第二話「ベルナルド」
針金道行は、少々変わった男だった。
子供の頃は、日が暮れるまでひたすらカエルやトンボを追いかけ回したり、国道をひたすら歩き続けたりして、両親を大変困らせた。
中学校では吹奏楽部に入り、ひたすらトランペットを吹き続け、その肺活量とレベル差により、周囲から浮いてしまった。
高校ではバスケ部で、毎日何本も何本もひたすらシュート練習を続け、体格のせいもあり毎回スタメン入りしていた。
彼は、自分がひたすら練習したことに対し、結果が返ってくることに楽しみを感じていた。
毎日繰り返し少しずつ上達する。
毎日反復すると、部位が鍛錬される。
これだけがモチベーションと言っても過言ではなかった。
大きな欠点としては、1つのことに夢中になりすぎて他のことが疎かになったり、妙に自信過剰になってしまう時があることだった。
全部アドレナリンのせいかもしれない。
また、道行は生まれた時から大きな違和感を抱いていた。
自分の名前が気に入らなかったのである。
この名前は、自分には相応しくない。物心ついた時からそう感じていた。
そのため、ネット上でのハンドルネームなどは、全てベルナルド・マクシミリアンとしていた。
名は体を表すというが、彼は名前の響きで印象が大きく異なることを実感していた。
いや、単なる印象だけでなく、実際にパワーを感じていた。
怪獣には、大体ガギグゲゴが入るし、豊臣秀吉や土方歳三など昔は皆名前を変えていたではないか、と考えた。
道行にとっては、ごく自然な選択。
道行は、自分で考えた名前を大変気に入っていた。
大学に入ると、人体科学、人間工学、科学的トレーニング、栄養学などについて理解を深めた。
そして、今まで自分がやってきたことが、情報として理解できるようになった。
社会人としては、ジムや施設のトレーナーや管理などを経験し、ついにはパーソナルトレーナーとして生計を立てられるまでになった。
パーソナルトレーナーとしての仕事は、また違った楽しみがあった。
他人の肉体に向き合うと、毎回のように新しい発見に出会う。
一人一人が別の個体であることを、単なる情報だけでなく、間近で体感することができた。
人は自分と同じことができるとは限らないし、人が皆同じことができる訳ではない。
人それぞれ体質も異なるし、食事も最適解が異なる。
そうした生物としての基本的な話を、経験値として刻み込むことができた。
またその環境では、自分自身のトレーニングも継続することが十分に可能だった。
パーソナルトレーナーは自分にとっての天職である。
この先ずっとこの職業を続けていくのだろう、と考えていた。
だから、今回の出来事は大変ショックだった。
文字通り世界が一転してしまった。
鍛え上げた筋肉のエネルギーを少々脳に回しても、すぐには整理がつかなかった。
(無駄なエネルギーを浪費してしまったか)
ミトコンドリアと共に少し後悔した。
聞いた話では、このぺシミールという国は、国といっても小さなもので国民は3000人程度、更に貧しい国とのことだった。
少し標高の高い場所にあり、3方を山に囲まれて自然豊かだが、逆にそれしか特筆すべき点がない。
川は流れているが船が通れるほどではなく、海も遠く、交易のためのルートも1つしかないため、インフラは脆弱だった。
のんびりするには良いかもしれないが、目立った特産物もなく不便すぎたため、誰もこんな国を欲しがらない。
例えこの国を手に入れたとしても、ただコストがかかるだけだ。
そんな状態の国に語り継がれていたのが、勇者の寓話。
この国が窮地に陥った時に、異なる世界の存在が祠より顕現し、この国へ繁栄をもたらすと言うおとぎ話。
よくありそうな話だが、実際にあのような祠が存在するということは、単なる作り話ではないということなのだろうか?
流石に何百年も前の話であれば、確かめる術はなさそうだ。
何はともあれ、この国の手助けをすることになった以上、ずっと手をこまねいている訳にはいかなかった。
(こちらにもそれなりの事情がある)
情報を整理し、一度落ち着きを取り戻したベルナルドには、この国でまず最初にやるべきことは自明だった。
「プロテインの確保!」




