十、標的 1、
「ぼくが最後か。みんな、待たせてごめんね」
ベティ・コーツが王城の一般区へ突撃した翌日。
クリスの招集により、五人はドレイク伯爵邸に集まっていた。
「要件は、昨日早馬で知らせた通りで、父上や母上、兄上とも情報は既に共有している」
今日、五人がドレイク邸で集まっているように、それぞれの親が王城へ呼ばれていることを知っている四人は、クリスの言葉に頷きを返す。
「クリス。災難だったな。それで?あの節操無し女は、どんな風に近づいて来た?知り合いを装ってか?」
「有り得るねえ。名乗り合ってはいないとはいえ、こっちは、迷惑を回避するために破廉恥を認識しているし、あっちは、接触しようと試みているから。むしろ、その可能性の方が高いんじゃない?最悪『お友達なのお』とか?すっごく、嫌だけど」
想像力豊かなブラッドフォードとアシュトンの言葉に、クリスが思い切り眉を寄せた。
「『クリスは、あたしの恋人候補なの』だそうだ」
「うわあ」
「予想以上だな」
「怖気が走る」
それぞれ『本当に災難だったな』とクリスに向かって言いながら、自分の腕を摩るアシュトン、ブラッドフォード、モーリスを見たアイリーンが、考えるように口を開く。
「つまり。ゲームの通りに進めるつもり、なのね。でも、出会いイベントから破綻しているから、イベント関係なく、攻略・・クリス様と恋人になるつもりなのかもしれないわ」
「「「クリス、頑張れ」」」
完全に他人事と言った三人に、しかしアイリーンの視線が飛んだ。
「そしてこれは、三人にも言えるんじゃないかと思うの。だから『あたしは、クリスの恋人候補』なんじゃなくて『クリスは、あたしの恋人候補』って言ったんじゃないかな」
「うえ。じゃあ、なに。俺達全員、あの破廉恥の恋人候補扱いってこと?すっごく嫌なんだけど」
顔を顰めるアシュトンに、全員が同意と大きく頷く。
「それに。あの不快令嬢、猫のケーキを自分の案のように訴えて来た。兄上曰く『未だ珍しく、そこまで広まってはいないから、今のうちに自分の手柄としたかったのではないか』だそうだ。どこからか、その情報を入手したけれど、母上が発信源だと分かっていなかったのではないかと」
「あの、クリス様が。王子様の笑みで、みんなを幸せにするクリス様が、不快令嬢って」
信じられないと、アイリーンはクリスを見た。
決して清廉潔白な軟弱王子ではないけれど、ここまであからさまな嫌悪を表に出すのは珍しい。
「だって、本当に不快だったんだ。ディアナが脱走したままと勘違いをしているのはともかく、アイリーンの発案を横取りしようとしたりして。それにね。一番許せないのは、疫病は流行った方がいい、貧民街の住人など死んだほうがいいと言ったことだ。あんな発言をするなんて、害悪だ」
「害悪令嬢か」
「なるほどねえ」
「ぴったりだと、僕も思うな。アイリーンの考えをかすめ取ろうなんて、万死に値するよ」
吐き捨てるように言ったクリスに、ブラッドフォード達は言い得て妙だと言うけれど、アイリーンは、ちょっと待ってと手を挙げた。
「貧民街のみんなのことをそんな風に言うなんて許せないけど、猫のケーキの方は、知らないで言ったのかも知れない。元からあった知識なのかも。でも、そうすると、彼女も猫好きだったりするのかな」
『前に生きた世界からの知識だとしたら、その頃からの猫好きかしら』と、ときめくアイリーンを、四人は呆れたように見つめる。
「出た。アイリーンの世間知らず」
「言ってやるな、アシュトン。あれもアイリーンの長所だ」
「知っている?モーリス。長所は時に、短所になるんだよ」
「アイリーン」
ぼそぼそと言い合った三人を横眼に、ブラッドフォードは、アイリーンを厳しい声で呼んだ。
「はいっ。ブラッドフォード様」
そしてアイリーンは、反射のように居住まいを正す。
「あの節操無し女が猫好きだろうと関係無い。君が、篭絡されてどうする」
「ろ、篭絡って。あちらも、そんなこと望んでいませんよ」
からからと笑うアイリーンに、ブラッドフォードの檄が飛ぶ。
「絆されるな、と言っているんだ。まったく、君は」
「うう。だって、猫好きに悪いひとはいないかな、って」
「あれは、そういうのじゃないよ、アイリーン。猫が好き、なんじゃない。猫を好きな者の気持ちを利用しようとしているだけだよ。まったく、不快女らしいやり方じゃあないか」
しょんぼりとしたアイリーンに、クリスが、黒い何かを纏ってそう言った。
「よかったら、何か摘まみませんか?」
「お、食う食う!」
「オレもいただく」
「ぼくも。なんか、不愉快なことばかり思い出して、気持ちがよくないからね。美味しいものを食べて、気分転換がしたいよ」
「よかった。新作のサンドイッチなんです。といっても、甘いもので」
「「「甘い、サンドイッチ?」」」
話が一段落したところでアイリーンが言った言葉に、クリス達は首を傾げ、ブラッドフォードは心配そうにアイリーンを見た。
「カイルは、どうしている?少しは元気になった?」
「それが。まだ、落ち込んでいるみたいで」
眉尻を落とすアイリーンに、何事かと三人も口を挟む。
「え、なに。カイル、何かあったの?」
「どこかで、嫌な思いでもしたのか?」
「まさか、不快女の仕業か?ぼくたちが靡かないからと、アイリーンの弟であるカイルに嫌がらせを」
「いえ、コーツ男爵令嬢は関係ないです。ただ、お友達と何かあったみたいなんですけれど、私には教えてくれなくて」
心配だけれど、聞き過ぎてもよくないかと、元気が出るようなサンドイッチを作ったのだと言うアイリーンに、三人がそうかと頷いた。
「ならさ。一緒に食べるのはどうかな」
「そうだね。カイルのために考えたサンドイッチなら、カイルが喜ぶ顔を見たいかな」
「それがいい」
「・・・その時、アイリーンは、ちょっと席を外して」
「え」
アシュトンやクリス、モーリスの提案を嬉しく聞いていたアイリーンは、ブラッドフォードの言葉に目を見開く。
「ん?・・・ああ、なるほど。そういうことなら。アイリーン、その方がいいかもしんない」
「そうだな。アイリーン、オレらに任せろ」
「ええええ。そんな、ふたりまでそんなこと言い出すなんて。なんで?私だって、カイルが心配で」
しかし、アシュトンとモーリスまで、アイリーンは一旦席を外した方がいいと言い出し、アイリーンは酷く動揺してしまう。
「うん。もちろん、分かっているよ。アイリーン。それはきっと、ぼくたちだけでなくカイルもね。でも、カイルも、男の子だから」
「アイリーンを守りたい矜持もある、ということだよ。アイリーン」
余りに予想外の展開に、混乱を極めるアイリーン。
そんなアイリーンに、クリスとブラッドフォードが静かに言葉を添えた。
ありがとうございます。




