十、標的 5、
「アイリーン嬢?何か、気になることでも・・あら?可愛らしい男の子ですね。あちら、ご兄弟かしら?でも、なんだか様子がおかしいですわね」
メロディの言葉に、令嬢達が一斉にそちらを見る。
「まあ。本当だわ。小さな男の子の手を、あんなに乱暴に引くなんて」
「お声、掛けた方がいいのではなくて?」
「・・・あの子、実は、わたくしの弟なのです」
カイルが乱暴に手を引かれているのを見て、飛び出したくなる気持ちを堪え、アイリーンはカイルを見守りながら言った。
「まあ!なら、一層・・・あ、いえ。ここは、王妃陛下のお茶会の場ですものね」
「早まった行動は、弟君のためにも、控えるべきですわね」
王妃陛下主催のお茶会で騒ぎを起こしたとなれば、幼児とはいえ、伯爵家の嫡男としてどうなのかと言われてしまうと、令嬢達は深刻な表情で見つめ合う。
「・・・わたくし、ブラッドフォード様のところに行ってまいります」
「ああ!そうですわね!」
「アーサーズ公爵子息なら、一撃で救出してくださいますわね!」
「では、急ぎ参りましょう!」
心から心配してくれる令嬢達に心苦しい思いをしながら、アイリーンはブラッドフォードへの元へと向かった。
「アイリーン!」
「ブラッドフォード様!カイルが!」
カイルを連れ出したヒル男爵家の子息は、アイリーンが思ったよりずっと大きく、護衛が気を付けているとはいえ、アイリーンは気が気ではない。
「ああ。ご令嬢方も、一緒に来たのか?」
「ええ、そうなのです。皆さま、心配してくださって」
アイリーンが、その瞳に申し訳なさを滲ませれば、ブラッドフォードは分かったと頷いた。
「カイルのことを、心配してくれてありがとう。実は、ご令嬢方にご協力いただきたいことがある」
ブラッドフォードとクリス、それにアシュトンとモーリスという面々から、今日の計画の話を聞き、令嬢達は扇をばさりと開いて目を見開く。
「ごめんなさい。騙すような真似をして」
「何をおっしゃるの。そんなこと、あの場でほいほい言えば、誰に聞かれるか分からないのですから、当たり前です」
「そうですわ。わたくし、弟君と同じ年ごろの姪がおりますの。ですので、お気持ち、よおおく分かりますわ。幼い子を追い詰めるなど。許せることではございません」
カイルが連れて行かれたのは予定調和だと、知っていたのだと頭を下げるアイリーンに、メロディたちは憤りの表情で告げた。
「まずは、言い逃れ出来ないよう現場を押さえたい。もちろん、カイルに危険が及びそうになったら、すぐに助ける」
「ですが。弟君は、また嫌な言葉をかけられることになりませんか?」
メロディの案じる言葉に、令嬢達もアイリーンを見つめる。
「それが。カイルは、自分の説明が足りなかったと思っているらしいの。あ、ちゃんと、ブラッドフォード様が、相手の悪意についても教えてくださったようなのだけれど」
「カイル本人が『もう一度、頑張ってみたい』と言うんだ。もちろん、怒ったりして僕達を困らせるようなことはしないから、と」
「まあ」
「なんて、健気な」
今回、ヒル男爵家がカイルに行った言葉の暴力を公にする計画を練る際、アイリーンは、カイルと共にヒル男爵家と対峙するつもりでいた。
しかしカイルが、ひとりで頑張ってみたいと、決意を込めた瞳で言ったために、護衛を周りに山ほど付けることで全員が同意した。
「なので、相手に気づかれないよう、カイルとヒル男爵家のご子息の話を聞いて、証人になってほしいのです」
「分かりましたわ、アイリーン嬢」
「耳はいい方ですの。お任せください」
アイリーンの願いを快く承知し、令嬢達は、しずしずと、その場を目指す。
そして当然のように、ブラッドフォード達と共にいた子息たちも動き出す。
「皆様、感謝申し上げます」
「なあに。日頃から、皆様にはお世話になっていますから」
「そうですよ。それに、あんな小さな子を陥れようなんて、紳士として見過ごせませんからね」
令嬢達と同じように、ブラッドフォードから話を聞き、証人となってくれる子息たちに、アイリーンが頭を下げれば、子息たちは快い笑みで答えた。
「ありがとうございます」
ひとりの子息など、片目まで瞑って見せる心遣いに、アイリーンは心があたたかくなる。
「はあ。アイリーン。浮気、って言われないようにね」
