第五話「里の幸、山の幸、その先」
「素晴らしい!」
メッテの肩を掴んだまま、もう一度同じセリフを繰り返す。
メッテは、思わず手を払い、後ずさる。
そんなことをされるのは生まれて初めてであったため、大いに戸惑った。
(一体何なんだ、この人は?)
「良ければ、その保存食を見せてはもらえないだろうか?」
食い気味に質問される。
「ええ……、いいですけど」
お目当ては保存食だと、改めて認識し安心する。
外にある木造の乾燥貯蔵庫へ案内し、中身についてざっと解説を済ませる。
「うちの貯蔵庫は2つです。この木造の乾燥貯蔵庫とは別に半地下の芋蔵があります。こっちには、ライ麦や豆類などをメインに、チーズや塩漬肉と燻製肉などを少々置いています。その他、食用のものだけでなく、種籾や種豆なども保管してあります」
「これらの食料はどのくらい保つのだろうか?」
「うちは毎年収穫までは保ってはいますが、そんなに余裕があるわけではありません。農作物としては、これからの方が食料事情は厳しくなります。特に芋など、痛み始める食材から優先して食べていくことになります」
流石のベルナルドも、貧しい農家の貴重な食料を分けてもらう訳にはいかず、少ししょんぼり。
でも、すぐに気持ちを切り替え、食料問題の解決策を考えようとします。
流石はベルナルド。
「この品種の生育環境は?収穫量は?収穫サイクルは?保存期間は?」
次々と質問が繰り出され、どんどん答えていく。
このようなやり取りが何度か繰り返され、もう十分だろうと思った辺りで落ち着く。
「休耕地がもったいないのだが……」
「そうなんですよね……」
先ほどまで、もの欲しそうに見えていたのは気のせいだったかもしれない。
と、メッテは思った。
「ネックは土地の栄養か……」
「家畜は山で食事をした後、農地で糞を回収します。それに藁・枯草などを混ぜて発酵させたものを肥料として使用していますし、人糞も活用しています。やることはやっているのですが……。」
(こちらとしても、できることなら畑をフル回転させたい)
困ったなぁ、困ったなぁ。ベルナルドの筋肉たちも困り果てている様子です。
このままでは、自慢の筋肉たちが大変なことになってしまうかもしれません。
がんばれ、ベルナルド!
「ふむ、ありがとう」
「いえ、お役に立てず申し訳ございません」
ようやく、お役御免となりそうだ。
「急なところ押しかけてしまい申し訳ない。丁寧なおもてなしと案内、感謝する」
「ありがとう、メッテ。助かったよ」
「じゃあな」
そういうと、勇者様御一行は窮屈で退屈な我が家から去って行った。
「勇者様がこの国の問題を解決してくれるといいねぇ」
母は大きな期待を込めて呟いた。
「そうね」
あの人は、単に食いしん坊なのかもしれない。だって、あんなに大きな体をしているもの。
と思いながらメッテは呟いた。
さて、次に勇者一行が向かうのは、牧場、ではなく裏山。
城から見て、左からレフティマウンテン、ミッドマウンテン、ライティマウンテン。
とりあえず重要なのは、真ん中のミッドマウンテンであり、他はそこまで重要ではなくそこそこという話だった。
そういうわけで、ミッドマウンテンへと向かう。
畜産業については、ミッドマウンテンを目指す道中に、ニックの分かりやすい解説を聞いて済ますことにした。
ニックの解説は分かりやすいからね。
「畜産についてですが、まず動物については、数が多い順に鶏、羊、山羊、牛、豚、馬となります。殆どが、国内の食料関係での消費になりますが、数少ないこの国の交易品として、繊維があります。羊毛から取れるものを加工して買い取ってもらっていて、この国にとっても貴重な収入源となっています」
ニックは何だか嬉しそうな様子で解説する。
「肉をもっと食えると良いんですけどね」
ヒッチは何も解説しない。
「肉は重要だ」
ベルナルドはヒッチに同意する。
「肉についてですが、冬を前に、老いた個体、成長の悪い個体、余剰個体など越冬を考慮して屠殺したものが殆どです。数的にも羊が一番多いですね。そして、それらの殆どを保存食として加工します」
ニックが追加で説明する。
「もちろん、山で取れた獲物は別口です」
ヒッチが追加で口を挟む。
「なるほど」
ベルナルドは、今朝食べた肉の味が、元の世界のそれとは全くの別物だった理由について納得した。
