十三、フレミング侯爵領 14、
「アイリーン。デニスが傷を負うのは、矢の攻撃を受けてだと、言っていたよな?」
「そうです。いつもの通り、巡回中にという感じでした」
「となると、記念日より後の日付ということになると、考えていいか?」
モーリスに尋ねられ、アイリーンは、うーんと空を向く。
「本当に、普通の日の見回りという感じでしたから、そうだと思います。たぶん」
「思います、で、たぶん。俺、思うんだけどさ。アイリーンがもっと自信を持って『そうです。そうなります』って言いきったら、預言者みたいで格好いいのに」
アシュトンの言葉に、アイリーンが首を傾げた。
「だって、確信は無いんですよ?それで言い切ったらペテン師ではないですか」
「随分可愛いペテン師だね」
「ブラッドフォード様は、分かっていて騙されてくれそうですね」
「アイリーン限定でね」
ふふ、と笑い合うブラッドフォードとアイリーンを、クリスとアシュトンは生暖かい目で、モーリスは、苦い顔で見守る。
「モーリス。気持ちは分かるけど、ちょっと顔、気にしろって」
「違う。ペテン師で、これ以上なく不愉快なことを思い出しただけだ」
そんなモーリスは、気持ちを軽くさせるように笑いながら肩を叩くアシュトンを、きっぱりと否定した。
「不愉快なこと?」
「ああ。あれぞ正にペテン師だ」
「なんだ、それ。ちゃんと話せよ」
途端、心配顔になったアシュトンに、クリスも頷く。
「そうだね。秘密にしておきたいという話でないなら、ぼく達に言ってみるのもいいんじゃない?」
「秘密なんかじゃない。夏季休暇前、図書館で待ち伏せされたんだ。あの下心満載の馬鹿女に」
苦虫を噛み潰したような顔で、モーリスは怒りを堪えるよう、短く息を吐いた。
その日。
モーリスは、自領の図書館を更に充実させるため、王立図書館に収納されている本の記録を確認させてもらっていた。
「アイリーンの絵本は、子供たちに一番の人気、か」
間違いなく、平民の識字率向上に貢献している彼女の笑顔を思い出し、モーリスは自然と笑みを浮かべる。
「ドレイク伯爵令嬢は、素晴らしい慧眼の持ち主ですよね。最近では平民がこちらに訪れることも増えて。『このえほん、たのしかった』と笑顔で言われると、嬉しくなります」
図書館勤務の令嬢に言われ、我が事のように嬉しく思ったモーリスは、その上昇する気持ちのまま図書館を出た、ところで不愉快な声に呼び止められた。
「モーリス!もう、また勉強してたんでしょ。駄目だよ、籠ってばかりいちゃ。苦手だからって逃げないで、ちゃんと運動もしないとなんだからね?・・って、あ!どこ行くの!?」
しかし、何も聞こえない、何も見なかったことにしたモーリスは、そのまま素通りしようとして、腕を掴まれてしまう。
「っ!」
不快な気持ちのままに振り払おうとして、瞬時に理性を総動員したモーリスは、傍目にも丁寧にその腕を外した。
周りには多くの人が行き来している。
その場所で、己が乱暴を働いている印象を与えることを回避したモーリスは、小さく息を吐くと、今度こそ、そのまま歩き出した。
「あのね、モーリス。息抜きに、屋台に行かない?」
「・・・・・」
「あ。今、屋台なんて、って思ったでしょ。でもでも、行かないと損すると思うな。めっずらしい屋台でね。フォーっていう食べ物なの。こっちにあると思わなかったからびっくりしたけど、あたしが転生してきたから、その特典なんだって気づいたの。お米だってそう。でね、そのフォーっていうのは麺料理なんだけど。こっちに存在させたあたしに感謝して、ってくらい美味しいものなの。ね?行きたくなったでしょ」
モーリスは黙ったまま、楽しそうに話し続けるベティ・コーツの背後に広がる街並みを見つめた。
その通りの向こうにはクリスのレストランがあり、違う通りには、ベティ・コーツの言うとおりフォーの屋台がある。
そして、いつのまにか根付いた米料理の数々。
それらはアイリーンの発案であり、ベティ・コーツの存在など微塵も関係していない。
それなのに、自分のお陰だと言い切り、不遜な態度を崩さないベティ・コーツ。
不快な気持ちのままにその事実を口にしようとして、モーリスは『だが』と口を閉ざした。
アイリーンの発案だということをベティ・コーツが知れば、アイリーンが恐れるゲームの法則によって、アイリーンの身が危険に晒されるかも知れない。
「ね?早く行こ?あ、馬車じゃなくて歩きでね?屋台は、馬車で行くような区域じゃないし。そ、れ、に。運動嫌いで運動不足のモーリスには、お散歩くらいがちょうどいいから」
何が楽しいのか笑顔で、人差し指を立てて振って見せるベティ・コーツの横を、モーリスは無言のまますり抜け、ベティ・コーツを一瞥することもなく待機していた馬車の元まで行くと、自然な形で乗り込んだ。
「ちょっとモーリス!馬車は駄目って言ったでしょ!もう、ほんとに無精なんだから」
「ご令嬢。お下がりください」
ぷんぷんとわざとらしく怒りながら、仕方ないなという感じで馬車に近づいたベティ・コーツに、フレミング侯爵家の従僕が制止の声をかける。
「何よ、使用人の分際で。あたしは、これからモーリスとデートなの!・・・って、ちょっと!何するのよ!」
そして、当然のように馬車に乗り込もうとした、その目の前で扉を閉ざされたベティ・コーツは、目を吊り上げて抗議した。
しかし、既に従僕も馬車のなか。
「聞こえましたよ、モーリス様。モーリス様は運動がお嫌い、で、運動不足ですか。笑ってしまいますね」
「今朝も、共に鍛錬したものな」
短剣を扱わせたら一流。
知る人ぞ知るモーリスのその事実を、ベティ・コーツは知らない。
ありがとうございます。




