二、飛び出す絵本 4、
「はじめまして。僕は、ブラッドフォード・アーサーズ。アイリーン嬢の婚約者だよ。仲良くしてくれると嬉しいな」
ふたりが、カフェで過ごしてから数日。
早速と、ドレイク伯爵家訪問の約束を取り付けたブラッドフォードは、アイリーンや伯爵夫妻と共に出迎えに来たカイルの前にしゃがみこみ、そう声をかけた。
「かいりゅ、れしゅ。はじめ、まちて。んと、おっねえしゃまっ、の、こ・・こにゃくしゃ?」
「うん。婚約者だよ。僕のことは、お兄様と呼んでね」
「おっにいしゃまっ!」
嬉しそうにぴょんと跳ねるカイルを目を細めて見たブラッドフォードは、伯爵夫妻、そしてカイル本人に許しを得て、抱き上げる。
「カイル、って呼んでもいい?」
「いーよ!あのね、かいりゅ、たからもにょ、あゆの!」
自慢げに言うと、カイルはアイリーンを見た。
「おっねえしゃまっ、も、いっちょに!ごほん!」
「ふふ。いいわよ。カイルの飛び出す絵本、アーサーズ公爵子息にも見せてあげましょうね」
「う!」
前もって話を聞いていたドレイク伯爵夫妻に、にこにこと見送られ、三人はサンルームへと移動する。
「アーサーズ公爵子息、こちらです」
アイリーンの言葉に従って侍女が扉を開けると、それまではしゃいでいたカイルが、何やら言いづらそうにもじもじしながら、ブラッドフォードを見た。
「こっち、が、いい?」
「ん?カイルは、ここじゃない方がいいの?」
そんなふたりの遣り取りを聞いたアイリーンが、状況を察して笑みを浮かべる。
「アーサーズ公爵子息。カイルは普段、土足厳禁にしてあるお部屋で遊んでいるのです。そこが、とにかくお気に入りなので、アーサーズ公爵子息にもご案内したいのでしょう」
今、カイルの遊び部屋となっているその部屋は、アイリーンが這い這いを始める頃に両親が改装してくれたサンルームで、アイリーンが大きくなってからも土足厳禁の部屋を維持し、カイルもそこで存分に這いまわった。
いわば、ふたりの大切な部屋である。
「そちらの部屋に、僕が入るのはまずいのかな?」
「いいえ。そんなことはありませんけれど。土足厳禁ですので、靴を脱いでいただかなくてはなりませんから。ね、カイル。今日は、こちらのお部屋にしましょうね」
普通の貴族令息は、他家の邸でそのような事はしたくないだろうと、アイリーンはカイルを説得にかかった。
「いや、僕は別に構わない。あの、正座とやらも、教えてくれたら覚えるから」
「っ!そんなこと、強要しません!」
真顔でなんてことを言いだすのだと焦るアイリーンを他所に、カイルは瞳を輝かせた。
「おっにいしゃまっ、おへや、あっちでも、いい?」
「うん。カイルや、カイルのお父様が入っていいよと言ってくれたら、ぜひ案内してほしいかな」
「おっとうしゃまっ、きいて、くゆ」
慌ててブラッドフォードに下してもらおうとするカイルを優しく制し、アイリーンは、そのぷくぷくの頬を、そっとつついた。
「カイル。お父様は、どちらを使っても良いとおっしゃってくださっていたので、その必要はないわ」
「わああ。やた!おっにいしゃまっ、こち!」
そのアイリーンの言葉に瞳を輝かせ、カイルはブラッドフォードの胸元を掴んで、廊下の先を指さす。
「駄目よ、カイル。アーサーズ公爵子息のお衣装を掴んでは」
「あ。ごめしゃい」
掴み易い場所にあったからだろう。
無意識だったらしいカイルが慌てて外そうとするのを、ブラッドフォードは優しく止めた。
「大丈夫だよ、そのままで。さあ、カイル。カイルの大好きなお部屋に案内して?」
「う!」
嬉しそうに足を揺らしながら、カイルは『こっち、こっち』と案内を始めた。
「すごいな。ちゃんと、部屋の場所を覚えているんだね」
「すべての場所を、覚えているわけではないと思いますが。その部屋・・そこもサンルームなのですが、カイルはよくそこに居るものですから」
他の部屋やそこ以外のサンルームよりも、移動することが多い分土地勘があるのだろうと、邸のなかで使っていい言葉なのかどうか迷いながら、アイリーンは説明した。
「おっにいしゃまっ、ここ!」
そして、廊下を辿って着いたその場所を、カイルは、嬉しそうに示した。
「ここが、カイルお気に入りの部屋か」
「う!どうじょ」
そして、侍女が開いた扉を見て、カイルが嬉しそうにブラッドフォードの腕から下りて、扉前にある場所で靴を脱ぐ。
「ここで、靴を脱ぐんだね」
「はい、そうですアーサーズ公爵子息・・・カイル、お靴はどうするのだったかしら?」
靴を脱ぐなり駆け出したカイルを呼び止めアイリーンが言えば、即座にカイルが戻って来た。
「しょうらった」
そして『うんしょ』と靴を揃え、規定の場所へとしまうと、どうだと言わぬばかりにアイリーンを見る。
「うん。よくできました」
「・・・へえ。凄いね。ちゃんとしている」
『あんなに小さいのに』と言い、再び自由に駆け出したカイルを見ながら、ブラッドフォードも自身の靴を脱ぎ、カイルの靴の横にしまった。
「お手数かけて、すみません」
詫びつつアイリーンも靴を脱ぎ、既にじゃれ始めているブラッドフォードとカイルを他微笑ましく見つめながら、侍女に指示をして、飛び出す絵本を皆で見るための準備をする。
「お、カイルは動きがいいな。早いぞ」
「おっにいしゃまっ、こっち!」
追いかけっこをするように、右に左に動きまわるカイルを、ブラッドフォードが捕まえたり、逃がしたりして遊んでいるのを嬉しく見つめ、アイリーンは飛び出す絵本を置いたローテーブルの傍に、ゆったりと座った。
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