そうして、一行が肉のことを考えているうちに山の麓に到着しました。
標高500mの麓に。
「さて、ここからは俺の出番だな」
「頼むよ、ヒッチ」
選手交代しながら、ヒョイヒョイと山へ入っていく2人、その後をスッスッとついて行くベルナルド。
「このミッドマウンテンの標高は1200m。大して高い山じゃないですが、冬場だと雪はそれなりに積もりますね」
「まず、ここら辺には木の実なんかがついたりしますが、人間には食べられないものもありますし、量も少ないです。家畜や子供の遊び場といったところです。実がついていれば分かりやすいんですが、葉っぱだけ見ても素人には区別がつかないでしょう」
「タイミングは良くないですが、ここら辺は雪がそんなにないだけまだマシですね」
ヒッチが生き生きと説明し始めた。
まるで別人のようだ。
道はそれなりに人が歩きやすいようになっている。
獣道ではない。
しかし、もちろん階段や手摺は用意されていない。
必要最小限の手入れはされている感じ。
人工物の一切ない山の中に入り込むと、普段とは別世界に迷い込んだようにも感じます。
周りを見ても、植物たちはまだ目が覚めて間もない様子。
目覚まし時計が鳴ったばかり。
山に入り、はじめましてと自己紹介をする。
山を登り、おはようと挨拶をかわす。
彼らが起き上がって来るまであと少し。
「タイミング的には良かったようだな」
ベルナルドは独りで納得した。
「えっ、何か言いましたか?」
「いや、独り言だ」
ひとまずの解説を終えた後、3人は粛々と山を登っていく。
やはり、ヒッチは山に慣れているようで、進むペースは早めだ。
ニックも遅れをとることなく後に続いているが、ヒッチほどの軽快さは感じられない。
ベルナルドは2人の後をついていきながら、思案する。
(ここはジョギングコースにちょうど良いかもしれない)
3人がようやく頂上に着いた時には、昼食時はとっくに過ぎていた。
ここで遅い昼食をとる。
食べるのは、ニックとヒッチが持ってきていた携帯食。
しかし、お腹は空き過ぎていたし、景色は良いし空気も美味しいので、質素な携帯食でも彩りは十分だった。
食後の景色と空気を堪能した後で、ヒッチは山の解説を再開した。
「城のちょうど反対側に見えるのが、セントラルマウンテン。ここより標高が高いです。あの山はここより資源が豊富ですが、ここからでも3時間はかかるので、今日行くのは無理ですね。もし朝から出発しても日帰りなら、まず山頂までは行けません。あの山にも色々あるので、案内するのであれば、またの機会になります」
(セントラルマウンテンか、気になるな)
ベルナルド・センサーが反応を示したようです。
ヒッチは再び先導しながら、別ルートでの下山を開始しました。
「今更ですが、その格好でよく寒くないですね」
「今回は我々も勢いで来てしまいましたが、山登りの際に軽装は絶対に避けた方が良いです。暖かくなってきてからも危険が増えたりしますので」
「気をつけよう。忠告感謝する」
下山中に、ベルナルドは2人から注意されました。
山登りは危険がいっぱいだからね。
サクッサクッ。
山を降りている途中、少し離れたところで何かが動く気配がしました。
3人が一斉に視線を向けた先にいたのは、雪の上を散歩している兎でした。
「兎か、惜しいな。今日は装備を持ってきてない。ちゃんと準備ができていれば、いい土産になったんですがね」
「今の時期だと、兎なんかはチラホラと見かける程度でしょうか。これから徐々に賑やかになっていきますよ」
「ふむ」
3人とも残念そうに兎をチラ見する。
(全く土地勘がないところで、足場の悪い場所に残雪か……。今日のところは、挨拶だけとさせてもらおう)
何かを感じ取ったのか、兎は素早く視界から去って行きました。
ヒッチによる山登りツアーが終了したのは、15時過ぎといったところ。
もう夕方が開始していました。
今の時期だと、日の入りが早いようです。
こうして、ベルナルドによるはじめての視察は終了を迎えました。
残念ながら、プロテインサーチの結果として、プロテインそのものの獲得には至りませんでしたが、初日に得られる情報としては十分な収穫です。
今回の情報を元に、ベルナルドは計画を練ることにしました。




