九、王都の闇 5、
「・・・・・で?誰が、ごうつく神官ですって?」
「はっ。神官つったら、そこの、そいつしかいねえだろ。あんた、ばか?・・・って、いってええ!」
十数人の子供たちに襲撃を受けたものの、烏合の衆である彼らがブラッドフォード達に叶うはずもなく、あっというまに鎮圧された。
そして、アイリーンがなるべく優しい声で子供たちに問いかければ、心底馬鹿にした答えが返った、と思った次の瞬間に、答えたその男の子が悲鳴をあげた。
その後ろ。
アイリーンの死角には、ブラッドフォードの黒い笑み。
「え。急にどうしたの?まさか、お腹が痛くなっちゃったとか!?え、どうしよう!気持ちも悪い?吐く感じ?それとも、お腹がごろってなって、お手洗い行きたい感じ?・・あ!お手洗いってどうなっているの!?集積場に持っていく前の汚物は!?どこで!?」
あたふたと辺りを見回し、焦って言えば、子供たちが目を丸くしてアイリーンを見つめる。
「は?本気か?」
「ちっげえだろ!ぼけ!」
「もしかして、見てなかったのか?」
「どう、って・・・冗談は顔だけにしろよ、ねえちゃん!今、この野郎が俺の・・・っ、うぉっ、なっなんでもないっす!」
「大丈夫だよ、アイリーン。ちょっと、路面が痛かったみたいだね。ほらこの辺り、特に痛んでいるから」
アイリーンは、子供たちに色々言われて不安になったものの、ブラッドフォードの説明に、改めて足元を見て、こくりと頷いた。
「そうね。路面も荒れているものね」
一応、石畳らしきものはあるが、かなり劣化している。
『それに、ちゃんとした靴も履いていないのだし』と、アイリーンは、子供たちの痩せて汚れた足を見る。
「ねえ、君たち。どうしてマーク神官が、ごうつくなのか、教えてくれるかな?」
そこで一区切りと見たクリスが、子供たちと視線を合わせるよう、膝に手を置き、中腰になって尋ねる。
「だって、ひとりじめするから!」
「みんなにくれる、って言ったのに!」
「嘘つきなの!」
王子らしい笑みを浮かべて言ったクリスに、女の子たちが瞳を輝かせて、次々に答えた。
うわあ。
輝く王子様の笑顔は、万国共通で、年齢関係なく女性を虜にするのね。
「あ、あれのこと・・・!違うんですよ、みんな。あれは」
アイリーンが感心していると、女の子たちの言葉で、彼らの不満が何であるかに気づいたマーク神官が叫ぶように言うも、今度は、男の子たちがマーク神官に向かって食って掛かる。
「何がちげえんだよ!」
「くれるって言ったじゃねえか!」
「それなのに、実がなったとたん、やっぱり駄目だとか言いやがって」
「ですから、あれは」
「ひとりで食う気なんだろ!」
「りょ!」
マーク神官が、言う言葉を遮り男の子が叫べば、カイルくらいの男の子も、その言葉尻を真似て叫ぶ。
あら、可愛い。
ああやって、言葉を覚えていくのね。
「まあく、じゅるい!」
カイルくらいの男の子が、涙目でマーク神官の神官服を掴むのが愛らしいと見つめていたアイリーンは、彼らの会話に遅まきながら反応した。
「ん?実がなった?マーク神官、何かを、育てているんですか?」
「そうなのです。ですが」
「実物を見せてやるよ!ねえちゃん、こっちだ」
「にいちゃんたちも、見てくれ!」
戸惑うマークを他所に、勢いよく子供たちに手を引かれ、連れていかれたのは神殿と思しき場所。
その庭らしき所で、彼らは立ち止まった。
ここって、庭、よね。
随分と荒れているけれど。
「ほら、あれ!」
「実が、たくさんなっているだろ!?」
「それなのに、食べちゃ駄目って言うんだ!」
「ひどいだろ!?」
「りょ!」
広さはあるけれど、まるで野原のようだと見渡すアイリーンは、子供たちが言っているのが、支柱を立てて作られている作物だと気づいて顔を近づけてみる。
「わあ、可愛い。ひょうたんね。なるほど。これは、食べない方がいいわよ。お腹壊すから」
未だ小さいひょうたんの実をつんとつついて、アイリーンが納得の表情で言えば、子供たちが驚いたようにアイリーンを見た。
「え?食いもんじゃねえの?」
「うん。やめておいた方がいいわよ。中毒・・お腹を壊す成分が入っているから」
品種改良して、食べられるひょうたんもあるけれど、この世界で品種改良などないだろうしと思いつつ、アイリーンは子供たちひとりひとりを見つめ返す。
「なんだあ。食えると思って、世話したのに」
「はあ。無駄な労力だったのかよ」
「食えねえなんて」
「がっかりだぜ」
「じぇ」
「ご、ごめんね。みんな」
よほど楽しみにしていたのだろう、落胆する子供たちに、マークが心底申し訳なさそうに眉を下げた。
「失礼ですが。マーク神官は、何かと間違えて、こちらを植えたのですか?」
ブラッドフォードの問いに、マーク神官は、消沈した様子でため息を吐く。
「はい。おっしゃる通りです。商人が、お買い得にしてくれると言って、苗を持って来たのです。もちろん、食べられる植物だと言って。私も、知っている野菜の苗と信じて購入っしたのですが。実がなってみたら、その」
「食べられないひょうたんだった、というわけですね。ですが、マーク神官にその知識があってよかった。恥ずかしながら、ぼくにはその知識がないので、子供たちに誤って食べさせて苦しい思いをさせてしまうところでした」
自分を責め、げっそりとした表情で肩を落とすマーク神官に、クリスが優しく言えば、女の子たちがまた盛り上がった。
「しっかし、随分たくさん買ったんだな」
「子供たちに、腹いっぱい食わせてやれると思った、か」
視界に広がるひょうたんを見て、アシュトンが言えば、モーリスも頷いて、ひょうたん畑と化した神殿の庭を見る。
「そ、そのはず、だったのです・・なのに・・うう」
遂には、ぐずぐずと泣き出してしまったマーク神官の背を、男の子たちが、ばんっ、と叩いた。
「ああ、もう泣いたってしょうがないだろ」
「そうだよ。ごうつくなんて言って、悪かったよ」
「花もいっぱい咲いて、きれいでさ」
「こいつが実になって、いっぱい食えるって思ってたから」
「りゃ」
そうは言っても、残念さはそう簡単に消えるものではない。
未練たらたらの様子でひょうたんを見つめる彼らに、アイリーンは、きょとんと首を傾げた。
「そうがっかりすることもないじゃない。確かにひょうたんは食用に向かないけれど、加工すればいいんだもの。食べられないもので、食べるものを買えばいいのよ。ひょうたんから駒、じゃないけれど」
不思議そうに、あっさりと言ったアイリーンに、その場の全員の目が向けられる。
え、なに。
ん?
そういえば、ひょうたん細工なんて、聞いたこと、ない、かも。
「あ」
「ああ。いいよ、アイリーン。これに関することだって分かるから」
そして、自分がやらかした・・ブラッドフォードの許可なく話し出してしまったと気づいたアイリーンが、どうしようと青くなって自分の方を向くのを見て、ブラッドフォードは仕方なしという笑みを浮かべてそう言った。
ありがとうございます。




