第10話 再生出来ない兵士
痩せ細った森 二等兵が、樹の株にもたれかかり虚な目をして座っている。
ジャングルに奇妙な声が木霊する。
『オ~イ・・・ノブコー・・・タスケテクレ~・・・」
森 二等兵が、
「・・・? おい・・・、誰か呼んでるぞ」
渡部二等兵は夕飯の支度をしながら、
「鳥の声だろう」
『オ~イ・・・タスケテクレー・・・』
森 二等兵、
「?・・・いや、ヒトの声だ」
渡部二等兵、
「南方の島には人の声を真似する鳥が居るそうだ。それにしても・・・。あの声を一晩中聞かされたら気が変になるな」
渡部二等兵が飯ごうの蓋を持って森二等兵の傍に座る。
「さあ、メシだ。喰え」
森 二等兵は蓋の中身を見て、
「・・・何だコレは?」
「ネズミだ」
「ネズミ~?」
「粥と一緒に煮てあるから大丈夫だ」
「カユ・・・米が見えんぞ」
「一日十五粒! 中隊長の命令だ。だから十五粒入れてある」
「十五粒か・・・。この白い蕎麦はオマエが打ったのか?」
「それはミミズだ」
「ミミズ?・・・」
森 二等兵は気持悪そうに、さ湯の様な「夕飯」を啜る。
渡部二等兵は森 二等兵の顔を見て、
「・・・旨いか?」
「うん? 分からない。オマエも食え」
「俺はいい」
「いい? ・・・俺に食わせといてオマエは食わんのか。死ぬぞ」
またあの声が木霊する。
『オ~イ・・・コロシテクレ~・・・』
森 二等兵が、
「もし俺があの鳥の様に成ったら殺してくれよな。どうせ国には帰れねーんだ。幽霊に成ってこの島で永遠に戦ってやる」
「俺も頼む。どうせ、国に帰っても家族なんて居やしねえし。ずっとここで幽霊に成って皆なと暮らした方が楽しいや」
「佐々木准尉達(再生兵)の夜はどうして居るんだろうな」
「あの人達は別の世界に居るんだ。腹も空かずに俺達の事を見てるんじゃなかな。何しろ一度死んだ人だから・・・」
森 二等兵が、
「仏様は腹が減らねえのか・・・。俺も突撃して一度、死んだ方がましだったな。ここは生き地獄だ」
ため息を吐く森 二等兵。
渡部二等兵が俯いて、
「焦らなくても明日は死ぬよ・・・」
夜が明けて渡部二等兵が森 二等兵を起こす。
「おい、森・・・。生きてるか」
片目を開ける森 二等兵。
「・・・生きてるよ」
「餌でも探しに行くか」
「エサ? ああ、餌ね。・・・うん」
二人が銃を杖代わりにして起き上る。
すると『野豚』が獣道を歩いて来る。
森 二等兵が、
「? おい、・・・ブタだ」
渡部二等兵も驚いて、
「あッ、ブタだ! つ、捕まえろ!」
「待て。俺が先に廻る」
森 二等兵がジャングルの中を急ぐ。
樹の根元にボロボロの兵衣を纏った骨と皮の兵士が俯いて座っている。
森 二等兵は兵士に近付いて声を掛ける。
「おい!」
兵士はゆっくりと顔を上げる。
下半身から小便が流れ出した。
兵士は森 二等兵を見詰めて掠れた声で、
「タ・・・ス・ケ・テ・クレ」
昨晩からの声の主であった。
森 二等兵は兵士に、
「何処の部隊だ?」
「ス・ミ・ヨ・シ・・・」
「スミヨシ?・・・住吉の戦車兵か。此処まで来ていたのか。他の兵は?」
「ワカ・ラ・ナ・イ」
「申し訳ない。俺はオマエを助ける事が出来ない。勘弁してくれ」
「・・・ツ・レ・テ・ッテ・クレ」
森 二等兵は兵士に向かって手を合わせる。
「すまん。・・・スマン」
兵士の窪んだ片眼から大粒の涙がこぼれる。
森 二等兵の目からも泪が溢れ出る。
兵士が握り拳を 森 二等兵に見せる。
その手を握る森 二等兵
兵士の拳の中から紙が覗く。
森 二等兵は兵士の拳を開くと、クシャクシャに成った紙が出て来た。
その紙を取り、開く森 二等兵。
『写真』であった。
写真は『出征時の写真』である。
女と乳飲み子が映っている。
森 二等兵が兵士を見て、
「・・・ヨメさんか?」
兵士は首を縦に振る。
森 二等兵は兵士を暫く見詰め、
「・・・分った・・・分かったぞ。・・・そうか。そうか・・・」
森 二等兵の目から泪が溢れて止まらない。
兵士は、か細い声で、
「ジュウショ ハ・・・ウ・シ・ロ・・・・」
兵士は力無く俯く。
森 二等兵は突然立ち上がり、兵士に向かって『不動の姿勢で敬礼』をする。
そして唇を噛み締め、
「もし、俺が生きて帰れたら・・・この写真のヨメさんにキサマの最期を伝えてやるッ!」
と叫ぶ。
堰を切った様に涙が溢れる森 二等兵。
そして、
「頼むから、俺を恨まないでくれ。恨むなよ」
の言葉を残して森 二等兵が、淋しく急いで立ち去って行く。
続く




