十一、フレミング侯爵領に忍び寄る危機 4、
「うーん。ここで手をこまねいているだけなんて、モーリスも落ち着かないよね?ね、アイリーン。今、何か出来ることはないかな?」
「今、出来ること、ですか?」
クリスにそう声をかけられ、アイリーンが戸惑うように目を瞬かせれば、アシュトンも身を乗り出して来る。
「うん。ただ、連絡を待つしかないってことは、ないんじゃないかな、って。ほら、俺の所みたいに、コロッポルの乱獲が原因で、バッタが大発生して、というような経緯は、フレミング領には無いの?」
先に、何か打てる手はないかと言うクリスやアシュトンに、アイリーンは困ったように頷いた。
「フレミング領の事件の原因は、王都の時やキーズ辺境伯領とは大きく異なるんです。自然は関係なく、誰かが、どういう理由かで裏切って、なので。地理や地形は関係しますけれど、森林火災は完全に人の手によるものですから」
「騎士の誰かが、どういう理由かで裏切る」
「ねえ、アイリーン。せめて、どういう理由で裏切るのか、思い出せないかな?」
呟くように言ったモーリスを労わるように見て、クリスがアイリーンに問いかけた。
「裏切りの、理由。そうですよね。それが分かれば、その騎士を止めることが出来ますよね」
「難しく考えなくていいよ、アイリーン。その騎士は、事の最初から裏切っているの?それとも、途中で寝返る形になるの?」
「最初から、って?」
ブラッドフォードに順を追うように問われ、アイリーンは真剣な顔で考える。
「うん。飛び地で何かことが起こる、それ自体に、その騎士も噛んでいるのかってことだよ」
「ああ。それは無いわ。最初は本当に、いつも通りの見回り、みたいな感じで始まったから」
頑丈な砦を有するフレミング領の飛び地。
そこを護る屈強な騎士達が、いつもの巡回をするところから、その物語は始まる。
「数人で編成された部隊で、飛び地に住む人々とも明るく挨拶を交わし合って。フレミング本領とは峻険な山で遮られているけれど、みんな明るい顔で素敵なところだなって思ったの」
「フレミング領の飛び地かあ。ねえねえ、俺達は、そこで何か楽しいことも出来るのかな?事件の解決だけ?・・って、あ!その時は、森林火災があって向かうんだっけ。ごめん、モーリス」
『行ったことないんだよねえ』と、楽し気に入ったアシュトンが、森林火災の件を思い出してモーリスに頭を下げた。
「いや。未だ起こってもいないことだ。気にするな」
「ああ、その前に、ですね。アシュトン様。これは、個別のイベントなので、モーリス様とヒロインだけ、フレミング領の飛び地へ向かうんです」
「え!?そうなの!?」
申し訳なさそうに言うアイリーンに、アシュトンが衝撃を受けたように仰け反る。
「なんか、すみません」
「そっかあ。あれ?でもさ。ヒロインで、あの破廉恥だろ?モーリス、一緒に行くわけないよねえ?」
「ないな」
アシュトンの言葉に、モーリスが当然と頷いた。
「まあ。未然に防げれば、そもそも行く必要も無いしな」
「そうだね。神殿が絡む件となれば、分かることもあるだろう。細かに連絡を取って、未然に防げるように動こう」
ブラッドフォードとクリスも頷き合って言うなか、アイリーンは、真っすぐモーリスを見る。
「モーリス様。それこそ、起こらないかもしれないお話で、心労をかけてしまってすみません」
「いや。転ばぬ先の杖、と教えてくれたこと、感謝する」
「モーリス様」
「何も知らされず『起こらないと思ったから』と、告げてもらえない方が、辛い」
真顔で言ったモーリスもアイリーンを真っすぐに見つめ返せば、ぴんと張り詰めた、触れれば切れるような、それでいてあたたかな空気が流れる。
「アイリーン。オレは」
「3、2、1・・はい、終了!」
そんな空気を一掃するよう、ブラッドフォードがおどけた声を出して、アイリーンを引き寄せた。
「・・・悪かった」
「ブラッドフォード様、流石です。私が、気に病まないように場を明るくしてくれたんですね」
アイリーンがそう言った時、扉がノックされて、侍女がドレイク伯爵夫人とカイルの帰宅を告げる。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。留守にしており、申し訳ありません。どうぞ、ごゆっくりして行ってくださいませ」
優雅に挨拶を済ませ、ドレイク伯爵夫人は退室して行ったが、満面の笑みのカイルは残った。
「カイル、今日は楽しかったか?」
「はい!おにさま。とても、たのしかた、です」
元気に答えたカイルは、ブラッドフォードに抱えられ、子供用の椅子にちょこんと座る。
「カイル。お菓子は、気に入ってもらえた?」
「うん!とりさん、の、しゅくりむ、かあい、うれし、おいし、って!」
「そう。良かったわ」
足をぱたぱたさせながら言うカイルの、その足をそっと抑えながら、アイリーンも嬉しそうに笑った。
「なるほど。この白鳥のシュークリームは、カイルの手土産に作ったのか」
「ばれましたか。でも、こちらの分も、ちゃんと作りましたよ?もちろん、手抜きなく」
ぽんと手を叩くアシュトンに言われ、アイリーンは、茶目っ気たっぷりに答える。
「カイルのお陰で、また美味しいものを食べられたってことだね。ありがとう、カイル」
「くりすだいにおうじでんかにたま、うれし、と、かいる、も、うれし!」
「俺も、もちろん嬉しいぞ、カイルー」
言いながらアシュトンがくすぐる真似をすれば、椅子を飛び降りたカイルが、きゃあと嬉しそうにはしゃぎながらアイリーンに突撃し、転がりそうになってブラッドフォードに支えられる。
「なんか。和むな」
カイルの可愛さと仲間の心に癒されると、モーリスは、カイルの頭をそっと撫でた。
ありがとうございます。




