十、標的 4、
「実はわたくし。先日、とある殿方から、文香入りのお手紙をいただきましたの。『君を思って合わせたのだけれど、どうだろうか』ですって!」
「「「きゃあ!素敵ですわ!」」」
あれは。
貴族院を卒業して、二年から三年のお姉さま方でしょうか。
楽しそうで、お幸せそうで何よりです。
本日、王妃陛下主催のお茶会にて、貴族令嬢たちが嬉しそうに語るのを聞いて、アイリーンは、よそ事のように思う。
しかし、アイリーンが属している令嬢のグループにとってはそうではないらしく、皆一様にそわそわと耳をそばだてていた。
「まあ、お聞きになりました?」
「ええ、しっかりと!ああ、わたくしたちも、貴族院を卒業したら、あんな風にお手紙をいただいたりできるのでしょうか」
この国、アンブラー王国の貴族は、大体貴族院を卒業して、二年から三年の間に婚約者を持つ。
そのため、貴族院に通っている者は、未だ見ぬ婚約者とどのように出会うか、見初められるのか、見初めるのか、それとも・・と想像は大きな翼を持って羽ばたいているようだった。
ああ、いえ違うわね。
翼を大きく羽ばたかせているのは、殿方たちもだわ。
ちらちら、こちらに視線も感じるということは、このグループのなかに居るのかしらね。
まあ、メロディ嬢はじめ、みんなすっごく可愛いもの。
分かるわあ。
刺繍のクラスですっかり仲良くなったグループのなかにあって、アイリーンは、ひとり年上のような感想を抱く。
「アイリーン嬢は、余裕ですよね。あの、アーサーズ公爵子息と婚約しているんですもの」
「でもって、あの溺愛ぶり!憧れます」
「本当ですよね。アイリーン嬢も、アーサーズ公爵子息に対しては、甘さがあって、こちらが照れてしまいます」
え!
な、何の話!?
私が、ブラッドフォード様に対して、甘い?
それは、もちろんそうでしょうとも!
・・・でも、外から見てもそうだなんて、ちょっと恥ずかしいわね。
とはいえ、ここで照れてしまえば、どこまでも話を深掘りされるに違いないわ。
「まあ。自覚はあります」
なので、それを回避するため、出来るだけ何でもないように、素っ気なく言った、のだが。
「きゃあ!お認めになったわ!」
「ねえねえ、おふたりの時は、どんな会話をなさいますの?」
「後学のために、是非!教えてくださいませ!」
「え。あの、あれ?」
思惑はあっさりと外れ、アイリーンは、瞳を輝かせる乙女たちの好奇の瞳に晒された。
「お、見てよブラッドフォード。アイリーンも、ご令嬢のなかで楽しそうに翻弄されているよ」
「ああ。あれは。何か、答えを間違えたのだろうな。でもまあ。嫌味を言われているわけでもなさそうだ」
アシュトンが楽しそうに言うのに対し、ブラッドフォードも苦笑して答える。
「ご令嬢方が、こちらを時折見て、更に盛り上がっているということは、ブラッドフォード関連なんだろうね」
「オレらの年で、婚約者がいるのは珍しいからな」
令嬢達の視線を受け、クリスが仕方ないと言えば、モーリスも頷いた。
「でも、気を逸らせるのなら良かった。事が起きるまで、ずっと緊張しっぱなしは辛いだろうと思っていたから」
「カイルも、今は未だ本物のお友達と楽しく過ごしているから。それを見て、安心したのもあるかもね」
「その点、流石ブラッドフォードだよねえ。策は立てるし、利用するところは利用するけど、その時までは余計な精神的負担を与えないって」
カイルを精神的に追い詰め、ドレイク伯爵家を貶めたヒル男爵夫人とその子息。
エース伯爵家のお茶会から様子がおかしくなったことから、カイルがそこで何らかの苦痛を味わったのだろうと分かっていても、カイルが口を噤んだために詳しく知ることのなかったドレイク伯爵夫妻も、その原因がヒル男爵夫人とその子息にあったと知り、抗議をするかと検討するも『子供のたわごと』と揉み潰される可能性に、その件だけでは口を噤むしかなかった。
しかし、それで泣き寝入りしては、カイルが再び被害に遭う可能性がある。
それならば、その時を待つのではなく、こちらから誘い込む形で断罪まで突き進めようと、ブラッドフォード達は、ドレイク伯爵夫妻を説得した。
『しかし、何故ヒル男爵家が』
犯人は、ヒル男爵家だと判明するも、ドレイク伯爵は、武官であるヒル男爵家とは直接会ったことさえなく、戸惑う様子で、ならば裏に付いている家があるのかと調査するうち『水臭い』と、まずはアーサーズ公爵家が、そして、今や事業で繋がりのあるアシュトンのキーズ辺境伯家、モーリスのフレミング侯爵家、更にはクリスの王家までもが介入する事態となった。
『え。でもそれって。それこそ、虎の威を借る狐なのでは?』
アイリーンは、王家までもが参入したことに慄いたが『使えるものは、何でも使えばいいのよ!遠慮しないで!』という、王妃陛下の何とも頼もしい笑顔の前に、己の矮小さを知った。
何となれば、ヒル男爵家の後ろにはギャレット侯爵家が居たのである。
ギャレット侯爵家。
あの懐かしのアグレッシブ般若こと、アンドレア嬢の生家で、ブラッドフォードとアイリーンの婚約式でのやらかしにより、あの後一家揃って謹慎となり、その後も、ドレイク伯爵家、アーサーズ公爵家との接触禁止が言い渡されていた。
その家が再び動いた。
しかも、他の家を使い、カイルという幼子を狙って。
結果。
害悪は、根源から叩き潰す。
ドレイク伯爵家と繋がる関係各所に、その統一の意識が自然発生した。
ありがとうございます。




