十四、ひとりだけ、違う世界を生きている 6、
「明日は、いよいよ舞踏会だね。アイリーン」
「ブラッドフォード様、素敵なドレスや装飾品を、ありがとうございます」
建国祭の出店で、いつもより賑わう街をふたりで歩きながらブラッドフォードが言えば、アイリーンも笑顔で答える。
そんな彼女の手首を彩るブレスレットを見て、ブラッドフォードは、そっとアイリーンの手を取った。
「大事にしてくれて、ありがとう」
「当たり前です。ブラッドフォード様が、初めて贈ってくれた品で、大好きなんですもの。私の、一番のお守りです」
婚約してすぐ、初めて贈った装飾品。
それは、アクアマリンと金細工のブレスレットだった。
当時のブラッドフォードの瞳の色が、アクアマリンと同じだったこと、そしてその石の持つ意味が幸福や富だったことで、迷わず選んだ石だったけれど、それが宝石のなかでは安価と呼ばれるものであることも、ブラッドフォードは承知していた。
でもきっと、アイリーンなら分かってくれる。
そう思い、選んだブラッドフォードは、それでも緊張して、ブレスレットを受け取るアイリーンを見つめ。
『わあ。とってもきれい。海を閉じ込めたみたいな宝石ですね』
と、感嘆の声をあげ、きらきらと瞳を輝かせるアイリーンに、胸を撃ち抜かれたような気持ちになった。
『高価な石では、無いのだけれど』
『何を言うのですか。ブラッドフォード様が、わたくしのために選んでくださったお品ですよ?わたくしにとっては、最高の逸品に決まっているではないですか』
そう言って、心底嬉しそうに笑い、ブラッドフォードによって着けられたそれを、飽かず眺めていたアイリーンは、その後もぶれることはなく。
『まあ。随分と、値の張らないお品ですこと』
などと、周りの人間に言われても。
『まあ。お品物の価値は、価格だけではございませんことよ?こうして陽にかざすと、それはもうきらきらときれいなのですよ。まるで、波間が再現されているようなのです。それに、ブラッドフォード様の瞳も重なって見えて。わたくしにとっては、何物にも代えがたい宝物なのです』
と、微笑んで言っていた。
その瞳には一片の陰りもなくて、他者が貶めることを諦めるほど。
更に、アーサーズ公爵家の領地に行った際、ブラッドフォードの婚約者となったアイリーンを妬んで、領地の勘違い遠縁がアイリーンに絡んだ時も、アイリーンは動じることなく対応していた。
『まあ。そんな貧相な石のブレスレットをしているなんて、ドレイク伯爵家は、相当に困窮しているのね。それ、ご両親に買ってもらったのでしょう?アーサーズ公爵家の領地に来るからと、張り切った結果かしら?』
『いいえ。こちらは、ブラッドフォード様にお贈りいただきました』
ごてごてと、品無く着飾ることこそ貴族と、能無しのような考えを持つ勘違い遠縁の娘が、鼻が曲がりそうに香水の臭いをさせながら言うも、アイリーンは涼しい顔。
尤も後で『あれ、香水の匂いじゃなくて、臭いだったわ。もはや<香害>よ』と、顔を顰めていたのだが。
それはともかく。
『まあ!それを、ブラッドフォード様が!?それは、なんというか、お気の毒様ね。あたくしなんて、それは素晴らしいサファイアをいただきましたのに』
などと、勘違い遠縁の娘が言い出した時には、ブラッドフォードの腸が煮えた。
即刻『そのような事実は無い』と、アイリーンの傍に行きたかったブラッドフォードだが、こちらはこちらで、面倒な親族を相手にしていて、それは不可能だったのだが。
『おかしいですね。ブラッドフォード様は、目利きは一流でいらっしゃるのに』
アイリーンは、そんな風に切り返して、相手の勘違い遠縁の娘が身に着けているペンダントを、不思議そうに見ていた。
『な、なによ?』
『いえ。色硝子としては、とても綺麗だなと思いまして。素晴らしい技術ですわ』
そして、怪訝な顔になった勘違い遠縁の娘に、にこりと笑ってその言葉を告げる。
『なっ!』
『でも、お気に入りならば、恥じることなどありませんわ』
『失礼ね!本当なら、あたくしがブラッドフォード様の婚約者だったのに!』
そう叫んだ勘違い遠縁の娘は、永劫、アーサーズ公爵領に帰れなくなった。
ありがとうございます。