「まったくだよ。ブラッドフォードの目が、笑ってないからね?黒い何かを出しているからね?俺達にも、どうしようもないからね?」
「暴走しないよう、手綱を握れ」
「えええ。お話ししただけで浮気と断定するなんて、ブラッドフォード様は、そんな狭量ではありませんよ」
ほかほかとした気持ちで歩くアイリーンに、クリス、アシュトン、モーリスが言うも、アイリーンは、無い無い、と軽く手を振った。
「・・・・アイリーン。お説教は、後でね」
「え?お説教って・・あ」
自然な形で隣に並んだブラッドフォードに言われ、説教されるようなことはないと言いかけたアイリーンは、ブラッドフォードが表情を硬くした理由を知り、口を噤む。
カイル。
頑張って。
「なんで、またお前がいんだよ。もう、お茶会には出てくんな、って俺、命令したよな?」
「きょう、かいる。おうひさまに、ごしょうたい、されたの」
「そんなん関係ねえんだよ。俺が言ってんだから、言うこときけよ、この馬鹿」
「馬鹿なのでしょうよ。あたくしの可愛いホレスちゃんとは違って」
小さなカイルの前に、十二歳のヒル男爵家の子息ホレスと、その母でヒル男爵夫人が尊大な様子で立ち、見下している。
傍から見れば、完全なる虐め状態なのだが、カイルは泰然としていた。
「お前んちは、全員馬鹿だって、お母様が言ってた。ただの伯爵家なのに、偉そうにして。嘘ばっかついて、他人の血をすすっているって。知っているか?そういうの、ダニって言うんだぜ」
なっ。
ダニですって!?
血をすするってなら、それこそヒルじゃないの!
「アイリーン?どうしたの?」
物陰でアイリーンが憤っていると、ブラッドフォードがそっと尋ねた。
「いえ。血をすすると言うのなら、それこそヒルだと思いまして」
「「「っ」」」
言った途端、周りから笑いを堪える気配がする。
「い、言い得て妙だね」
「アイリーン、後で言ってあげなよ。あの親子にさ。何なら、俺が言いたい」
「ヒルか。そう言われれば、もう、森にいるあの黒い奴にしか見えない」
「「「・・・・・・」」」
ぶよぶよとしたヒルの親子が、ぶるんぶるん動きながら、大変に腹立たしい言葉を発している。
そんな想像をしてしまったのだろう。
子息や令嬢が息を殺してくつくつと笑いはじめ、互いに声が漏れないようにしながらも、目混ぜで何やら会話を繰り広げている。
そんな令嬢達の扇で隠された唇は、笑いの形になっているに違いない。
「かいる、だに、ちがうの」
「何が違うんだよ。この間も教えてやっただろ?お前んちの親も娘も、馬鹿なんだって。あんなすごいもん、考える頭なんてないんだよ」
「ちがうのよ。おとさまも、おかさまも、おねさまも、ばか、ちがうのよ」
「だからっ。違わねえ、って言ってんだろ!ほんっと、頭弱いな。お前んちは、詐欺野郎の集団なの。嘘つき家族が」
「おねさまも、おかさまも、おとさまも、うそ、いわないよ?」
あからさまに馬鹿にして来る相手を見上げ、カイルは真実を聞いてほしいと、言葉を紡ぐ。
そんなカイルに、ヒル男爵夫人が、侮蔑の瞳を向けた。
「あのねえ。カタログ販売だか何だか知らないけど、売る相手を選ぶなんて偉そうなこと、してんじゃないわよ、って話。どうせ、あれだって誰かほかの人が考えたのを、あんたの姉さんが横取りしたんでしょうが」
「よこどり、してないよ。かたろぐ、おねさま、かんがえたのよ」
「クリス殿下のレストランにしたって、そう。米なんてもの、食べさせるなんて、恥知らず」
「ごはん、きらいなの?」
「うっさいわね!このちび!さっさと癇癪起こしなさいよ!」
「っ」
「っ」
ヒル男爵夫人が、くわっと目を剥き、扇を振り上げれば、カイルがびくっと固まる。
それを見て咄嗟に走り出そうとしたアイリーンは、新たな登場者に辛うじて足を止めた。
「いつまで手をこまねいているのよ、ヒル男爵夫人。ホレスも。そんなちび、さっさと蹴飛ばせばいいじゃない。そしたら、怒鳴り返すでしょ。それで、成立するじゃない。『癇癪持ちの、乱暴者』って」
「あ。ギャレット侯爵夫人!」
大きく、やけに派手な扇を手に現れたその人を、ヒル男爵夫人は喜びの瞳で迎えた。
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