十、標的 2、
「・・・・・おにさま、みなさま、こんにちは」
アイリーンと共に現れたカイルは、いつもの元気さをどこに置いてきたのかというほどに気落ちしていて、ブラッドフォード達も胸を痛める。
「今日は、アイリーンが新しく作った、あの甘いサンドイッチを、クリス達にも食べさせてあげたいなと思うんだけど、いいかな?」
「おにさま!もっちろん、れす!あれ、おいしいから、きっと、すきなるよ!おねさまのさんどいち、すごくおいしい・・」
一瞬、明るさを取り戻し、揚々と話しかけたカイルは、しかし、そこでしょぼんと黙り込んでしまった。
「じゃ、じゃあ。張り切って作って来るから、待っていてね」
ブラッドフォード達に目くばせをされ、カイルを気にしながらも、アイリーンは部屋を出て行く。
「え!?おねさま!?」
まさか、置いて行かれるとは思っていなかったらしいカイルが、慌てて追いかけようとするのをブラッドフォードが抱き留め、優しく抱き上げるとソファに座らせた。
「カイル。単刀直入に聞くね。何か、嫌なことがあったんだろう?男同士、僕達に話してはくれない?」
「・・・おにさま」
隣に座ったブラッドフォードをじっと見つめるカイルを囲むように、クリス達も席に着く。
「ぼくたちも、力になるよ」
「俺達に、嫌だったこと、全部言ってみろ」
「何でも、聞く」
四人に優しく問われ、カイルの目に、じわりと涙が浮かんだ。
「ありがと、ございまし。でも、かいる、きつね、だめ、だから」
「「「「きつね?」」」」
カイルが、ぽつりと言った言葉に、全員が食い付く。
「カイル。狐ってなに?」
「んと、おにさまが、とら、で、かいるたち、きつね」
『それは、虎の威を借る狐ということか』と全員が気づき、瞳に鋭さが増した。
「カイル、達?」
「うん。どれいくはくしゃくと、どれいくはくしゃくふじんと、どれいくはくしゃくれいじょう。とらのいをかるきつね、で、はずかしいのよ、って。ちがうのに。おねさまも、おとさまも、おかさまも、きつね、ちがうのよ、っていったのに、うそつきはおなじね、って。いやな、おかおで」
言われたその時を思い出したのだろう。
カイルが、傷ついた表情を浮かべた。
「・・・そうか。ドレイク伯爵家を、貶めたのか。しかも、我がアーサーズ公爵家の名をもって」
「おにさま。かいる、ちゃんと、せつめい、できなかたの。それで、おねさまのこと、もっとわるく・・・っうくっ」
ぐすっ、と嗚咽するカイルの背を優しく撫で、ブラッドフォードはその瞳を覗き込む。
「いいから全部、言ってしまえ」
「あ、あのね。えほんなんて、いらないもの、つくっていばるの、おかしい、とか、じぶんがつくったものでないのに、じぶんがつくったようにしている、とか。こめなんて、かちくのえさを、たべるようにさせたのは、あくだ、とか。おうじさまの、れすとらんに、かってにくちをだして、はずかしくないのか、とか、はんぎのてんじかい、なんて、ばかみたいなもよおし、した・・お、おかしくないのに。かいる、おねさまがかんがえるもの、すごく、すてきですきなのに。おいしいのに。てんじかい、うれしかたのに。ちゃんと、いえなかたの。かいる、うまく、できなくて・・ごめなさっ」
よほど悔しかったのだろう。
そして、きちんと理解させられなかった自分を責めたのだろう。
しゃくりあげるように泣き出してしまったカイルを、ブラッドフォードは、ぎゅうっと抱きしめた。
「偉いぞ、カイル。ちゃんと、ご両親とアイリーンの尊厳を主張しようとしたんだな。立派だ。僕は君を誇りに思う」
「いや、ブラッドフォード。その言い方。未だカイルには難しいだろう」
クリスに突っ込みを入れられながらも、ブラッドフォードは怒りに燃えていた。
「それで?カイルに、そんな酷いことを言ったのは、どこの誰か分かるか?」
「それだけのことを言うんだから、随分と年上だろうねえ。嫌な方面ばっかりに成長しているっぽいけど。ねえ、カイル。カイルはよく頑張ったよ。後のことは、兄様たちに任せろ」
アシュトンも、カイルの頭をぽんぽんと軽く叩きながら、その目が笑っていない。
