十、標的 8、
「まあ。皆さん揃って真実が見られないなんて、嘆かわしいこと」
「アンドレア。皆が、あなたのように可愛く賢いわけではないということよ」
大仰に首を振るアンドレアに、母であるギャレット侯爵夫人が諦めなさいと言うように、声をかける。
「そうですわ。アンドレア様」
「愚かな者は、放っておけばよろしいのよ」
「うん。馬鹿は、死んでも馬鹿って、いつもお母様が言ってる」
それを、ヒル男爵夫人たちギャレット侯爵家側の人間は、その通りだとアンドレアの周りを囲み、他の貴族たちは、信じられないものを見るように見つめた。
「わああ。侯爵令嬢だから、試験を受けなくていいなんて規則、いつ出来たのでしょうか。それでいくと、クリス殿下は入学試験さえ不要という考えになりそうですよね」
「そうはならないんじゃないかな。ああいう奴は、自分だけが特別だと考えがちだからね」
未だ、物陰待機中のアイリーンが呟けば、ブラッドフォードが真顔で答え、クリスが苦笑する。
「ぼくも、そう思うよ。因みに、ぼくは、ちゃんと試験をすべて受けているからね」
「クリスよ。そんなことは、みんな知ってるっての。はあ。あの女、頭大丈夫なのか?」
「大丈夫では、ないだろう。元から」
「ああ。そういや、そうだったな」
そして、アシュトンとモーリスも、既におかしな者扱いで会話を完結させた。
「そういえば、私達の婚約式でも、ギャレット侯爵令嬢は奇天烈な発言をされていましたよね、ブラッドフォード様。もしかして、ギャレット侯爵令嬢は、奇天烈な発言をなさる癖がおありなのでしょうか」
そんななか、真顔で言ったアイリーンは、ブラッドフォードに額を指で弾かれた。
思い切り、ぴんっ、と。
「いっ、痛いじゃないですか。いきなり、何をするんですか」
「アイリーンが、お馬鹿なことを言うからだよ。あれは、奇天烈な発言なんて可愛いものじゃないだろうに」
「じゃあ、何と言えばいいのですか?」
弾かれた額を摩りながら、恨めし気な目で見上げるアイリーン。
その角度は自分だけのものだと、ブラッドフォードが動けば、クリス達から苦笑が漏れた。
「もう。みんなして、私を馬鹿にするんだから」
その苦笑の意味を誤解して、ぷっくりと膨れ、拗ねるアイリーンに、ブラッドフォードがしれっと答える。
「だって。アイリーンが、あの不愉快な発言を、奇天烈という言葉で括ろうとなんてするからだよ。ああいうのはね、虚偽というんだ。嘘、偽り、虚言でもいいな。そして今回のあれは、造言だね。有りもしないことを、情報として広めようとしている」
その言葉に、アイリーンが、ぴりっと反応した。
「まったくです。カイルを嵌めて、乱暴な子だって周知させようとしたなんて、絶対に許せません」
「許す必要は無いよ、アイリーン」
眦を吊り上げて言うアイリーンに、ブラッドフォードが即座に答え、クリス達も力強く頷きを返す。
「ブラッドフォードの言う通りだよ。いくら、ドレイク伯爵家を貶めようとしても誰も信じなかったからといって、カイルを傷つけるだなんて、下種の極みだよね。それに、ぼくのレストランは、アイリーン発案でありきなのに、愚かなことを言ってくれたみたいだし」
「キーズ辺境伯家としても、黙っているつもりは無いよ。米を食べるのが悪だなんて、ぜってえ許さねえ。カイルへの暴言も含めて、とことんとっちめてやる」
「フレミング侯爵家も同意見だ。絵本や版木を不要だというのなら、その一族は末代まで一切手にしなければいい。しかし、カイルは暴力にも屈せず、凄いな」
王妃陛下たちが参戦したとはいえ、未だ身内は誰も居ない中、カイルはひとり奮戦している。
その姿は、小さくも凛々しい、伯爵家の子息だった。
そんな様子を陰ながら見つめ、口元を綻ばせたモーリスに、ブラッドフォードが得意げに言う。
「さすが、僕とアイリーンの弟だよね」
「縄跳びの成果でしょうか」
あの、ぴょんと蹴りを避けたのは、その賜物かもしれないとアイリーンも頷いた。
「それなら、ぼく達も居たね」
「ああ、クリス。ブラッドフォードのことだから、俺達が居ない時も遊びに行ってたんじゃないか?」
「オレらも結構な頻度で行っていると思うが。まあ、そうだろうな」
すると、クリス達も賑やかしのように続き、ブラッドフォードは嫌がるどころか、胸を張って言い切った。
「その通り。さて。そろそろ、行こうか」
「はい、そうしましょう。アーサーズ公爵夫人や、お母様も来る頃合いですから。カイル、今お姉さま達が行きますからね!」
「本当によく頑張ったよ。ぼくは、後で、美味しい物をたくさん食べさせてあげようと思っているんだ」
「俺は、思い切り褒めちぎってやる」
「その前に、抱き上げてやるべきだろう」
そうして、五人は物陰から歩き出し。
「アイリーンは、本当に気に食わないのよね。婚約した当時から、フォー様の瞳の色のブレスレットを、これ見よがしに着けて。あれだって、フォー様にもらったのではなく、自分で買ったに違いないのに」
アンドレアが不快そうに話す、その言葉を聞いた。
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