十四、ひとりだけ、違う世界を生きている 1、
「クリスぅ!ブラッドフォードぉ!アシュトン~!モーリスぅ!」
夏季休暇を終えて迎えた新学期。
課題の提出も終えて、生徒たちが各々帰路に着き始めた、その時刻。
いつもの定例会でドレイク伯爵邸に赴くため、ブラッドフォード達と廊下を歩いていたアイリーンは、ブラッドフォード達を呼ぶ、すさまじく甲高い声と『ちょっと!邪魔なのよ!どきなさいよ!』という、相手を脅すような、とんでもなく低い両極端な声を聞いた。
それを交互に、ひとりで出しているのだから、ベティ・コーツには声の仕事が出来るのではとさえ思ってしまう。
「ああ、ほらクリス。呼んでるぞ?」
「え?生贄にするつもりなの?ぼくだけじゃなく、ブラッドフォードも、アシュトンも、モーリスも呼ばれていると思うけれど?」
アシュトンに向かい『ぼくに、犠牲になれと?』と冷ややかな笑みを浮かべるクリスに、周りの女子生徒が黄色い声をあげる。
「クリス様の人気は、凄いですね」
「ぼくは、外面がいいからね」
わざとらしくブラッドフォードを見て言ったクリスに、モーリスが苦笑して続けた。
「それだけではないだろう。『貧民街に見事な変貌を遂げさせた王子』として、貴族や民からの信頼も、更に厚くなったな」
「それに、期待もあるんだと思うよ。実際、貧民街なんて無くなって、平民街が拡大した。しかも、新しい産業まであるとなれば、当然だよね」
にこにこと言うアイリーンにモーリスが言えば、ブラッドフォードも続き、それを聞いたクリスが、真顔になった。
「それは、アイリーン達の協力あってこそ、だよ。ぼくこそ、感謝している」
「ねえねえ!クリス!ブラッドフォード!アシュトン!モーリス!」
そんな五人に追い付いたベティ・コーツが、アイリーンを無視して四人に話しかけるも、誰も振り向かない。
「ちょっとちょっと!珍しいものを見せてあげようっていうのに、その態度はいただけないなあ」
軽妙な口調で話しかけながら、ベティ・コーツが五人の前に回り込んだ。
そして、にやりとした笑みをアイリーンに向ける。
「ほら、これ!みんな、見たことないでしょう!」
そう言って、揚々とベティ・コーツが掲げたのは、瓢箪。
正確に言えば、元貧民街で新しく生み出した王都土産仕様の、美しく彩色された飾り用の瓢箪である。
「まあ。お買い上げ、ありがとうございます」
貧民街のみんなで協力して収穫し、加工したそれを手に取ってくれたのだと分かったアイリーンが、嬉しそうな声で礼を言った。
「は?なんで、あんたに礼を言われないといけないのよ。もしかしてあんた、これが何だか知ってるっての?」
「わたくしだけでなく、こちらに居る皆様ご存じですよ」
アイリーンが言えば、ブラッドフォード達だけでなく、何故か周りの生徒たちのなかにも頷く者が居て、ベティ・コーツは不機嫌になる。
「嘘吐かないでよ!この、知ったかぶり!じゃあ、言ってみなさいよ!これは、なに!?」
「「「「「ひょうたん」」」」」
瞬間、アイリーンやブラッドフォードにクリス、アシュトンとモーリス。
そして、周りからの幾つかの声も見事に重なって、アイリーンは感激した。
「凄いです!雑貨屋さんに置いてもらえるようになって、売り上げも出ているとは聞いていましたが」
「短期間で、これだけ周知されているのは、凄いね」
アイリーンの言葉にブラッドフォードも頷き、瓢箪を知らなかったらしい生徒たちは、知っている様子の生徒たちから説明を受けている。
「いい反応で、嬉しいです。飾り用だけでなく、水筒として持ち歩く利便も周知していきたいですわ」
「ぼくもそう思って。まずは、騎士団に試験導入したらどうかと、提案しようと思っていたところなんだよ」
今日の定例会の議題のひとつにしようと頷き合い、再び歩き出そうとした五人を、ベティ・コーツが押しとどめた。
「ちょっと待って。もしかして、これを売り物にしたのって、あんた?」
「代表は、ぼくだ」
ぎろりとアイリーンを見たベティ・コーツの視線を逸らすよう、クリスが言うと同時、ブラッドフォードとアシュトン、モーリスも警戒の色を強める。
それは、アイリーンが発案だと気づいたベティ・コーツが、いわゆるゲームの強制力を利用して、自身に都合のいいように動くのを警戒してのことだったのだが。
「じゃあ、クリス!私に、ちゃんと支払って!」
「君に、支払うものなど、何もない」
あまりに予想外の言葉に『何を言い出すのだ』と言うこともなく、即答したクリスに、ベティ・コーツは軽蔑の眼差しを向けた。
途端に、アシュトンが、ずいと出る。
「もう、アシュトン。今のは、クリスが悪いでしょ。だって、あたしが居るからこそ、瓢箪だってこっちにあるのに、感謝もしないなんて有り得ない。ううん、感謝ってだけでなくて、あたしには、売り上げ金から何割かもらう権利があるの。それを無視しているんだから、犯罪だよ」
「この件に、関与しているのか?では、栽培方法は?加工技術はどうなっている?」
「そんなの知らない。だけど、あたしがここに居るから、瓢箪も存在するの。それは、確かよ。お米だって、フォーだってそう・・・あ!そうか!あたし、あっちこっちから、お金もらわないとじゃん!」
突然、叫ぶように言うと、勢いよく走り去って行ったベティ・コーツを、一同、あんぐりと見送る。
「『あたしがいるから、存在する』って。瓢箪も米も、フォーも、ドレイク伯爵令嬢たち五柱の皆さまの事業よね?」
「ああ。お陰で、物流も凄く良くなって、国の生活レベルが向上しているってのに。なんなんだ?あいつ」
「はあ。教室でも、いつもああだ」
「いやだわ。まさか、これから何処かで今のことを言うつもりなのでは」
呆然と見送っていた面々は、やがてそのことに気づき、まるで指示を待つかのように、アイリーン達へと一斉に目を向けた。
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