十一、フレミング侯爵領に忍び寄る危機 1、
「へえ。紅茶に蜂蜜って、合うね」
「すっきりとした甘さになるよね。これにレモンを入れても、美味しいんだよ」
初めて紅茶と蜂蜜を合わせて飲んだクリスに、ブラッドフォードがスライスされたレモンを示す。
「喉にもいいんですよ。是非、試してみてください」
アイリーンにも言われ、クリスがレモンを一切れ取れば、アシュトンとモーリスもそれを真似た。
「オリーブの蜂蜜、か。確かにこれは、人気になるね。母上の目が、輝くわけだ」
「ヘアパックに食用に、蜂蜜も大活躍だな。王都から離れたキーズ辺境伯領でも、品薄になるほどだからな」
「フレミング領でもだ」
王城での茶会から数日。
アイリーン達は、ドレイク伯爵邸で、午後のひと時を楽しんでいた。
「それにしても。ヒル男爵の告発には驚いたわ」
「ああ。それは、僕も本当に驚いたよ」
「確かに、あれは衝撃だったね」
「俺なんか、女が怖くなったよ」
「人間不信になりそうな話だったな」
紅茶をひと口飲み、ほう、と息を吐いて言ったアイリーンに、ブラッドフォード達が大きく頷きを返す。
王妃陛下を前に、真実国王に愛されているのは自分だと豪語し、あまつさえ、自身の息子であるホレスに、あたかも国王の隠し子であるかのように教え込んでいたヒル男爵夫人。
ソーヤー男爵家の出身である彼女は、令嬢の頃から、当時は未だ王太子だった国王を『ギルバート』と名前で呼び、その都度注意を受けていたにも関わらず、最終的に王太子妃となるのは自分だと信じて疑わなかった。
そんなソーヤー男爵令嬢だが、王太子ギルバートが、愛する婚約者であるシャーリー・グローヴァー公爵令嬢以外に見向きもせず、無事に婚姻を果たしたことで窮地に陥る。
父であるソーヤー男爵に、これ以上家に迷惑をかけるなら、修道院に送ると言われてしまったのである。
焦ったソーヤー男爵令嬢は、言い寄って来た男とその日のうちに深い仲となり、子を身籠るも、遊びだとあっさり捨てられた。
このことが父親に知られれば、いよいよ修道院送りが確定してしまう。
しかし、それを回避したかったソーヤー男爵令嬢は、武官であるヒル男爵の前でわざと転び『大丈夫か』と声をかけただけのヒル男爵が、あたかも自分を傷つけたかのように言いつのり、傷物にされたと脅して婚姻を結んでしまう。
当時、身籠った妻を、その子供ごと亡くし、失意のどん底に居たヒル男爵は、ソーヤー男爵令嬢の演技に嵌められた周囲からも責められたので、仕事にも差し支えるようになり、仕方なく籍を入れたのだと、この度、改めて告発した。
ゆえに、元より他人のふたりは即座に離縁するとしながらも、自身の責任を逃れることはなく、自ら爵位返上を願い出た。
これに対し、当時からソーヤー男爵令嬢の本性を把握している国王夫妻は、男爵位の返上を認めず、五年間の地方左遷にとどめた。
「でも。もう二度と、あの元ヒル男爵夫人とご子息はカイルの元に現れないから。それだけは安心かな」
「ああ。実家のソーヤー男爵家からも縁を切られて、平民になったって言っていたよな。それで、親子揃って、長く航海をする船に乗せられたんだっけ・・お、これ形だけじゃなくて、うまい」
アイリーンが『カイルに接触しないなら、もう、それでいい』と言えば、アシュトンが、白鳥の形のシュークリームをぱくりと食べながら言う。
「仕事を斡旋してやったんだ。優しいだろう?」
「はあ。ブラッドフォードを敵にまわしたら、おしまいだな。ぼくも、気を付けよう」
何を思って、長い航海の船に乗せたのか。
にやりと黒い笑みを浮かべたブラッドフォードの、その思惑も充分に理解しているクリスが、肩を竦めてそう言った。
「ところで。今日、カイルは?」
「今日は、お母様と一緒に、エース伯爵家のお茶会に行っているの。小さな子が集まるのですって」
ふと尋ねたモーリスに何気なく答えたアイリーンは、白鳥の形のシュークリームを食べようとした、その動きを、それぞれの叫びと、咎める視線に止められる。
「なっ。エース伯爵家って、最初にカイルが被害に遭ったところじゃないか!なんで、そんな家に!」
「そうだよ、アイリーン。そりゃあ、今のエース伯爵はまともな人だけれど。ぼくも、心配だな」
「ブラッドフォード。知っていたのか?」
アシュトン、クリス、モーリスのあまりの剣幕にアイリーンは固まり、ブラッドフォードが、その背をぽんぽんと優しく叩いた。
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