十二、異なる世界 2、
「なっ。失礼なこと、言わないでください!浮気じゃありません。あたしの方が、正当なんです!」
「はあ。何をもって、正当だと言っているんだ。ブラッドフォード・アーサーズ公爵子息とアイリーン・ドレイク伯爵令嬢の婚約は、今から三年前、正式に結ばれているんだぞ?」
自分は間違えていないと、堂々と言い切るベティ・コーツに、院長は呆れた目を向けた。
「それは、家同士が決めたこじゃないですか。ブラッドフォードは、その婚約を嫌がっていて、あたしを選ぶんです。ね?あたしの方が正当でしょう?」
「コーツ。お前。アーサーズのこの顔を前にして、その言葉を言えるとか。凄い度胸だな」
激しく燃え盛る赤い炎の怒りではなく、静かなる理性ともいえる青い怒りの炎をその瞳に宿すブラッドフォードに慄きながら、Sクラス担当の教師が言い、周りもそうだと、こくこく人形のように頷くも、ベティ・コーツは怯まない。
「言えますよ、もちろん。ブラッドフォードの真実の相手は、あたしです。そりゃあ、屋外鍛錬場がおかしなことになっていて、出会いは予定と違ってしまったけれど、最終的には、あたしの魅力に落ちるんで、問題なしです。ね?ブラッドフォード」
こてん、と首を傾げて可愛らしく笑うベティ・コーツが、そのままブラッドフォードにしなだれかかろうとするも、するりと避けられてしまい、手に持っているおにぎり入りの籠を落としそうになって慌てた。
「ちょっと!ブラッドフォードってば!落としたらどうするのよ!もう、危ないなあ」
そして、拗ねたように言うも、ブラッドフォードは相手にしない。
「野外バーベキューの件で、アーサーズ公爵家として、正式にコーツ男爵家に抗議文を送った。その際、二度と僕とアイリーンに関わるなという文言も入れてあったはずだが?」
何を言われても、何をされても変わらず、にこにこ笑顔を振りまくベティ・コーツに冷たい目を向けたブラッドフォードは、その時、教員室にアイリーン達が入って来るのを見た。
「ここでのことが噂になっているようなの。それで、気になって廊下に来ていたから入ってもらったわ」
そう言ったのは、語学の担当教諭。
「アイリーン」
ささっとアイリーンの隣へと移動する、ブラッドフォードの瞳を見て、教師陣は苦笑を浮かべた。
先ほどまでの冷たさが嘘のように、やわらかく、あたたかな瞳。
これを見れば、ベティ・コーツも、完全に諦めることはなくとも、この場は引くだろうと、誰もが思った。
「あ!クリス、アシュトン、モーリス!なに!?あたしがブラッドフォードに構うのが、そんなに心配!?だよね!だって、モーリスのハンカチはアシュトンが拾っちゃったし、そのアシュトンは、街に交渉に行かないから、あたしと会えてないんだもん」
しかし実際には、諦めるどころか、対象が増えたと喜び勇んで話し始める始末。
「ベティ・コーツ。いい加減にしなさい。意味不明なことばかり言ってな」
「そっか!説明が欲しいよね!あ、言葉遣いが・・まあ、いいよね!教師だって人間だもん!平等ってことで!あのね、モーリスはハンカチを飛ばしちゃって、それをあたしが拾うことで出会うはずだったんだけど、それはアシュトンが拾っちゃったから、なしになっちゃったの。でも、アシュトンと街でぶつかる出会いイベントは、未だ起きてないんだよね。アシュトン、お米の権利についてちゃんと交渉しないと、駄目じゃん。他のところに負けちゃうよ?お米、王都でも見るもん。頑張んなよ」
院長の言葉尻を奪っての、ベティ・コーツの言葉に、アシュトンが眉を寄せた。
「米の件で、交渉?」
「そう!価格交渉しに行って、その帰りにあたしとぶつかっちゃうの。あんまり、お米って価値ない扱いだから傷心しちゃってね。まあ、露骨な言葉でお米を貶されても、ぶつかった後であたしが慰めてあげるから、早くしてね」
「あ」
ベティ・コーツの言葉に、アイリーンは小さく声をあげて、口元を押さえる。
あああああ。
そうだった、そうだった。
お米のこと、さんざんに貶されて、失意のまま歩いていて、アシュトン様はヒロインとぶつかってしまうんだわ。
「アイリーン。後でね」
そんなアイリーンを見て、ブラッドフォードが悟ったように小さく呟き、クリスやモーリス、アシュトン本人も、ぶつかってよろけたところを、という出会いがアシュトンなのだということ、それは、どうやら街で起こるらしいことを把握した。
「あとそれからね。それぞれの領地で大変なことが起こるんだけど、あたしが居るから大丈夫だから。あ!クリス!そろそろ、最初の死人が出るかも!今年なら、だけどね!さ!みんなで、おにぎり食べよ」
「院長先生」
ベティ・コーツに腕を掴まれそうになったブラッドフォードは、するりとアイリーンを抱き込んだまま避けると、院長へと向き直る。
「ああ。今年は、王子殿下はじめ高位貴族の子息が入学するからと、覚悟はしていたが。これほど、話が通じない者が複数出るとは」
そう言って院長は、ため息を吐いた。
ありがとうございます。




