十四、ひとりだけ、違う世界を生きている 5、
「おお。こりゃすげえな」
「本当。壮観だね」
「・・・・・」
いつものようにドレイク伯爵邸を訪れたアシュトンとクリスは、部屋に通されるなり目を見開き、モーリスに至っては絶句した。
「お、来たな。驚きの光景だろう?」
三人より、一足早くドレイク伯爵邸を訪れていたブラッドフォードは、そんな三人を、にやりと笑って出迎えた。
「街の、孤児院のみんなにもと思ったら、こんな数になっちゃいました」
そして、ブラッドフォードや、自邸の使用人と共に既に作業を始めているアイリーンが笑って言う、その目の前には、小ぶりのくるみのタルトが、文字通り、山のように積まれている。
「いや。建国際といえば、くるみのタルトというのは分かるけど。何というか・・その、数が多いよね」
「ふふ。クリス様が御覧になるのは、もっと大きなタルトですよね?不思議に思われるの、分かります」
建国際といえばくるみのタルトだが、普通は切り分けて食べるサイズの物を作るが、今テーブルに所せましと並んでいるタルトは、とても小ぶりだった。
つまり、だからその不思議を数が多いと評したのだろうと、その気遣いを感じてアイリーンが微笑む。
「ああ、ごめん。なんか、不思議で」
「家庭でも、切り分けて食べるのが普通ですものね。なので、私も迷ったのですが、この大きさにすれば、ひとりひとつ配るだけで手間もかかりませんし。何より。大きさに不満が出にくいかと」
後半、苦笑して言ったアイリーンに、その場の全員が頷いた。
「ああ、それ分かる。マーク神官が、泣いて喜ぶやつ」
「それに。他の孤児院も似たようなものだろうと、僕も思うから。いい案だと思うんだ」
「孤児院に限らず、配るなら、こちらの方がいいかもしれないね」
「確かに。余計な諍いを生まないで済む」
王家や貴族の家のように、専門職ともいえる立場の者たちが切り分けるのと違い、孤児院では、どうしても大きさに差が出る。
それを回避したのだと笑って、アイリーンはまたひとつ、タルトを包みに入れた。
「それにしても美味しそう。これは、みんな喜ぶだろうね」
「大はしゃぎすんじゃねえの?」
喜ぶ姿が目に浮かぶと、クリスとアシュトンが嬉しそうに言ったとき、小さなノックが聞こえ、許可と同時にカイルが姿を見せた。
「おにさま、みなさま、こんにちは。かいるも、ごいっしょ、して、いいですか?」
「もちろんだよ、カイル。さあ、ぼくの隣においで」
優しくクリスに言われ、ぱあっと顔を輝かせたカイルが、いそいそとクリスの隣の椅子によじ登る。
それを、転がり落ちないよう、過剰に手を出すことなく見守るクリスもまた、幼児の扱いにとても慣れて来た。
「・・・・とどかない」
しかし、哀しいかな。
大人用の椅子によじ登れるようにはなっても、テーブルから出るのは辛うじて頭だけ。
とても、作業は出来そうにない。
「そのうち、大きくなる。楽しみだな」
「そうよ、カイル。お姉さまの背を越えるのなんて、きっとすぐよ」
そして、それが分かっていたブラッドフォードが、すぐにひょいとカイルを抱き上げ、アイリーンが、用意のカイル用クッションを椅子に置いた。
「かいる、おおきく、なる?」
「ええ、きっと。お父様のようにね」
アイリーンとカイルの父であるドレイク伯爵は、確かにすらりと背が高い。
そんな父の姿を思い出したのだろうカイルが、一瞬で笑顔になった。
「ただ。そのためには、たくさん食べて、たくさん動かないと駄目だぞ?」
「うん。あしゅにさま、わかった」
随分はっきり話せるようになった口調で、カイルはしっかりと頷き言った。
「ところでカイル。このお菓子が何か分かるか?」
「かいる、しってる。くるみのたると。おねさまつくるの、かいるも、すこし、おてつだい、した」
胸を張って言うカイルに、問いかけたクリスも周りも微笑ましくカイルを見つめる。
「それじゃあ、カイル。もうひとつ問題だ。どうして、このくるみのタルトを建国際で作るか、覚えているか?アイリーンに、習っただろう?」
ブラッドフォードの、教師然とした言い方にも慣れているのか、動じることなく、カイルはしっかり頷いた。
「うん、おねさまに、おしえてもらったから、かいる、しってる」
バターの匂いに溢れた厨房で、大量のくるみのタルトを作りながら、これが建国際のお菓子であること、そして、健国際に欠かせないお菓子であることとその理由を聞いていたカイルが、揚々とその知識を披露する。
当時、地方の有力者に過ぎなかったこの国、アンブラー王国建国の王は、戦乱に荒れた大地や疲弊した民を憂いていた。
それでも民や土地を護るためには戦わねばならず、強い集権国家を願うようになる。
そんな闘いの最中、大雪に見舞われ仲間ともはぐれた建国の王は、なんとか風雪をしのげる雪洞を作るものの、食料が尽き、己の命運もこれまでかと諦念した、そのとき、一匹のりすが現れ、王のすぐ傍の雪を掘り始めた。
その愛らしさに、穏やかな気持ちで逝けると感謝した王は、そのりすが、掘り出した物を自分に差し出すのを見て呆然とする。
小さなりすが、食べろと言わぬばかりに差し出したそれは、ひとつのくるみだった。
己の冬の食料を差し出した、一匹のりす。
そのくるみは建国の王に希望を与え、命の輝きをもたらした。
そこで再び奮起した建国の王は、はぐれた仲間と合流し、遂にはアンブラー王国を建国する。
その際、建国の王は、己がくじけかけた、その精神を立て直してくれたりすと、くるみに感謝を捧げ、毎年、建国際では、くるみのタルトを食べる習慣が出来た。
「それでね、かいる。けんこくさい、で、りす、なるの!」
建国史を拙いながらも伝承し終えたカイルは、嬉しそうにそう報告した。
ありがとうございます。




