第23話 キニーネ
米軍のテントから奪った懐中電灯が、明るくホラ穴営舎の中を照らす。
木村一等兵が咳き込みながら座って居る。
木原少尉は心配そうに木村一等兵の顔を見て、
「大丈夫か」
「はい。野村伍長殿が先ほど水とバナナを持って来てくれました」
「野村伍長が? ・・・良かったなあ。あッ、オマエの為に関元達が薬を調達して来たぞ」
「え? 何処から」
「飛行場だよ」
「やったんですか」
「うん。早坂中隊長と佐々木准尉のお陰で上手く行ったそうだ」
「中隊長殿と佐々木准尉殿? 生きて居られたんですか!」
木村一等兵は熱で過去の事を忘れている。
木原少尉は奇妙な顔で木村一等兵を見て、
「うん? ・・・ああ」
木原少尉が関元曹長に目配せをする。
「はい」
関元曹長は麻袋の底から救急箱を取り出し、蓋を開ける。
赤い色の小瓶を三個、包帯、ピンセット、軟膏、錠剤・・・麻袋の上に並べてゆく。
木原少尉が、
「キニーネは有るか?」
「分りません。自分は横文字はダメです」
木原少尉は瓶を一つ一つ手に取り、
「・・・これだな。書いてある」
「さすが帝大出だ」
「バカな事言ってないで、何か器を持って来い」
「あ、良い物が有ります」
関元曹長がホラ穴の隅に置いてある自分の背嚢を引っ張り出す。
背嚢を解いて、『白紙に包んだ小さな物』を取り出す。
木原少尉が、
「何だそれは?」
「猪口です」
「チョコ? 面白い物を持ってるなあ」
「女房が別れる時に、これを渡してくれたんです。三三九度の記念ですよ」
関元曹長は大切そうに木原少尉に渡す。
木原少尉は渡された猪口に、蓋を開けた『キニーネ』を注ぎながら、
「・・・粋な女房だな」
「へへへ、元芸者ですから」
「何? キサマの女房は芸者か?」
「はい。深川でね」
「フカガワ?・・・凄いじゃないか」
「別に凄くはねーですよ。ただの狸芸者ですから」
木原少尉が木村一等兵にキニーネを注いだ猪口を渡す。
木村一等兵は起き上がり、涙を溜めながら猪口を受け取る。
傍で聞いていた森 二等兵が関心した様に、
「関元曹長のカミサンは芸者ですか」
「バカ。だったんだ」
「ほお~・・・」
河野上等兵が、
「紹介してくださいよ」
大宮上等兵、
「生きて戻れたらね」
ホラ穴の外で鳥の声が聞こえる。
木村一等兵が皆を見て、
「・・・すんません。迷惑をかけて」
木原少尉が、
「気にするな。死ぬ時は一緒だ」
関元曹長が、
関元「治ったらオマエにも鼠をやって貰うからな」
兵士達が笑う。
続く




