十、標的 10、
「なんだよ、みんなして偉そうに。今ここで一番偉いのは、俺とお母様なのに。てか、この国で王様の次に偉いのは俺とお母様だってこと、お前らみんな知らないの?ほんと、馬鹿ばっか」
そう、突然に言い出したのは、ヒル男爵家のホレス。
「「「「「・・・・・」」」」」
は!?
今、何と言った!?
余りのことに、ここが王城の庭園であるにも関わらず、淑女らしからぬ表情を浮かべそうになったアイリーンは、咄嗟に扇で顔半分を隠す。
ま、間に合ったかな?
声は、辛うじて漏れなかった・・はず!
そして、表情は隠し切れたかと不安の面持ちで周りを見れば、皆、同じような表情でホレスのことを見ていた。
「ちがうよ?ここで、いちばん、えらいの、おうひさまだよ?」
そんな『言葉も無い』を、地で言っている面々のなか、カイルが不思議そうにホレスを見上げて言う。
カイル!
偉いわ!
「そうね、カイル。その通りだわ」
「だよね?おねさま」
言いながらアイリーンが手を伸べれば、カイルが嬉しそうに近づいた。
「なんだよ、知らないのか。その王妃は偽物なんだぜ。本当は、お母様が王妃になるはずだったのに、その女が身分に物を言わせて王妃になったんだ。だから、その王妃は偽物。その子供の王子も偽物。本物は、お母様と俺」
「ほんもの?にせもの?でも、くりすだいにおうじでんかにたま、こくおうさま、と、なかよしだよ?」
以前、アーサーズ公爵邸の昼餐で一緒になったときのことを思い出したのだろう。
カイルが、こてんと首を傾げた。
「なんだよ、お前。国王に会ったのか!?息子である俺だって、会ったことないのに!」
「ほ、ホレスちゃん!」
「まあ!そちらのご子息が、国王陛下のお胤ですって?いったい、どういうことなのかしら?」
ホレスがカイルを締め上げようとするのを、カイルを引き寄せることで回避したアイリーンは、ヒル男爵夫人が焦ったような声でホレスを止めようとするのと同時に、アーサーズ公爵夫人が、驚愕の声をあげながら近づくのを見た。
そして同時に、侍女が急ぎ足でどこかへ向かって行く。
うわあ。
シンシア様、凄い迫力。
「なんだよ、おばさん」
「いえね。初めて聞くお話、なものだから。説明、いただける?」
おばさんと言われ、ぴくっとこめかみを引き攣らせながらも、アーサーズ公爵夫人シンシアは、流石の余裕で扇を優雅に扱う。
「説明もなにも。本当は、俺のお母様が王妃に望まれていたのに、そこの偽物王妃が割り込んだんだって、お母様が言ってた。国王は、お母様を好きだったって」
「は!?何を言っているのよ!国王陛下が好きだったのは、このあたくしよ!薔薇の小径で、見初められたんだから!」
ホレスの言葉を、ギャレット侯爵夫人が興奮した様子で否定した。
「まあ!それじゃあ、あたくしは王女ということ!?」
そして、嬉しそうに扇を振り回すアンドレア。
「そんなわけないでしょ!ギャレット侯爵令嬢が、陛下の娘ですって?黙って聞いていれば、またそんな虚言を!陛下は、わたくしを選んでくださいました!ギャレット侯爵夫人は、エース伯爵令嬢でいらしたときから、陛下に纏わりついていただけではないですか!」
「なんですって!?あたくしこそが、陛下の真実の相手だというのに!」
「・・・・・これも、懐かしい光景というべきなのかしら」
「愚者は、いつまでたっても愚者だということですわ。王妃陛下」
互いに、自分こそは国王に思われていたと言い合うギャレット侯爵夫人とヒル男爵夫人を見て、王妃陛下はうんざりとため息を吐き、アーサーズ公爵夫人シンシアは、仇敵を見る瞳でふたりを見た。
なんか凄い。
ギャレット侯爵夫人は、例の薔薇の小径の件を、そんな風に思っているのね。
当時、国王陛下が見ていたのは、王妃陛下だって、はっきり言ったというのに、それでも自分を見ていた、見初められたと思い続けているなんて・・・凄すぎない?
記憶、改ざんしているのかしら。
「おねさま」
何という、実のない言い合いかと、それなのに、これほど白熱するとは恐れ入ると、アイリーンが呆然とした思いで見ていると、手を繋いでいるカイルが、くいくいと手を引いた。
「どうしたの?カイル」
「疲れたか?」
アイリーンとブラッドフォードに優しく尋ねられ、カイルは、ブラッドフォードに向かって、ふるふると首を横に振る。
「かいる、まだ、へいき。あのね、ひる、だんしゃくしそく、は、くりすだいにおうじでんかにたま、の、おとうと、てこと?」
「違うよ、カイル。ぼくに、あんなおかしな弟はいない」
即座に否定され、カイルは、不思議そうにヒル男爵子息と、ギャレット侯爵令嬢を見た。
「じゃあ。あの、あぐれしぶはんにゃ、も、おねさま、ちがう?」
「うん、違うよ。というか、ギャレット侯爵令嬢のこと、アグレッシブ般若で覚えたんだね、カイル。凄いよ、アイリーン!」
「えええ。わたくし、そんな教え方はしていません!」
断じて違うと言うアイリーンの肩を、ブラッドフォードが、ぽんと叩く。
「うん。そうだろうね。教えたのは、僕だから」
「ははっ。いいじゃん、アグレッシブ般若」
「それに。そうか、あの女の方が、クリスより年上に見えるのか」
「偉いぞ、カイル。ぼくが、抱っこしてあげようか?」
「お。俺なら、肩車してやれっぞ?」
「馬鹿を言うな。抱っこも肩車も、僕に決まっているだろう。ああ、もちろん。アイリーンも望むなら」
「望みません!」
どんどんヒートアップしていくギャレット侯爵夫人とヒル男爵夫人の声が大きいことをいいことに、アイリーン達は、そんな呑気な会話を繰り広げていた。
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