十一、フレミング侯爵領に忍び寄る危機 2、
「え、エース伯爵家は、ドレイク領の船と港を、お使いなのです」
ブラッドフォードに背中を優しく叩かれ、一旦停止した思考を再始動したアイリーンは、こくりと息を呑んで説明する。
「知っているよ?だからこそ、カイルを貶めた元ヒル男爵子息を招き入れたことを咎めて、港の使用禁止を言い渡すくらい、するのだと思っていたんだよ、ぼくは」
「だよな?ギャレット侯爵夫人の生家で、根本の原因なんだから、当然のこと連座だろうって、俺も思ってた」
「それより上回る利益が・・ああ。恩を売っておくのか。あとは、割増料金か?」
「なるほどね」
「割増料金なら・・まあ、納得か?でもな」
当然、ドレイク伯爵家として厳しい制裁を加えると思っていた三人は、それぞれの考えを口にして、アイリーンを見、ブラッドフォードを見た。
「まず。エース伯爵領は、内陸にあるだろう?しかも、王都へ行くためには、アーサーズ公爵領より、更に遠路を行く必要があるから、輸送時間も必要経費も嵩む。ところが、ドレイク伯爵領とエース伯爵領を共に流れている川を使えば、陸路を行くよりはるかに速い。ドレイク伯爵領の方が上流にあるけれど、ドレイク伯爵の開発した船なら、流れに逆らうことも問題ないからね」
「それも知ってる。だからこそ、全部使わせなくすれば、凄い制裁になっただろう、って俺は思うんだよ」
ブラッドフォードの説明に、アシュトンは尚も納得いかない様子で、眉間にしわを寄せる。
「エース伯爵家とうちは、そもそも付き合いがあって。ブラッドフォード様と私の婚約式の時も、両家にそれぞれ謝罪してくださっているの。『妹一家が、大変な失礼をいたしました』って」
「まあ。エース伯爵なら、そうするだろうけれども」
今のエース伯爵は、ギャレット侯爵夫人の兄なのだが、無能で有名だった両親と違い有能で、とんびが鷹を産んだと言われることで有名だった。
「まあ、確かにね。前エース伯爵夫妻は、娘を甘やかすことしかしなかったけど、今の伯爵は、昔から妹に厳しかったって聞くよね」
「それで。付き合いは続行させようということか」
肩を竦めるアシュトンと、納得したように頷くモーリス。
「そうなの。でも、もちろん今まで通りとはいかなくて。これまで、川を遡る船の使用料と、港の使用料は、一括で。つまりは、それぞれ請求するより割安になる形になっていたのだけれど、それを個別にして割引なしにしたから、まったくの制裁なしということでもないの」
「それともちろん。これは、エース伯爵が迷うことなく妹を切る選択をしたから、っていうのが大きい」
王妃主催の茶会で、妹であるギャレット侯爵夫人が問題を起こしたことで、エース伯爵は完全に彼女との縁を切った。
「それに、最初にカイルが酷いことを言われたエース伯爵家のお茶会も、主催の伯爵夫人は、ギャレット侯爵夫人もヒル男爵夫人も、呼ぶ予定はなかったそうなの。でも、ギャレット侯爵夫人が望んで、それを前エース伯爵夫人が嫁であるエース伯爵夫人に強要したらしいの。『姑の命令がきけないなんて、何様のつもり?』とか言って」
「はあ。いつまでたっても、愚者は愚者・・・って。アーサーズ公爵夫人も言っていたね」
思わず呟いたクリスが苦笑すれば、全員が同意の頷きを返し、ブラッドフォードが先を続ける。
「それで、エース伯爵夫人は、そのことを夫君であるエース伯爵に報告したらしいんだ。ギャレット侯爵家は、永劫ドレイク伯爵家に接近禁止というのは、国王陛下が定めたことだからね。それを破るわけにはいかないと、それこそ当主命令で阻止したんだ」
「それでも元ヒル男爵夫人とご子息は来てしまって、ああいう事態を引き起こしたのだけれど。そのことも、謝罪してくださっているし、今回のことで、前エース伯爵夫妻は領地に幽閉されたから、それでいいかなって」
今のエース伯爵一家に思うところのないアイリーンは、そう言って白鳥のシュークリームを口に運んだ。
「ギャレット侯爵家は、遠縁にその地位を譲って領地に幽閉、元ヒル男爵夫人と子息は、漁船での労働。まあ、妥当なのかな」
「クリス様。それなのですけれど。我が家としては、不服ありませんけれど、王妃陛下をあれだけ愚弄して、国王陛下のお子だという虚偽の発言まであったのに、と、思わないでもないのですが」
自分の家はともかく、王家としては、と言うアイリーンに、クリスも真顔で頷く。
「そうなんだよね。聞けば、昔からああだったというし、今回、久しぶりに直接聞いたと母上は笑っていらしたけど、父上は大層お怒りでね。もっと厳しい罰をとも考えたようなのだけれど・・・そもそも、誰も信じない発言だからね。噂にもならない。本人たちが言っているだけのことだから、と母上が押し切った」
「ああ。それは、つまり。誰も信じない、噂にもならないことで目くじらを立てて、と逆に言われないようにした、ということでしょうか」
足を引っ張り合うのが大好きな貴族社会で、うまくバランスを取るためかとアイリーンが言えば、クリスが苦笑した。
「やっぱり。こういうことは、ちゃんと分かるのに。アイリーンって、ほんっと部分的に鈍くなるのが面白いよね」
「部分的にどんくさい。つまりは、部分的馬鹿、っていうのか?でも、馬鹿とは違うしな」
「部分的情緒の欠落、か?いや。そういう問題でもないか」
「なっ。なんでいきなり、私ってば貶されているの!?」
『理不尽!』と叫ぶアイリーンの口に、ブラッドフォードが、小さなチョコレートをぽんと入れる。
「アイリーン。今日は、何か話があるんじゃなかったっけ?」
ブラッドフォードに言われ、チョコレートを食べ終えたアイリーンが、こくんと頷いた。
「あ、そうだった。あのね、モーリス。フレミング領の森が、燃やされる危機なの」
「は!?」
「え!?」
「なっ!?」
突然の話題変換、情報の提供に、モーリスのみならず、クリスとアシュトンも固まった。
ありがとうございます。




