第六話「訓練場への招待」
ベルナルドのはじめての視察が終了し、3人が城へ帰還すると、いかつい兵士に呼び止められた。
「ベルナルド殿、ちょっとよろしいですか?」
口調は丁寧だが、感じはよろしくない。
「私は、この城で兵士長を務めるボルドーと申します。ご帰城早々申し訳ないが、これから訓練場へ来ていただきたい」
まるで決闘でも申し込むかのような言い方だ。
「ボルドー殿、国王の許可は取られているのですか?ベルナルド殿は視察から帰られたばかりですよ」
「いきなり訓練場へのお誘いとは、ベルナルド殿に対して失礼すぎじゃないですか?」
ニックとヒッチが間に入る。
「これは、私の独断だ。私はベルナルド殿と話をしている。2人は引っ込んでいてくれ」
ボルドーは、あからさまに他者を寄せ付けないオーラを出している。
「良いだろう」
ベルナルドは相手の申し出を受け入れた。
ニックとヒッチは戸惑った。
「ベルナルド殿、彼は国王の許可を取っていません。無理してついていく必要なんてないのですよ!」
「この人を相手にする必要なんかありませんよ」
2人はベルナルドを静止する。
「いや、私も興味がある。訓練場というのはどこにあるんだ?」
「こっちです。ついてきてください」
ボルドーはすぐに訓練場へ向かい始める。
素直に後をついていくベルナルド。
2人で勝手に話を進められてしまい、置いてけぼりをくらってしまったニックとヒッチは、大臣の元へと急いだ。
訓練場。
ペシミール城の一角にある、血と汗の染み付いた場所。
兵士たちが訓練に使う場所だが、兵士の中でも血の気が多い者たちの溜まり場であり、他の者たちは好んで近づかない。
そのため、穏やかな雰囲気を纏っているペシミール国の中では異質な空間となっていた。
何人かが木製の剣を打ち合っているところに、ベルナルドとボルドーが現れた。
そこにいた者たち全員が視線を向ける。
場に緊張が走る。
「ベルナルド殿は異世界の勇者とのこと。これからこの国にご助力いただけるとお伺いしています。その一環として、ベルナルド殿には、是非我々に稽古をつけていただきたいと考えております。お受けしていただけないでしょうか?」
ボルドーは、相変わらず挑発的な態度だった。
ベルナルドは周囲を見渡す。
先ほどまでとは全く異なる空気。
自然と全身に力が入る。
「私に教えられることなどあるのだろうか?」
ベルナルドは、剣術に関しては全くの初心者である。
「軽く稽古をつけていただく程度で大丈夫です。難しく考えないでください」
(この男、勇者というが、剣も身につけず丸腰で現れたというではないか。確かに体格は規格外だが、剣術などできるようには到底思えない。そんな男がこの国を救えるというのか?それをここで確かめる!)
ボルドーの考えは最もである。
そして、城中の者が同じことを考えていた。
「武器はそこにあるものを自由に使ってもらって大丈夫です。準備ができたら教えてください」
ベルナルドは、そこらへんに置いてある木剣を拾い上げ、試しに何度か振ってみる。
ぶんっぶんっ!
その動作は、傍目から見ても分かる素人っぷりだった。
(どう見ても素人にしか見えん)
スッ。
ベルナルドは、剣道の授業を思い出し、構えて姿勢を整える。
(よし、これでいこう)
暫く壁と向き合った後、中央へ移動する。
周囲の者も、準備ができたようだと察する。
「準備は良いですかな?それでは、順番に行かせていただきます」
彼らは、1人ずつ連続して挑むつもりだ。
最初の相手は、見るからに若手といった感じである。
構えも初心者そのもの。
自分より数段大きなベルナルド相手に気遅れしている。
対するベルナルドは、重心をずらさず、左足を少し前に出し剣を正中線に真っ直ぐ構える。
巨大な岩が剣を構えているような不気味さ。
体格と合わせて、相手に大きなプレッシャーを与える。
「ウ、ウオオオオオオ!」
特に策を持たぬ相手は、自分自身を奮い立たせながら、ベルナルドに突っ込んでいく。
ドンッ!
相手は後に吹っ飛んだ。
3mほど飛んだ後ゴロゴロと転がり、訓練場の汚れた砂に塗れた。
明確に防具のプレートが凹んでいる。
!?
他の者たちは目を見開いた。
一瞬の出来事。
何が起こったか理解できない者も多い。
しかし、ボルドーはその攻防をちゃんと捉えていた。
(突きか……。シンプルだが、厄介だな)
正面に構えた状態から最短距離で繰り出される突きは、格闘技における前蹴りと同等以上。
その切先が相手へ到着するにはコンマ数秒もあれば十分。
そして、193cm 86kgの体格から繰り出されるインパクトは相当なものだった。
剣術の素人であるベルナルドは、これが今回の最善手だと判断した。
(しかし、それだけでは、まだ実力は分からない!)
ボルドーは、相手の力量を見極めようというより、どうやって倒すかを考えている。
兵士たちは完全に戦闘モードのスイッチが入っている。
「次は俺が行こう」
少し腕に覚えがありそうなものが挑戦する。
ザッ、ザザッ、ザッ。
左右にステップを刻み、フェイントをかけながら相手の隙を伺う。
しかし、ベルナルドは軸足を回転させながら、最小限の動きで相手を正面に捉え続ける。
ベルナルドは体力を温存できたが、相手はプレッシャーを受け続けることになる。
「チッ!」
隙を見つけられなかった挑戦者は、焦りを露わにし相手に飛び込む。
ドンッ!
