十四、ひとりだけ、違う世界を生きている 7、
「アイリーン。ちょっと、休憩しようか。実は、その。この先のカフェを、予約、していて」
楽しい街歩き。
そのなかで、ブラッドフォードが何故か、少し緊張した声を出した、その時。
「あー!居た!そこの茶髪の女!ちょっとあんた、何とかしなさいよ!」
叫びと共に、腕を振り回し、人込みをかき分けて現れたのは、ベティ・コーツ男爵令嬢。
「は?最悪。だから、もっと拘束しておけと言ったのに」
そんな彼女にブラッドフォードは露骨に顔を顰めるも、ベティ・コーツは、そのとき既にアイリーンの前に仁王立ちしていた。
「ドレス、王城に行けば借りられるって言ったくせに!嘘つき!」
そして、叫んだ言葉に、アイリーンもブラッドフォードも、やはりとため息を吐きたくなる。
「嘘ではありません。きちんと招待された方なら、王城も対応してくださいます」
「嘘よ!だったら何で、あたしは門で追い返されたのよ!?おかしいでしょうが!」
『いや、何もおかしくない』
その時、アイリーンとブラッドフォードは、心のなかで、きっぱりと言い切った。
そして、やはり自分達に突撃して来たか、と。
昨日。
王城からの急使が、ブラッドフォードのアーサーズ公爵家、アイリーンのドレイク伯爵家、そしてモーリスのフレミング侯爵家、アシュトンのキーズ辺境伯家に走った。
内容は、ベティ・コーツ男爵令嬢が王城を訪れ、健国祭の舞踏会用にドレスを借りられるはずだと騒ぎを起こしたこと。
招待客の名簿に、彼女の名が無かったことで王城側が拒んだことで、更に暴れたこと。
それにより、一晩、王城の牢に入れること。
「もう、出て来たのか」
「一晩、というお話でしたから」
「ちょっと!何こそこそ話してんの!あたしの話を聞きなさいよ!」
一方的に怒鳴られながらも、これ以上は通行の邪魔を出来ないと、アイリーンは、ベティ・コーツを促して、道の端に寄った。
「それで。ドレスのお話でしたでしょうか」
「そうよ。あんた、王城へ行けば借りられるって言ったよね?まさか今更『そんなこと言っていませんー』なんて、言うつもりじゃあないでしょうね!?」
ぐいっとアイリーンに詰め寄るベティ・コーツをさり気なく躱し、アイリーンは、首を横に振った。
「まさか。そんな嘘を申し上げても、仕方ないではないですか。招待を受けた方なら、きちんとドレスを借りることが出来ます」
「じゃあ、なんで、あたしはドレスを借りられなかったのよ!?王城の門で『招待状を確認いたします』なんて、偉そうに言われて、入れてももらえなかったんだから!」
恥をかいた、どうしてくれると詰め寄るベティ・コーツにも、アイリーンは動揺しない。
「当たり前ではないですか。建国祭の舞踏会に招待されているか否か、確認するのは当然のことです。ですからそこで、招待状をお見せすればいいだけのことではないですか」
当然のこと、そして簡単なことだと言うアイリーンに、ベティ・コーツが、呆れたような目になった。
「はあ?招待状?そんなもの、あるわけないじゃない。無いものは見せられない。そんなこともわかんないとか、あんた、馬鹿?」
「招待状も無いのに、ドレスを借りようとする愚者に言われたくない」
心底、侮蔑する目をアイリーンへと向けたベティ・コーツに、ブラッドフォードが、底冷えのする声を出す。
「もう、ブラッドフォードってば。いい?こんなことになったのも、そもそも、ブラッドフォードがドレスを贈ってくれないからじゃん。責任逃れは見苦しいよ」
「何故、僕が?」
「え!?そこから!?パートナーにドレスを贈るのは、当たり前でしょ?いやだな。そんな社交界の常識も知らないとか。あ!だから、クリスもモーリスもアシュトンも、贈ってくれなかったのか!」
今、漸く理解したと言うベティ・コーツに、ブラッドフォードは氷点下の瞳を向けた。
「確かに、パートナーにドレスを贈るのは貴族、社交界の常識だ。だから、僕はきちんとドレスを贈った。僕の最愛のパートナーである、アイリーンに」
きっぱりと言い切り、ブラッドフォードは、ベティ・コーツに向けるのとは比べるべくもない、とても甘い瞳でアイリーンを見つめる。
「ええええ。なんで、そういうことするかな。あたしに、贈るべきなのに。あたしより、その女を優先するとか。ブラッドフォードがそんなんだと、これからアーサーズ公爵領で起こる事件についても、考えないといけなくなるよ?あたしがいないと、解決できないのに」
脅すように、相手を試すように、自分が上位であると疑わない、絶対の自信を持った瞳で『ドレスもくれないようなひとのために、苦労したくないなー』と言うベティ・コーツにも、ブラッドフォードの冷たい瞳は変わらない。
そこでベティ・コーツが、漸く焦りを見せた。
「え?もしかして、領地なんてどうなってもいいとか思ってる?いや、平民はどうなってもいいとあたしも思うけどさ。ブラッドフォードは、次期公爵なのにまずいんじゃないの?領地が大変なことになるんだよ?解決するには、あたしの協力が必須なんだよ?ね?だから、ドレスを贈ってよ」
「あの、コーツ男爵令嬢。その前に、招待状をお持ちではないのですよね?」
ドレス云々の前に、そこが最大の問題ではないかと言うアイリーンに、ベティ・コーツは、更に呆れた顔になった。
「あんたって、ほんっとに馬鹿なんだね。前にも言ったじゃん。あたしが居るってだけで、この国は恩恵受けているんだって。それだけこの国に貢献しているんだから、招待状なんて無くても歓迎されるんだ、って」
揚々と語るベティ・コーツに、アイリーンは頷きを返す。
「そのお話は覚えています。それで、王家にも認められて招待状をいただいたのだと」
「そこが違うの!招待状なんて要らないのよ。あたしは、フリーで王城に入れるの」
「それなら、僕達の協力など不要じゃないか。さ、行こう。アイリーン」
ふふん、と胸を張って言うベティ・コーツに、興味なさげに言うと、ブラッドフォードは、ベティ・コーツを見ることもなくアイリーンの手を引いて歩き出した。
ありがとうございます。




