第33話 菊池大隊の撤収
オーテン(アウステン)山、北側の日本軍陣地である。
川口支隊の残兵達が撤収の準備を急いでいる。
急ごしらえの陣地には痩せ細った軍医・気丈を装う看護婦・返事を返さない負傷兵・骨と皮の栄養失調兵・何を聞いても笑っている狂気兵がひしめいている。
菊池大隊本部。
大洞窟には五三〇名の残兵達が集まっている。
藤田龍太郎中尉が、
「急げ、乗り遅れるぞ。おい、キサマ! 荷物は軽くしろと言ったじゃないか」
「はい!」
藤田中尉は残兵達に、
「全員、階級章を外せ。狙われるぞ」
「はい!」
「負傷兵や病人は此処に残れ。手榴弾と弾を置いて行く」
片足を失った小林晋二上等兵が、
「連れて行って下さい」
藤田中尉は小林上等兵を見て、
「キサマ、歩けるのか」
「大丈夫でありますッ!」
小林上等兵は壁の38銃を取り必死に片足で立つ。
「岬は遠い。着く前に死ぬぞ」
「構いません。連れて行って下さい」
あちこちから傷病兵達の声が。
「お願いします。ワタシも連れて行って下さい。置いて行かないで下さい」
「キサマ等を連れて行きたい。しかし俺達は全員、四日後までに岬に着かなければ全員が餓死か玉砕なんだ」
傷病兵達は涙を流して藤田中尉を見る。
藤田中尉の眼からも涙が溢れ出る。
「堪えてくれ。キサマ達の事は必ず故国の家族に伝える。すまない・・・、すまない。運命だと思って諦めてくれ」
傷病兵達は全員号泣する。
狭い空き地に大勢の残兵が整列している。
将校達が兵隊達の前に立ち点呼を取っている。
一人の骨と皮の工藤信吉 二等兵と云う兵隊が、38銃を杖代わりに立っている。
将校の一人、沢田神治大尉が、
「おい、キサマ。歩けるのか」
工藤信吉二等兵は有りっ丈の声をふり絞り、
「はいッ! 歩けまーすッ!」
気丈に38銃を肩に背負う工藤二等兵。
沢田大尉は工藤二等兵を見詰めて、
「良いんだな」
工藤二等兵は涙を堪えながら歯をくいしばり、
「はいッ! 工藤は大丈夫であります! お願いします!」
痩せた高級将校の菊池源一郎中佐が気合の入った号礼をかける。
「全員揃ったか。これから撤退する。絶対に生きて戻る! 前の者に遅れるな。良いかッ!」
全兵達が最後の力を振り絞り、
「はいッ!」
「よし、行くぞ!」
菊池大隊(六百人)の残兵達が、長い隊列を組んでジャングルの中に消えて行く。
目的地は島の北、『エスペランサ(希望)の岬』である。
続く