最初の挑戦者と結果は全く同じだった。
「次は俺だ」
絶え間なく挑戦者が後に続く。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
次々と挑戦者がベルナルドに挑んでいくが、いずれも同じ結果となっていった。
ベルナルドに吹き飛ばされた兵士の中には意識が飛んでしまった者もいたが、その殆どのは訓練場の角で丸まっている。
ベルナルドの強烈な突きをくらい、完全に戦意を喪失してしまって、もう一度挑戦しようと考えるものは皆無だった。
防具を外し、負傷箇所を摩りながら、大袈裟な程痛そうにしながらうずくまったりゴロゴロ転がっている。
その様子はまるで、現代サッカーの試合場のようであった。
「次は、私の相手が相手になります」
兵士たちの様子を見かねて、ついにボルドーが声を挙げた。
ボルドーはゆっくりと剣を構える。
相対する2人。
そこへ、大臣と近衛兵を連れたニックとヒッチが到着する。
「何をしている!!」
「ボルドー、何をやっているのか分かっているのか!!」
血相を変えた大臣はボルドーを嗜めた。
「止めないでください。責任は後で取ります」
ボルドーは正面を見据えたまま返事をする。
「覚悟しておくがいい」
大臣は、怒りを抑えながら言い放つ。
少し不可解な行動。
実際、ここで近衛兵に強引に取り押さえさせることもできたが、そこまではしなかった。
なぜなら、大臣もベルナルドの実力が気になっていたからだ。
ボルドーは右手だけで剣を構えている。
カッ、カッ、カカッ。
その剣先で相手の剣先を小刻みに叩きながら間合いを詰めようとにじり寄る。
なんとか切先をずらし、打ち込みたい気持ちが伺える。
ベルナルドは、剣先をずらされる度に、体の中心へ戻しつつ後ずさりする。
こちらは踏み込みを警戒している。
ベルナルドが後退し続け、もう後がなくなりそうなところで、ボルドーが踏み込む。
狙いは、前に出している相手の左足!素早く切り払いにいく。
ガッ!
次の瞬間、ボルドーは回転しながら後に転がった。
ベルナルドの突きが左肩に突き刺さったのだ。
強烈な痛みに、声が出そうになるが、我慢しながら肩を抑える。
勝負あり!
と皆は思ったが、ボルドーは再び剣を持ち、立ち向かおうとする。
「もう一戦……」
ドンッ!
ダメージを負ったボルドーは、明らかに動きが鈍くなっていた。
今度は胸元のプレートに、まともに突きをもらう。
「まだ……まだ……」
ドンッ!
「……」
ドンッ!
「……」
周囲の者はじっと2人の戦いに見入っていた。
ベルナルドは顔色一つ変えず、全く構えを崩さない。
そんな相手に、何度転がされても立ち向かうボルドー。
その様子を口を開け、ただ観ていることしかできない。
この光景は、皆の心に焼きつくものとなっていた。
「そこまでじゃ……」
大臣が止めに入る。
ボルドーは地面に転がりながら苦しそうにしている。
一方のベルナルドは、汗ひとつかかず、訓練場に来る前と何も変わらないという様子だった。
そして、結局ベルナルドは、「突き」のみで兵士全員を打ち負かしてしまった。
ベルナルドは剣を横に置き、ボルドーに声をかける。
「大変勉強になった。感謝する」
兵士たちは驚いた。そして、自分たちの行いを恥じた。
勝負あり。
ボルドーは頭を地面に打ちつけた。
「ベルナルド殿、この度の非礼をお詫びいたします。大変申し訳ございません」
大臣たちは跪き、心よりお詫びをする。
「この者たちの処分は後で決定いたします。このような愚かな行為、どうかお許しください」
大臣は、勇者の実力を疑っていた自分の浅ましさを恥じていた。
「いや、私はただ訓練に付き合っただけだ」
「!?なんと寛大なお言葉。しかし、この者たちは処分を免れませぬ」
(この人たちは、処分されるほどのことは何もしていないのに)
ベルナルドは少し困ってしまいます。
でも、筋肉たちの囁きによりすぐに名案が浮かびました。
「では、こうしよう。夕食に肉や卵や豆をたくさん出して欲しいのだが、この者たちの分もいただけないだろうか?」
「ベルナルド殿の寛大な御心には、この国、いやこの世界中の誰も並ぶ者はおりますまい。そのような容易いこと、すぐに手配いたします。今後1ヶ月の間、朝昼晩、ベルナルド殿の胃袋が不満を漏らすことはないでしょう。それくらいであれば、この者たちが反省するには十分かもしれません」
「いや、今晩だけでも良いのだが……」
「そうと決まれば、このような、むさ苦しいところにはもう用はないでしょう。さあ、どうぞこちらへ」
そう言うと、大臣たちは、忙しなくベルナルドを城へと連れて行きました。
……。
テレレッテテッテー。
ベルナルドは剣術「突き」を習得した!




