十四、ひとりだけ、違う世界を生きている 3、
「ブラッドフォード様!」
剣術の授業が終わって、鍛錬場から戻る途中。
多くの女子学生が、それぞれの婚約者の元へ向かうのを見ていたブラッドフォードの耳に、明るく弾むようなアイリーンの声が届いた。
「ははっ。よかったな、ブラッドフォード!やっぱり、アイリーンは来るじゃん!」
「でも、今日は遅かったよね。ブラッドフォードが心配になるのも、分かる」
「今度は、こちらから行けばいい」
その時は自分も共にと、モーリスがちゃっかり便乗したところで、アイリーンが、足取りも軽く四人の元に辿り着いた。
「ブラッドフォード様、お疲れ様です。クリス様、アシュトン様、モーリス様も、お疲れさまでした」
「アイリーンも、お疲れ。で、今日の刺繍はどうだった?また、傑作を生みだしたりしちゃったんじゃないの?」
おかしみを込めた、揶揄うようなアシュトンの言葉に、アイリーンは、苦笑で返す。
「仕上がりは、普通ですよ。ただ、馬の尻尾から刺し始めるとか考えられないとか、普通じゃないとか言われただけで」
「馬の尻尾から?そういえば、前回はドラゴンの尻尾から刺し始めて、そんなやり方はおかしいと言われたのだったっけ。アイリーンは、何かこだわりがあるの?」
そんなアイリーンにクリスが、そういえばと尋ねれば、アイリーンはきっぱりと首を横に振った。
「私は、図案を見て刺すというのが苦手なので。見本の手順関係なく、自分の刺しやすいように刺すと、そうなるのです。それが一番刺しやすい、というか、そうでないと刺せないというか」
「アイリーンは、図案を描くのも苦手だものね」
アイリーンに渡されたタオルを手に言うブラッドフォードに、アイリーンは深く頷く。
「はい。あれは、苦行です」
「苦行って。そこまで?」
「そうらしいよ?それなのに、出来上がりは素晴らしいんだから、それがアイリーンの実力、ってことだよ」
どこか誇らしげに言うブラッドフォードに、アイリーンは、苦笑しながらも頷いた。
「できれば図案を見ながら、と練習したこともあったのですが、どうしても苦手で。でも、学院でも、図案の試験でないかぎり、刺し方は自由で良いと先生が言ってくれましたし、授業を一緒に受けている皆さんは、何も言わないか、私と同じやり方をしているので大丈夫です」
なので、その他周りがおかしいと言おうとも気にしない、と、胸を張ったアイリーンに、四人は揃って眉を顰めた。
「教師も一緒に受けている生徒もおかしいと言わないのに、それをおかしいと、わざわざ言う奴がいるってこと?どこのどいつだよ」
「コーツ男爵令嬢です。でもそれで、今日はいいことが分かりましたので」
言われているのはアイリーンなのに、許せないと本気で憤るアシュトンに、アイリーンは『ありがとう』」と微笑む。
「ああ、アイリーン。因みに、そのいいことって、なにかな?」
「はい、ブラッドフォード様。コーツ男爵令嬢が、あれほど金銭にこだわった理由が、分かったのです」
アイリーンは、良かったと言わぬばかりの爽やかさだが、ブラッドフォード達は違った。
「で?その理由とやらは?」
「王城の舞踏会へ、行くためでした」
そんなブラッドフォード達に、アイリーンはベティ・コーツとの会話をかいつまんで話し始めた。
ひと月ほど後に迎える、建国記念日。
その前後一週間ほどは各地で祭りが開かれ、賑やかな時間を過ごす。
そして、貴族のメインイベントとなるのが、建国記念日当日に王城で行われる舞踏会。
ゲームのヒロインも、そういえば参加していたと、ぼんやり考えながら刺繍をしていたアイリーンの元へ、ベティ・コーツが乗り込んで来たのは、刺繍の授業中のこと。
『ちょっと!刺繍を馬の尻尾からとか!ちょう奇天烈な刺し方している、そこのあんた!フォーとかお米とか瓢箪とか!あたしにも権利があるんだから、売り上げの数割寄越せと言ったら、どこに行っても、これを考えたのはドレイク伯爵令嬢だからって断られたんだけど!ドレイク伯爵令嬢って、あんたよね!?』
『・・・ドレイク伯爵家の娘は、わたくししかおりませんので、そうなりますね』
『今更名前の確認からなのか』とか『ああ、これで私が転生者だとばれたか』とか、諦観の気持ちで聞いたアイリーンはしかし、次の言葉で絶句した。
『つまり!あたしの恩恵でぬくぬくしてんだから、あんたがまとめてあたしに払えばいいってことでしょ!』
『え』
『転生者だからって、勝手なことしないで!』などと言う言葉を想像していたアイリーンは、ベティ・コーツの主張に固まってしまう。
『え、じゃないわよ!あたしはね!王城の舞踏会に行かないといけないの!だから、払いなさいよね!』
『・・・何が、だから、で。何を、払わなければならないのでしょうか』
メロディ嬢はじめ、周りの生徒が見守るなか、アイリーンは何とか自分を取り戻して、落ち着いた声を出した。
実際は、心臓がうるさく存在を主張していたのだが。
『何が、だから、ですって!?それはね、お金が必要ってことよ!王城の舞踏会に行かないとなのに、ドレスを贈って貰えるほど、誰の攻略もそこまで到達していないの!』
『それは。ドレスを贈ってもらえないので、自分で用意する、ということでしょうか?』
アイリーンの記憶でも、確かに、建国記念日に王城での舞踏会イベントはあった。
けれど、ドレスを贈ってもらえない状態での参加などあっただろうかと、考えるアイリーンに、更なるベティ・コーツの声が飛ぶ。
『王城の舞踏会には、絶対に参加できるの!でも、相応しいドレスや装飾品、靴なんかが無いのよ!』
『それで、お金が必要だと。それは、分かりましたけれど。わたくしが、あなたに払わねばならない理由は、何でしょうか』
ゲームをしている時も、ドレスを誰からも贈ってもらえないという事態になったことのないアイリーンは、相変わらず不思議に思いながらも、現実に則って話を進めた。
『恩恵料よ!あたしが居るから、お米も瓢箪もこっちにあるの!だから、それらを使って成功したなら、あたしにも利益を払うべきなのよ!』
『お言葉ですが。お米は、最初から存在していましたよ?それこそ、わたくし達が生まれる前から。それに、瓢箪だって、神官様が偶然手に入れたものですし』
理路整然と言ったアイリーンに、ベティ・コーツは、違うと首を横に振る。
『だから!そこがもう!あたしがこっちにいる恩恵なの!』
『そちらの主張は分かりましたが、それを受け入れる必要性を感じません。それから。王城での舞踏会に招かれているのは、伯爵家以上の家と、王家から特に招かれる子爵、男爵家に限られるのですが。コーツ男爵家は、お招きを受けたということですか?』
子爵家と男爵家でも、招かれる家はある。
しかしその家々は、国に大きく貢献していることが必須条件なので、アイリーンは純粋に不思議に思って尋ねた。
ありがとうございます。




