拒絶の萌芽(アンチ・ロゴス)
管理者を失った殺戮の機械が、防壁を食い破る。
首筋から流れ込む父の記憶、それを「アキラ」と呼んで恍惚となる母。
英雄の影を演じさせられる檻の中で、少年がすべてを擲って放った、呪われた『オリジナルの力』とは。
轟音と共に、拠点の防壁が内側から弾け飛んだ。
瓦礫の隙間から滑り込んできたのは、かつてのニュー・セーレムで「清掃用」とされていた多脚ドローンの残骸群だ。だが、今の彼らは優雅な清掃員ではない。管理者を失い、ただ「動くもの全てをエラーと見なす」殺戮の機械へと成り果てている。
「ゼン、行きなさい! あなたの中の彼(審)なら、この程度の雑音、一撃で掃討できるはずよ!」
弥栄の叫びが、背後から終を突き飛ばす。
終は、自身の意志とは無関係に、背中の大剣を抜き放っていた。首筋のスロットから流れ込む、弥栄が強制同期させた「審の戦闘ログ」。
(……右、三〇度。重心を落として、軸足を滑らせろ。……電磁銃の反動を利用して、最小限の軌道で斬れ)
脳内で、父の声に似たノイズが囁く。
終の肉体は、その指示に従い、驚異的な速度でドローン群を切り刻んでいく。その動きは、かつて審が地獄の特訓で手に入れた「泥臭い、だが確実な生存術」そのものだった。
「あぁ……そうよ、それよ、アキラ……!」
弥栄が恍惚とした声を漏らす。
その瞬間、終の胸の奥で、何かが決定的に破断した。
「……うるさい。……うるさいんだよッ!!」
終が叫んだ。
ドローンの光刃が終の肩を切り裂く。だが、彼は痛みを感じなかった。
脳内に流れる「父のログ」が、彼に効率的な防御を命じる。しかし、終はその命令を、全力で、肉体が千切れるほどの力で「拒絶」した。
その時だ。
終のスロットが真っ赤にオーバーヒートし、そこから黒いノイズが噴き出した。
弥栄の与えた「審の記憶」でもなく、ロゴスの「最適解」でもない。
終という少年が、十五年間の屈辱と疎外感の中で積み上げてきた、純粋な「自己嫌悪」と「拒絶」が、未知の波形となって大剣に宿る。
「俺は……俺はあんたの愛を、継がないッ!!」
終が放った一撃は、審が一度も見せたことのない、あまりに不器用で、あまりに破壊的な一閃だった。
それは「効率」を完全に無視した、ただ己の存在を証明するためだけの暴力。
ドォォォォン!!
黒い衝撃波が広間を席巻した。
ロゴスの兵器群が、その「非論理的なエネルギー」に耐えきれず、内部から爆散していく。弥栄が同期させていた戦闘ログは、終が発した負の衝動によって、文字通り「焼き切られた」。
「……え……?」
弥栄の顔から、色が消えた。
目の前に立つ少年は、血を流し、ボロボロになりながらも、その瞳には審の面影が一片も残っていなかった。
そこにあるのは、母さえも拒絶し、世界の継承さえも踏みにじる、新野終だけの、「孤独な狂気」。
「アキラ……じゃない……」
弥栄が力なく膝をつく。
終は大剣を杖がわりにつき、肩で息をしながら、母を冷たく見下ろした。
「……期待通りじゃなくて、悪かったな」
終の腕の端子から、煙が上がっている。
彼は今、自分自身の魂を削り、世界が用意した「物語」を拒む力を手に入れた。
それは『オリジナルの力』と呼ぶにはあまりに悲しく、そして深淵よりも深い闇を孕んでいた。
「……行くよ。俺は、俺だけの『終わり(ゼン)』を綴りに行く」
少年は、母の慟哭を背に、瓦礫の山を歩き出した。
その時、壊れたドローンのスピーカーが、奇妙なノイズを吐き出した。
――それは、十五年前、審の耳元で囁いた恵留の声でも、弥栄の声でもない。
もっと遠い未来。後に現れるはずの、浅野 汐が持つ「塩」の響きに似た、微かな波導だった。
父のログを焼き切り、母の愛を拒絶した終は、ただ一人で荒野へ歩き出す。
その背に響いたのは、遠い未来の少女が持つ「塩」の響き。
螺旋を断った少年に、世界はさらなる亡霊の周波数を突きつける。次回へ続く!




