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小林彰人⑥

 僕は、小比賀由美と再会するために、この高校へ入学した――。


 初めて会った人に対して「再会」という言葉を使うなんて、おかしな話かもしれない。というか、おかしい。言わずもがな、僕が小比賀由美と初めて会ったのは、今の人生ではなく前世だ。


 ただ、どうやら前世では、高校生の時に小比賀と出会ったわけではないらしい。高校に入学した僕は、同時に前世の高校時代の記憶を取り戻し始めていたものの、一向に小比賀は出てこなかった。


 加えて、「小比賀由美」という名前が、イマイチピンと来ない。前世で僕は、小比賀のことを「小比賀」とは呼んでいなかったようなのだ。かといって、「由美」という呼び方もしっくりこないのだけど。


 記憶をうまく引き出せないのは、小比賀の呼び方だけじゃない。彼女とどこで出会い、どんな関係にあったのかも、靄がかかったように思い出せないのだ。そこから考えられるのは、前世で小比賀と出会った時期が、高校よりももっと先だったのではないかということ。


 つまり僕は、前世よりもずっと早く、小比賀と出会ったことになる。これが何を意味するのか、自分なりに考えてみた僕は……。ある一つの最適解へと行きついた。


 確かに今は、小比賀のことをほとんど思い出せない。ただ、はっきり思い出せないだけで、記憶の端々は僕の頭の中にプカプカと浮いている。……不気味なのは、その記憶があまり心地いいものじゃないことだ。得体のしれない恐怖に飲み込まれそうになったこともある。


 ……小比賀自身が怖いわけじゃない。それは、悪夢から覚め、夢だったことに安堵するような感覚と似ている。


 無邪気に笑う小比賀を見て心が痛くなったり、幸せを語る小比賀を見て苦しくなったり……。度々抱く、このような負の感情の正体について、僕はだんだんと察しがついていった。あまり考えたくないけれど、僕の前世で小比賀はきっと……


 ……酷く、悲惨な人生を歩んでいたに違いない。


 僕は、そんな小比賀を必死に救おうとしたのだろう。……だけど恐らく失敗して、自責の念に打ちひしがれたまま……何らかの理由で前世を終えた僕は、やりきれない思いからこうして同じ人間の人生を繰り返し、今に至る……。


 ……最後のほうは考察というより怪談創作だけど、要するに僕は、「彼女を幸せにする」ためにこうして人生をやり直し、前世よりも早く彼女と再会したんじゃないだろうか。……これが、結論だ。


 ただ、「彼女が不幸になってしまった原因」がはっきりしない今、僕には何の手の打ちようもない。……というか、そもそも彼女に話しかけることすらできてない。……同じクラスなのに。


 兎にも角にも、まずは彼女と良好な関係を築かなくては。突然「君を幸せにしたい」なんて彼女に言ったところで、変人扱いされて終わる未来は火を見るよりも明らかである。


 ……ただ困ったことに、気軽に声をかけるには小比賀が少し素敵すぎた。少しというか、すごく素敵だった。近づくだけで緊張してしまうくらいに。話しかけようとしては諦め……、こんなことを繰り返す日々が続き、僕も僕で自分の意気地のなさに呆れた。


 こうしているうちに、小比賀に関する記憶もぽつぽつと蘇り、僕がかつてトランペットに固執していた理由も、徐々に分かってきた。まだおぼろげな記憶だけど、小比賀はトランペットの演奏がものすごく上手で、きっと僕は、そんな彼女へ必死に近づこうとしていたんだ。


 もちろん、彼女との距離を縮める一番手っ取り早い方法が、吹奏楽部へ入部することだというのは分かっている。だけど残念ながら、僕は中学でトランペットに挫折している身だ。こんな僕が吹奏楽部へ入るなんて、わざわざ恥を晒して嫌われに行くようなものだろう。


 他に何か取り柄はないのか……。そう考えて思いついたのが、絵だった。大して容姿も良くない僕に、何の取柄もなかったら、仲良くなれたとしても一緒にいるのが辛くなってしまう。だけど、僕には「絵」がある。音楽ができなくたって、小比賀は僕を尊敬してくれるかもしれない。「互いに尊敬し合える関係」なら、長く続くと思った。


 僕は早速行動に出た。この学校には美術部がなかったので、放課後絵を描かせてくれる場所がない。そこで、美術の先生に自信作を数点見せ、「放課後絵を描く活動ができる場所を提供してほしい」とお願いしてみたのだ。……結果は、「イエス」だった。


 先生は、ほとんど物置同然になっていた美術室準備室を片付け、毎月一枚絵を描いて提出することを条件に、「好きに使っていい」と言ってくれた。行動してみるものだと思った。あとはここに小比賀を誘い、一緒に絵を描きながら絆を深めていければ……。


