような気がした。釈然としなかったけど、きっとハルカにも言いたくないことがあるんだと思う。


「……まだ完成してない絵があるんだ」


 そして、考え込むように黙ってしまったハルカに向かって、私は呟くようにそう切り出してから、続けた。


「……その絵さ、私がモデルなの。鉛筆で顔だけ描いてあって、色も塗ってない絵。完成させてくれるハズだったんだけど、ずっと途中のままで……。私は、早く完成した絵が見たかったのに、小林君に『もうすぐ失明するから描けない』って言われちゃってさ」


 少し自嘲気味に、笑いを挟む。


「だから、『今すぐ描いてよ、まだ見えてるんでしょ!?』……みたいな感じで、捲し立てちゃったんだよね私……。目が見えなくなる彼の方が、ずっと辛いのに。もう、自己嫌悪しかなくて……」

「そんなことないと思う。まだ見えてるんだから、描いてくれたっていいじゃん。私は、ユミの気持ち……分かるよ」


 そう、ハルカはきっと肯定してくれる。心のどこかでそう思ってたから、私はこのことを話せた。……もう、誰からも責められたくなかった。結局は、自分が傷つきたくないだけの弱い私……。


「……ありがと。でも、小林君には小林君の理由があるんだ。彼には、……人工物を描きたくないっていうポリシーがあってね。続きを描けなかったのは、私が……服を着てるからなの」

「……え? ……服?」

「だから彼は、まず私に告白して、ちゃんとお付き合いして、その後で続きを描こうと思ってたんだって。今はまだ描けないっていうのは、そういう意味だった」

「うーん、そっかぁ……。芸術家の言うことは、難しいね……」


 ……だけど、私にもなんとなく、小林君の気持ちは分かった。もしかしたら私にも、芸術家の血が流れてるのかもしれない。


「私は、完成したあの絵を……見たい。見たくて見たくてたまらない。私が彼の前で裸になれば、……続きを描いてくれると思う?」


 ……今、自分はとんでもないことを言ったと思った。ハルカが大げさに驚かなかったのが、奇跡に思えるくらい。……それに、そう尋ねておきながらも、私にはわかっていた。


 それは、彼の気持ちをなにも汲んでいないって。だって彼は、私とお付き合いしたかったんだもん。私の裸を見たいんじゃない。私が彼の前で一方的に脱いだところで、彼の思いも気持ちも、何も満たされない。そこにあるのは、「早く絵を完成させて欲しい」という、私の自己中心的な我が儘だけ……。結局は、私本意なんだ。


 私も……私だってきっと、彼のことが好きだ。彼が転校しなければ、お付き合いを申し込んでたかもしれない。……ん? まって、そもそも本当に、転校しなければ……付き合えたのかな?


 仮にお付き合いすることになったとして、私は……全盲になった彼を、どうやって支えるの……? デートだって、どうやってするの? 私がどんなにオシャレしても、どんなにカワイイ服を着ても、どんなに素晴らしい風景があっても、どんなに綺麗な花が咲いていても……。彼には何も見えないんだよ? 共感できないんだよ?


 そんなお付き合いに、私は……耐えられるの……?


 目が見える人に憧れて、だんだんと気持ちが離れていってしまったら? 私は、全盲だからっていう理由だけで、彼を振ってしまうの? 恐い……。そんなこと最悪なのに、そうならないっていう自信がなくて……。今の私には、ディープ過ぎる内容だった。


 私は、彼を尊敬してる。そこは間違いない。お付き合いできなかったとしても、ずっと仲良くしていたいし、そばにいたい。だけど……、彼は違うかもしれない。お付き合いできないなら、私とは一緒にいたくないと思ってるかもしれない。それなのに、こんなに人間として不完全な私が、あの絵の完成を彼に求めていいの? それでいいの!? 


「ねぇ、教えてよハルカっ!! 私は……私の考えていることは、やっぱり最悪なの!? 自己中なの!?」


 何がなんだか分からない。私がどうしたって、何をしたって……。彼の目は、治らない。彼が全盲になる前に、絵を描けなくなる前に、あの絵を完成させて欲しい。……だから脱ぐ。それでいいわけない。


「目が見えなくたって、絵を描いている人はいるし。人って意外と強いんだよ。その小林君だって、きっと逆境を乗り越えられる。命ある限り、目が見えなくても……きっと彼は、絵を描き続ける」


 ハルカはそう言うと、柔らかい表情で私を見つめた。


「目が見えなくなっても、ユミの身体は彼の貴重な情報として、その心に在り続けるんじゃないかな。後の彼の作品……果ては人生に、大きな影響を与えるかもしれない。間違いなく、彼の生きる糧になる。それは、絵を描いてくれる彼へのお返しに、十分なると思うよ。だから私は、自己中心的なんかじゃないと思う」


 えっ……? ……きょとんとする私の顔を見て、ハルカは笑った。


「だいたい、ユミだって身体を張るんだよ? ユミはさっきから当たり前みたいに『脱ぐ脱ぐ』って連呼してるけど、本当に脱げるの? 男の子の前だよ? 私だったら絶対できないなぁ」


 れ……冷静になってみれば、確かに……。私は自分の襟首を人差し指で引っぱって、その中にある小さな双丘を見つめた。


「……胸が小さかったら、落胆……されるかな?」

「気にするのそこ? 脱ぐ前からバレバレだし、大丈夫じゃない?」


 ……だよね。なんだか可笑しくなって、ハルカと一緒に大笑いした。久しぶりに、お腹の底から笑ったような気がした。

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