二、飛び出す絵本 5、
「ねえ、アイリーン。この、飛び出す絵本だけど。どういう作りになっているの?」
ひとしきり『ぴょーん!』を堪能し、再び部屋を駆け回り始めたカイルを侍女に託し、ブラッドフォードとアイリーンは、揃って飛び出す絵本を覗き込む。
「これはただ、四角や三角に切った物を、紙で作ったばねに貼り付けて、飛び出すようにしているだけです」
「ばね?ばねってなに?」
「えっと、この部分・・三角や四角の下にある、びよーんと伸びる、これです」
『あれ?この世界、もしかしてばねも無いの?ああ、だから馬車のクッションが残念な感じなのかしら』と思いつつ、アイリーンは紙で作ったばね部分を、良く見えるように動かした。
「へえ、面白いね。こうして、ぴょんぴょん揺れるなんて」
うっ、うわあああ。
ブラッドフォード様が、紙製のばねを楽しそうにつついている!
動画撮影して、家宝にしたい・・・。
「確かに、これはすごいね。幼児教育の教材か。先見の明があるよ」
「・・・え?幼児教育の教材?先見の明?」
『推しの素晴らしき瞬間を、この目に焼き付けねば』と、盛り上がっていたアイリーンは、思いもしない言葉に首を傾げる。
「うん。幼児教育の教材を、ドレイク伯爵が権利登録したのは知っていたんだけど、こんなに凄いものだとは思わずにいた」
「権利・・登録?」
「あれ?もしかして、知らなかった?ドレイク伯爵は、この飛び出す絵本について、きちんと権利登録していらっしゃるよ」
「はあ。そうなんですか」
『これを?』という思いが拭えず、アイリーンは、しげしげと自作の拙い飛び出す絵本を見つめてしまう。
「『はあ』って。なにその、気の抜けた表情」
「だって、これは基本の基本ですよ。というか、私に絵心があればと、常日頃より心底残念に思っているので、これをそんなに褒められても」
何と言っても、三角と丸と四角しか出てこない、絵本と言えるのかもあやしい、とりあえず飛び出す絵本なのである。
まあ、その三つの図形を覚えるのに適した教材だと言われれば、そうなのかもしれないが、自分が作りたいものはもっと・・・と、アイリーンは、複雑な表情で三角をびよんと揺らした。
そんなアイリーンを、真顔で見つめていたブラッドフォードが、もしやと口を開く。
「アイリーン。それって、絵を描く人間がいれば、もっと違う作品が作れるということ?」
「はい、そうですよ。これはばねですけれど、台紙に切り込みを入れて飛び出すようにして、そこに絵を貼れば・・ああ、カードなんかもできますね。それで招待状なんか作ったら、素敵だと思います」
手紙の遣り取りも多いことから、そういった面でも使えるかもしれないと、アイリーンは夢が膨らむ。
だがしかし。
それは、もし絵を描ければの幻想。
「はあ。私に、絵を描く才能があれば」
ため息を吐くアイリーンの前で、ブラッドフォードがにっこりと笑った。
「そうか。じゃあ、アイリーン。何かひとつ、作ってみよう。僕が絵を描くから、アイリーンは、物語と飛び出す仕掛けを作って」
「え?」
「もちろん、今はお試しの短い一場面でいいから、アイリーンが描いてほしい場面と、望む絵の大きさを言ってみて。それから、何か描くものを貸してくれないか?」
アイリーンが戸惑ううち、有能な侍女によって支度が整い、アイリーンが発した『草むらから、一羽の可愛いうさぎが飛び出しました』という場面が、あっというまに描かれた。
「うわあ。凄いです。アーサーズ公爵子息は、絵を描く才能もおありなのですね」
「ありがとう。それで?この絵をどうするの?飛び出す部分に貼り付けるとか、言っていたけど」
わくわくとした様子を隠さないブラッドフォードに催促するように言われ、アイリーンは、自分が担当した、飛び出す仕掛けを見せる。
「ここに、それを貼って完成です」
「・・・凄い。場面を絵で見られるからよくわかるし、しかも立体的だなんて。これは、画期的だな。それに、確かにカードにしても見栄えがいい・・・ね、アイリーン。僕と君とで、飛び出す絵本を作らないか?これは、事業になるよ。それに、このばねというもの。これも、多様性がありそうだ」
「ああ。ばねは、鉱物を使って、らせん状にすると、確かに色々使えると思います。馬車のクッションとか」
『乗り心地のいい馬車。あったらいいな』と夢見るアイリーンを、ブラッドフォードは、眩しいものを見るように見つめていた。
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