065⚫️速まる時間
「なぜ阻止しなかったのか、と聞いているのだ!」
ラグナ・ヴァル・ゼルドの怒号が陣内に響いた。
「それが殿下・・・兵たちは夜通し警戒を続け、鼠一匹通る隙もなかったはずなのですが。皆、口を揃えて’時間が一瞬で過ぎ去った’と・・・。」
「馬鹿な。’一晩が一瞬’だと?」
「はい。疲れを癒やす間もなく夜が明け、気づけば城壁の上でヴァルターが骨付き肉をかじりながら、笑って我々を見下ろしていたのです。」
時間の速さは一様ではない。
相対性理論の枠組みだけでなく、人間の脳の情報処理特性からも説明できる。
脳は外界の刺激を一定速度で処理しているわけではなく、
注意や感情によって処理量が変動する。
楽しい時間が’あっという間’に過ぎるのは、
脳が多くの刺激を高速に処理し、記憶が圧縮されるためである。
逆に、退屈や不安の中では刺激が少なく、
脳は時間の経過を細かく刻むため、長く感じられる。
即ち時間の感覚は、脳の情報処理特性によって変動するのだ。
もし、外部から脳の処理速度を極端に低速化させることができたなら、
物理的な数時間は、意識の上ではわずか数秒に圧縮される。
「つまりジン、昔お前の父が使った’凍てつく時間’の逆か?」
ヴァルターの問いに、ジンはにこやかに答えた。
「そうですね。父の技術が知覚を加速させて’一瞬を永遠’に閉じ込めるものなら、今回はその真逆。相手の知覚・思考速度を極端に遅くして’一晩を一瞬’に縮めたんです。 彼らにすれば、ちょっと目を離した隙に朝が来たようなもの。僕たちはボォーと立っている兵の間を、ゆっくり荷物を運んだだけですよ。」
ヴァルターは、かつてロイがふたりの従者とともに、
自軍のラベリア部隊を退散させたことを思い出し、愉快そうに声をあげる。
「はっはっはあ! 相手を苦しめずに出し抜くとは、お前らしいな、ジン!やっぱり、あのロイの子だな!」
カナタは静かに思った。これこそが’科学’という名の魔法なのだ、と。




