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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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60/63

十、標的 5、



「アイリーン嬢?何か、気になることでも・・あら?可愛らしい男の子ですね。あちら、ご兄弟かしら?でも、なんだか様子がおかしいですわね」

 メロディの言葉に、令嬢達が一斉にそちらを見る。

「まあ。本当だわ。小さな男の子の手を、あんなに乱暴に引くなんて」

「お声、掛けた方がいいのではなくて?」

「・・・あの子、実は、わたくしの弟なのです」

 カイルが乱暴に手を引かれているのを見て、飛び出したくなる気持ちを堪え、アイリーンはカイルを見守りながら言った。

「まあ!なら、一層・・・あ、いえ。ここは、王妃陛下のお茶会の場ですものね」

「早まった行動は、弟君のためにも、控えるべきですわね」

 王妃陛下主催のお茶会で騒ぎを起こしたとなれば、幼児とはいえ、伯爵家の嫡男としてどうなのかと言われてしまうと、令嬢達は深刻な表情で見つめ合う。

「・・・わたくし、ブラッドフォード様のところに行ってまいります」

「ああ!そうですわね!」

「アーサーズ公爵子息なら、一撃で救出してくださいますわね!」

「では、急ぎ参りましょう!」

 心から心配してくれる令嬢達に心苦しい思いをしながら、アイリーンはブラッドフォードへの元へと向かった。



「アイリーン!」

「ブラッドフォード様!カイルが!」

 カイルを連れ出したヒル男爵家の子息は、アイリーンが思ったよりずっと大きく、護衛が気を付けているとはいえ、アイリーンは気が気ではない。

「ああ。ご令嬢方も、一緒に来たのか?」

「ええ、そうなのです。皆さま、心配してくださって」

 アイリーンが、その瞳に申し訳なさを滲ませれば、ブラッドフォードは分かったと頷いた。

「カイルのことを、心配してくれてありがとう。実は、ご令嬢方にご協力いただきたいことがある」

 ブラッドフォードとクリス、それにアシュトンとモーリスという面々から、今日の計画の話を聞き、令嬢達は扇をばさりと開いて目を見開く。

「ごめんなさい。騙すような真似をして」

「何をおっしゃるの。そんなこと、あの場でほいほい言えば、誰に聞かれるか分からないのですから、当たり前です」

「そうですわ。わたくし、弟君と同じ年ごろの姪がおりますの。ですので、お気持ち、よおおく分かりますわ。幼い子を追い詰めるなど。許せることではございません」

 カイルが連れて行かれたのは予定調和だと、知っていたのだと頭を下げるアイリーンに、メロディたちは憤りの表情で告げた。

「まずは、言い逃れ出来ないよう現場を押さえたい。もちろん、カイルに危険が及びそうになったら、すぐに助ける」

「ですが。弟君は、また嫌な言葉をかけられることになりませんか?」

 メロディの案じる言葉に、令嬢達もアイリーンを見つめる。

「それが。カイルは、自分の説明が足りなかったと思っているらしいの。あ、ちゃんと、ブラッドフォード様が、相手の悪意についても教えてくださったようなのだけれど」

「カイル本人が『もう一度、頑張ってみたい』と言うんだ。もちろん、怒ったりして僕達を困らせるようなことはしないから、と」

「まあ」

「なんて、健気な」

 今回、ヒル男爵家がカイルに行った言葉の暴力を(おおやけ)にする計画を練る際、アイリーンは、カイルと共にヒル男爵家と対峙するつもりでいた。

 しかしカイルが、ひとりで頑張ってみたいと、決意を込めた瞳で言ったために、護衛を周りに山ほど付けることで全員が同意した。

「なので、相手に気づかれないよう、カイルとヒル男爵家のご子息の話を聞いて、証人になってほしいのです」

「分かりましたわ、アイリーン嬢」

「耳はいい方ですの。お任せください」

 アイリーンの願いを快く承知し、令嬢達は、しずしずと、その場を目指す。

 そして当然のように、ブラッドフォード達と共にいた子息たちも動き出す。

「皆様、感謝申し上げます」

「なあに。日頃から、皆様にはお世話になっていますから」

「そうですよ。それに、あんな小さな子を陥れようなんて、紳士として見過ごせませんからね」

 令嬢達と同じように、ブラッドフォードから話を聞き、証人となってくれる子息たちに、アイリーンが頭を下げれば、子息たちは快い笑みで答えた。

