十、標的 11、
「シャーリー!」
ギャレット侯爵夫人とヒル男爵夫人が言い争い、それを王妃陛下とアーサーズ公爵夫人をはじめとする貴婦人方が、何とも言えない目で見守るなか、国王陛下が王妃陛下を呼びながら、急ぎ足で現れた。
「陛下」
「また懲りずにおかしなことをいい、シャーリーを貶める発言をする者が出現したと聞いた。やはり、家ごと潰しておくべきだった」
登場するなり、物騒な発言をした国王陛下だが、その瞳はひたすらにシャーリー王妃陛下を案じている。
「落ち着いてください。とはいえ、今回のこれは、あの時のように穏便に済ませられなそうですが」
「もちろんだ。きちんと調べ、それなりの措置を取る」
威圧の籠った瞳でぎろりと睨みつけられ、ギャレット侯爵夫人とヒル男爵夫人は、ふるふると首を横に振った。
「そんな。お待ちください。ギルバート陛下」
「ギルバート様」
「ふたりとも。発言を、許していない。しかも私を名で呼ぶなど、不敬だ」
縋るように言ったギャレット侯爵夫人とヒル男爵夫人に対し、ギルバート国王陛下は冷酷に言い切ると、傍に控える騎士に指示を出す。
「全員、捕らえて収容しておけ」
「「「はっ」」」
「まっ、待って!」
「嫌よ!離して!」
「俺に触るな!王子なんだぞ!」
「あたくしの扇!乱暴にしないでよ!壊れたら弁償してもらうわよ!」
「アンドレア様!何とかしてください!」
「そうです。私達は、ただ、アンドレア様に従っただけです!」
素早く動いた騎士達にそれぞれ拘束され、ギャレット侯爵夫人、ヒル男爵夫人をはじめとする面々が、引きずられるようにしながら連れて行かれるのを見て、カイルがアイリーンの手をぎゅっと握った。
まあ、カイル。
姉さまと行動が同じね。
思わず、カイルと繋いでいるのとは反対の手で、ブラッドフォードの手を握ってしまったアイリーンは、小さなカイルの手を、安心させるように握り返す。
自分が、ブラッドフォードにしてもらって、安心できたように、カイルも安心できるように、と。
そうよね。
こんな風に、騎士団が実際に動いて人を捕らえるところを見るなんて、あんまりないものね。
騎士様って凄い迫力なのだって、実感したわ。
「皆様、お騒がせしましたわ。残念ですが、今日はこちらで散会といたしましょう。また、日を改めてお誘いしますわね」
「皆。王妃を守ってくれたこと、感謝する」
礼をする一同にそう言い置くと、国王陛下と王妃陛下は、歩みを揃えて去って行った。
「なんだか、予想より凄い発言を聞いたわね」
王妃主催の茶会を終え、アーサーズ公爵家に集合したアイリーン達が揃って席に着くなり、アーサーズ公爵夫人シンシアが片頬を引き攣らせてそう言えば、ドレイク伯爵夫人レイラも頷きを返す。
「そうですね。ヒル男爵子息は、自分を王子だと言っていましたが。ヒル男爵は、どのように思われているのでしょうか」
「報告によれば、妻子にはあまり構わない武官、ということだったわよね。自分の子ではないと、人前で発言されたことになるのだから、最悪、縁を切るでしょうね。尤も、監督不行き届きは否めないでしょうけれど」
妻子の暴走ではあるが、まったく責任を追及されないことは無いだろうと、シンシアは優雅にカップを持った。
「それにしても、カイルは立派だったね」
「おにさま、は、すっごおおく、かこよかた!」
子供用の椅子に行儀よく座り、侍女にお菓子を取り分けてもらいながら、カイルは嬉しそうにブラッドフォードを見る。
「お、カイル。格好よかったのは、ブラッドフォードだけか?」
「ぼく、拗ねちゃおうかな」
「えと、あの」
「カイル。冗談だ。心配ない」
アシュトンとクリスに言われ、あわあわし出したカイルに、モーリスが大丈夫だと告げ得れば、カイルは、ほっとしたように息を吐いた。
「あのね。かいる、きくみみ、もって、もらえなかたの」
そして、残念そうに吐き出した言葉に、全員が真顔になる。
聞く耳?
カイル、いつのまに、そんな難しい言葉を?
「カイル。今日のカイルが立派だった点は、一度ですべてを決めてしまうのではなく、きちんと様子を見たことだ。しかし、ああいう馬鹿は即刻切り捨てても、何ら問題は無い。ただ、優秀な者と敵対しそうになったとき、相手を取り込めるのであれば、自分の陣地に取り込め。そのための手腕を磨くのが、カイルの使命だ」
「「「「「え」」」」」
ちょ、待って。
ブラッドフォード様、カイルとどんな話を?
というか、私だけでなく、全員が目を丸くしているから。
誰も知らない、ふたりだけの話ってこと?
カイルの言葉に即座にブラッドフォードが答えたことから、前もって何らかの話があったのだろうことは推測できた。
しかし、いったい、何の会話をしているのだとアイリーンをはじめ、皆、妙な緊張感のなか、カイルとブラッドフォードのやりとりを見守る。
「かいる。おねさま、おかさま、おとさま、まもれるよう、に、なるの。がんばる、から、また、おしえてくださ」
「ああ。もちろんだカイル」
まるで、師弟のように微笑み合うふたりを見て、アイリーンは、目をぱちくりさせてしまう。
え、なに。
きらきらの瞳は可愛いけれど、私の可愛い純粋なカイルが、いなくなりそうな話に聞こえるわ。
「ブラッドフォード?あなた、いったいカイルに何を教えているの?」
「貴族として、大事なことです」
呆れた顔で問うたシンシアに、ブラッドフォードは、当然と答えた。
ありがとうございます。