「相手は、カイルより大きかったか?」
カイルが少し落ち着いたとみて問うモーリスに、カイルはこくんと頷いた。
「ん。もりすにさま。かいるより、おおきい、おにさん。そえで、その、おかさまも、いっしょ」
「なるほど。親まで出て来ていたのか。カイル、名前は、分かるか?」
「場所も、聞いた方がいいんじゃないのか?多分、どっかの茶会かなんかだろ?」
ブラッドフォードがカイルに聞くと、アシュトンが、そこも追加でと口を挟む。
「いや。言われたのは、エース伯爵家の茶会だと分かっている」
「分かってんのかよ!てか、じゃあ、相手も分かってんじゃねえの?」
「かいる、しってる。ひる、だんしゃくけの、って、おちゃかい、はじまるとき、いってた」
しっかりとブラッドフォードを見つめて答えたカイルに、ブラッドフォードは満足そうな笑みを浮かべた。
「名乗りをきちんと聞いて、しかも相手を把握していたんだな。偉いぞ、カイル」
「おにさま。かいる、ちゃんと、せつめい、したい。おねさま、そんなことしないのよ、って。おとさまと、おかさまも、しないのよ、って」
もう一度チャンスが欲しい、と嘆願するカイルに、ブラッドフォードは首を横に振る。
「残念だけど、カイル。その人たちには、カイルの誠意は伝わらない。なぜなら、カイルを嫌な気持ちにさせるために、言ったからだ」
「え。どして?どして、そんなこと、するの?」
きょとんと尋ねるカイルの純粋な瞳を見て躊躇うも、ブラッドフォードはひと言を足した。
「カイルを怒らせるためだよ。それで言うんだ。『この子は癇癪持ちだ』とか『暴力的だ』ってね。そうしたら、カイルが言っていることが本当でも、嘘にされてしまうんだよ」
「かいる、いやなこ、いわれるの?おねさまに、きらわれちゃ・・・っ」
「ああ、ブラッドフォード!ほら、カイル。大丈夫だ」
絶望の顔で、再びしくしくと泣き出したカイルを抱き上げ、アシュトンが高い高いと体を持ち上げる。
「アシュトン。舌を噛む」
そんなアシュトンをモーリスが止め、クリスがカイルの涙を拭いた。
「カイル。よく手を出さなかったね。怒ったりもしていないのだから、相手は当てが外れたと思うよ」
「くりすだいにおうじでんかにたま。ほんとう、れすか?かいる、おねさまに、きらい、いわれない?」
不安そうな瞳で問われ、クリスだけでなく、その場の全員が強く頷いた。
「ああ。もちろんだよ」
「アイリーンが、カイルを嫌うわけがない。アイリーンの初めての手作り絵本。カイルの一番の宝物だって言っていただろう?そのことを、アイリーンはものすごく喜んでいる」
「おねさまが、つくてくれたえほん、かいる、たからもの、なの・・・おかしい、いわれても、たからもの」
絵本が版木で多く生産されるようになっても、その原本となる、アイリーンが手書きした物語と、ブラッドフォードが手描きした絵の絵本は、すべてカイルの所蔵となっていて、カイルはそれを大切に本棚に並べている。
そして、最初の一冊。
あの図形絵本は、目立つ箇所に平置きしているくらい、気に入って、大事にしていた。
そんな、自分が大切にしているものを、おかしいと嘲笑われて傷ついたのだろうカイルに、ブラッドフォードが黒い笑みを浮かべる。
「ああ。カイルは強いな。それでいい。カイルをこんなに傷つけて、アイリーンを貶めて、ドレイク伯爵家のことまで。おかしいのは、そいつらだから」
「そうだよ、カイル。その人たちは、カイルの家が羨ましいから、そう言うんだ。自分達は、逆立ちしても出来ないことだから」
「だからといって、許してやることもないぞ、カイル。それからな。今後、そういうことがあったら、ひとりで我慢しないで俺達に言え」
「もう、会うことも無いんじゃないか?ドレイク伯爵家が扱っている商品、ことごとく要らないのだろうと予測できる発言をしているのだから」
それぞれに、黒い笑みやら黒い何かを纏って言った四人に、カイルはきらきらと瞳を輝かせた。
「おにさま、くりすおうじでんかにたま、あしゅにさま、もりすにさま。すごい!かこいい!」