 予定では、仮入部期間が始まる前に準備を整えるはずだったのに、ギリギリ間に合わなかった。まぁ、小比賀は間違いなく吹奏楽部へ入るだろうから、たまに顔出してくれる程度でいい。とにかく、これで自信をもって小比賀に声をかけられる。準備が整った次の日の昼休み、僕は大きく深呼吸してから、その第一歩を踏み出した。


「あの……ちょっといい?」

「はぁ!? なんか用!?」

「いや、あの……。ご……ごめん……」


 ……終わった。僕の第一歩は、秒で躓いた。想像してみてほしい。憧れの女の子に話しかけるため、二週間もかけて必死に準備をしたのに、その上で渾身の勇気を振り絞って声をかけた結果が「はぁ!? なんか用!?」……だった時の絶望的な気持ちを。僕は、この時の敵意むき出しな彼女の顔を、一生忘れることはないだろう。


「……あ、えっと……。小林……くん?」


 ただ、彼女も別に、話しかけたのが僕だったから怒鳴った……というわけではなさそうだった。次の瞬間には表情が柔らかくなっていて……というか、「しまった」と驚いた表情をしていて、怒鳴ったことを後悔しているのが伝わってきた。単に、僕が話しかけるタイミングを間違えてしまっただけなのだろう。少しだけ、安心する。


「私こそごめん。……で? 私に何か用……?」

「いや。用……っていうか……。用が無きゃ、話しかけちゃダメ?」

「……別にいいけど」


 ……それでも、なんとなく対応が冷たい気がするのは、気のせいだろうか。……気のせいであってほしい。


「僕、トランペットの音色が好きでさ。吹けるようになりたかったんだけど、全く上達しなかったんだ」

「それ、もしかしたら……マウスピースが合ってなかったのかも。合わないマウスピースだと、本当にぜんぜん音が出ないときあるよ。だから私は、いつも自分専用のマウスピース持ち歩いてるんだ」


 その後はなんとか会話を続けることができたけど、話すにつれて……僕の中には、何か後ろめたさのようなものが芽生え始めた。


 トランペットの話をする小比賀は、生き生きしていて、キラキラしていて、いつも以上に素敵だった。こんな小比賀を、「仲良くしたいから」というよくわからない理由で僕につき合わせていいのか。いや、思う存分トランペットへ尽くしたほうがいいに決まってる。


「なるほど……。僕もマウスピース換えたら吹けるようになるかな?」

「なるよ! きっとなる!! なんなら、小林君も吹奏楽部入ったら? ちょうど、一緒に入る約束してた友達に裏切られちゃったところでさ」


 そんなことを考えていると、逆に小比賀から吹奏楽部へ誘われてしまった。これは、僕にとって完全に予想外の展開だった。もちろん、マウスピースを変えたところで恥晒しになるのが関の山だろうし、小比賀と一緒に吹奏楽をやる勇気なんてとても出ない。


「ごめん、そうしたいのは山々なんだけど……。小比賀の足手まといにはなりたくないし、僕は僕で吹奏楽とはまた違う楽しみを見つけたんだ。今はそっちを頑張りたくて……」

「……あはは、そっか。残念」


 この流れじゃ、一緒に放課後絵を描こう……なんて、もう言えないな……。そう判断した僕は、ひとまず今回は引き下がり、また次の機会を探すことにした。


「……っていうか、先手取られたっていうか」

「……先手?」

「いや、まぁその……、やっぱり小比賀にはトランペットが似合うって改めて分かったから、僕は諦めるよ」

「えっ、ちょっとどういうこと? 意味分からないんだけど」

「気にしないで! なんか邪魔しちゃってゴメンな。僕はもう行くよ。これからも小比賀のこと、応援してるから」


 ほとんど捨て台詞同然の言葉を吐き出し、小比賀の前から立ち去る僕。何をしようとしていたのか、何がしたかったのか、自分でもよくわからなくなっていた。


 放課後になっても、特に用事はない。失意の底に沈んだ気持ちのまま、誰もいない美術準備室で一人キャンバスをセットした。音楽室は美術室の上にあるらしく、吹奏楽部の練習音が聴こえてくる。


 ここで最初に描く絵は、何にしよう……。そう考えた瞬間に、答えは出た。何本か鉛筆を取り出し、真っ白なキャンバスへ幾重も線を引いてゆく。消しゴムで消したり、ティシュペーパーや指の腹で擦ったり。どんな邪魔も気にならないくらい、僕は夢中になった。

 

 ……そこには、穏やかな表情の女性がいた。笑うでもなく、泣くでもなく、真黒な瞳でこちらをじっと見つめている。その少女、小比賀由美は……。まるで、何かを訴えかけているようにも見えた。そして、彼女の顔だけを描いた僕は、そっと鉛筆を置く。この先は一生描けないんだろうな……、そう思いながら。


 幸いにもその後、ひょんなキッカケで小比賀は美術準備室へ来てくれるようになった。色々と苦労した割には、あっけない結末で……。しばらくは、彼女が来るのを心待ちにする毎日が続いた。


 ……だけど。僕の幸せな日々は、間もなく破綻へ向かい始める。

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