十三、フレミング侯爵領 2、
「私が、フレミング領へですか?特に、お役に立てるとは思えないのですが」
モーリスの言葉に、アイリーンは自虐の様子もなく、ただ淡々と述べる。
「うわあ。アイリーン。本気で言っているでしょ」
「もちろん本気ですよ、アシュトン様」
仰け反るアシュトンに、アイリーンは当然と答えた。
「アイリーンが役に立たない、なんてことは、無いと思うけどね」
「ブラッドフォード様は、私への評価が高すぎるんです」
即座に言うブラッドフォードに、アイリーンも負けない速さで返す。
「まあ。ブラッドフォードは、確かにそういう面もあるけど。ぼくも、アイリーンが役に立たないとは思えないな。それに、モーリスがそう言うということは、何か、アイリーンに頼みたいことがあるってことなんじゃないかな」
「クリスの言う通りだ。アイリーンに言われて、神殿関係で何か問題がなかったか確認したのだが、今のところ何もないということだった」
「え、そうなのね。なら、尚のこと私が行っても仕方がないのではない?」
行って、何も出来ないのでは、ただの観光になってしまうと、アイリーンは渋い顔になった。
「それならそれで、観光をすればいい。オレが、案内する」
「フレミング領都にある時計塔は、見事だって聞いたことがあるわ」
「ああ。あそこは確かに、見事だな」
アイリーンが、本で見た行ってみたい場所を言えば、モーリスが笑顔で答える。
「アイリーンが見たいというのなら、一緒に行くよ。それで?モーリス。もしかして、不可侵条約記念の日に、アイリーンにフレミング領に居てほしいということかな?」
「流石、ブラッドフォード。その通りだ」
ブラッドフォードの指摘に頷き、モーリスはアイリーンに向き直った。
「フレミング領は、アイリーンも知っている通り隣国アキナスと接している。昔は互いに侵攻し合って、今の飛び地で戦闘になることも珍しくなかったと聞く。そんな歴史のなか、百年ほど前にアキナスと結んだ不可侵条約。これが今も有効なんだが、国交は回復していない」
モーリスの言葉に、アイリーンも頷きを返す。
「お互いに侵攻はしないけれど、関わりも持たない。あの国の特殊な宗教が関係しているって、習ったかな」
「ああ。己が信じる神に、他の神を信じる者を生贄として捧げるそうだ」
「それは、怖いわね」
生贄など、今もあるのかと驚き、アイリーンは自分の両腕を摩った。
「大丈夫だよ、アイリーン。何があっても、僕が守るから」
「でも、ブラッドフォード様の方がきれいなんだから、狙われてしまうわよ。ちゃんと隠れていないと」
「なんだろう。時折、僕達の存在を忘れるのかな」
「アイリーンは、意図していないだろうねえ。ブラッドフォードは、今も、俺達の会話をちゃあんと聞いていると思うけど」
「まあ。そんなわけで、国交は回復していないのだが、年に一度だけ。不可侵条約締結記念日には、国境の門が開かれるんだ」
またもふたりの世界を形成したアイリーンとブラッドフォードに、クリスとアシュトンがわざとらしく囁き合い、モーリスが無理にも話題を戻す。
「え、そうなの?危険じゃないの?」
「いくらなんでも、いきなり襲撃したりはしない。それに、こちらも警護を強化するから大丈夫だよ。ただ、宗教の話はご法度だけどね」
生贄にするためにさらわれたりはと心配するアイリーンに、モーリスが安心させるように言った。
「じゃあ。お祭りみたいな感じで、賑やかなの?」
「そんな一面もある。そして、一年で一番、問題が起きる日でもある」
「なるほど。だからモーリスは、その日にアイリーンにその場にいてもらって、確認してほしいってことか」
アシュトンに締めるように言われ、モーリスは頷きを返す。
「その通りだ。どうだろう、アイリーン。頼めるか?」
「時期は、いつくらい?」
「夏のはじめだ」
「夏のはじめ。じゃあ、夏季休暇を使って、ってことね?」
「そうなる」
モーリスに時期を指定され、アイリーンは、考えるようにブラッドフォードを見た。
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