「ありがとうございます」

 ひとりの子息など、片目まで瞑って見せる心遣いに、アイリーンは心があたたかくなる。

「はあ。アイリーン。浮気、って言われないようにね」

「まったくだよ。ブラッドフォードの目が、笑ってないからね?黒い何かを出しているからね?俺達にも、どうしようもないからね?」

「暴走しないよう、手綱を握れ」

「えええ。お話ししただけで浮気と断定するなんて、ブラッドフォード様は、そんな狭量ではありませんよ」

 ほかほかとした気持ちで歩くアイリーンに、クリス、アシュトン、モーリスが言うも、アイリーンは、無い無い、と軽く手を振った。

「・・・・アイリーン。お説教は、後でね」

「え?お説教って・・あ」

 自然な形で隣に並んだブラッドフォードに言われ、説教されるようなことはないと言いかけたアイリーンは、ブラッドフォードが表情を硬くした理由を知り、口を噤む。


 カイル。

 頑張って。


「なんで、またお前がいんだよ。もう、お茶会には出てくんな、って俺、命令したよな?」

「きょう、かいる。おうひさまに、ごしょうたい、されたの」

「そんなん関係ねえんだよ。俺が言ってんだから、言うこときけよ、この馬鹿」

「馬鹿なのでしょうよ。あたくしの可愛いホレスちゃんとは違って」

 小さなカイルの前に、十二歳のヒル男爵家の子息ホレスと、その母でヒル男爵夫人が尊大な様子で立ち、見下(みくだ)している。

 傍から見れば、完全なる虐め状態なのだが、カイルは泰然としていた。

「お前んちは、全員馬鹿だって、お母様が言ってた。ただの伯爵家なのに、偉そうにして。嘘ばっかついて、他人の血をすすっているって。知っているか?そういうの、ダニって言うんだぜ」


 なっ。

ダニですって!?

 血をすするってなら、それこそヒルじゃないの!


「アイリーン?どうしたの?」

 物陰でアイリーンが憤っていると、ブラッドフォードがそっと尋ねた。

「いえ。血をすすると言うのなら、それこそヒルだと思いまして」

「「「っ」」」

 言った途端、周りから笑いを堪える気配がする。

「い、言い得て妙だね」

「アイリーン、後で言ってあげなよ。あの親子にさ。何なら、俺が言いたい」

「ヒルか。そう言われれば、もう、森にいるあの黒い奴にしか見えない」

「「「・・・・・・」」」

 ぶよぶよとしたヒルの親子が、ぶるんぶるん動きながら、大変に腹立たしい言葉を発している。 

そんな想像をしてしまったのだろう。 

 子息や令嬢が息を殺してくつくつと笑いはじめ、互いに声が漏れないようにしながらも、目混ぜで何やら会話を繰り広げている。

 そんな令嬢達の扇で隠された唇は、笑いの形になっているに違いない。


「かいる、だに、ちがうの」

「何が違うんだよ。この間も教えてやっただろ?お前んちの親も娘も、馬鹿なんだって。あんなすごいもん、考える頭なんてないんだよ」

「ちがうのよ。おとさまも、おかさまも、おねさまも、ばか、ちがうのよ」

「だからっ。違わねえ、って言ってんだろ!ほんっと、頭弱いな。お前んちは、詐欺野郎の集団なの。嘘つき家族が」

「おねさまも、おかさまも、おとさまも、うそ、いわないよ?」

 あからさまに馬鹿にして来る相手を見上げ、カイルは真実を聞いてほしいと、言葉を紡ぐ。

 そんなカイルに、ヒル男爵夫人が、侮蔑の瞳を向けた。

「あのねえ。カタログ販売だか何だか知らないけど、売る相手を選ぶなんて偉そうなこと、してんじゃないわよ、って話。どうせ、あれだって誰かほかの人が考えたのを、あんたの姉さんが横取りしたんでしょうが」

「よこどり、してないよ。かたろぐ、おねさま、かんがえたのよ」

「クリス殿下のレストランにしたって、そう。米なんてもの、食べさせるなんて、恥知らず」

「ごはん、きらいなの?」

「うっさいわね!このちび!さっさと癇癪起こしなさいよ!」

「っ」


「っ」

 ヒル男爵夫人が、くわっと目を剥き、扇を振り上げれば、カイルがびくっと固まる。

 それを見て咄嗟に走り出そうとしたアイリーンは、新たな登場者に辛うじて足を止めた。

「いつまで手をこまねいているのよ、ヒル男爵夫人。ホレスも。そんなちび、さっさと蹴飛ばせばいいじゃない。そしたら、怒鳴り返すでしょ。それで、成立するじゃない。『癇癪持ちの、乱暴者』って」

「あ。ギャレット侯爵夫人!」

 大きく、やけに派手な扇を手に現れたその人を、ヒル男爵夫人は喜びの瞳で迎えた。


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