九、王都の闇 4、
「王家直轄の」
「美化委員会の構成員?」
ブラッドフォード達を、悪の極上組織のように想像していたアイリーンは、相手にそのような印象を与えまいとしてつんのめるようにして言った結果、破落戸たちをも戸惑わせる結果となった。
あ、いけない。
『ブラッドフォード様たちは、白いですよ、悪じゃありませんよ』って伝えようと焦るあまり、構成員って。
まるで、そちらの組織のような言い方をしてしまったわ。
「あ、つまり。全然怖くないですよ、ということです。こちらの四人、ちょっと圧が強かったり、眼光鋭く脅しに長けていたりしますし、見た目よりずっと腕っぷしも強くて頭脳戦にも頭抜けた才能を示しているのですけれど、逆らわなければ怖くないですから!」
「「「・・・・・」」」
「突然現れて、突拍子もないことを言われれば、こちらをお疑いになるのも分かります。けれど、不衛生な状況は恐ろしい病気を産むのです。お腹を壊して苦しんで、高熱に苦しめられて、全身の痛みに苛まれながら、のたうちまわった挙句に死ぬなんて、みなさんも嫌でしょう?」
「「「・・・・・・」」」
「そうならないためにも、きれいな水と清潔な住環境は大事なのです」
そこまで説明して、アイリーンは相手の破落戸たちが、何とも言えない顔で自分を見ているのに気が付いた。
あ、あの顔。
何だか混乱した感じ?
そうか。
未だ、私達を信じていいかどうか、探っているのね。
「こちらが、国王陛下より賜った美化委員の証です」
なかなか信じられないのも仕方ないと、アイリーンは、支給された身分証を取り出し見せるも、反応は薄い。
破落戸たちは、それよりも自分の表情に注目しているように見えたアイリーンは、出来るだけやわらかな表情を浮かべた。
「ね?こちらに、王家の紋章がありますでしょう?この刻印は、偽造するのが難しいと言われているのです。特にこの、細かな部分はアーサーズ公爵家お抱えの精鋭が作った、特別仕様の刃物でないと作れないものなのです。本当に、素晴らしい技術ですよね」
ほう、とため息を吐くアイリーンに、破落戸のひとりが恐る恐る声をかける。
「・・・・・つまり。逆らったら、その刃物で、ぶすっ、か?」
「まさか。そんなことはしません。逆らった場合は、先ほど言ったような苦しみの末の死が、待っているだけですわ」
にっこり笑って締めくくったアイリーンに、破落戸たちは顔色を悪くし、ブラッドフォード達は懸命に笑いをこらえる。
「だ、だけどよ。井戸を作ったところで、どんだけ改善されんだ?」
「井戸を作るだけではありません。住環境を改善します。大がかりになりますね。まず、区域全体を整備する必要があるかと」
考えるように言ったアイリーンの言葉を繋ぐように、ブラッドフォードが口を開いた。
「疫病の発生を未然に防ぐために動く。そのための労働に協力すれば、当然対価を払う」
「対価って。賃金が出る、ってことか?」
「そうだ。労働には対価を。当たり前だろう」
ブラッドフォードの言葉に、破落戸の瞳が揺れる。
「俺達は、怪我をして元々の仕事が出来なくなった半端者だ。それでも?」
「出来ることと出来ないことを教えてもらえれば、対処できます。というか。そもそも、ひとりひとり出来ることが違うの、当たり前じゃないですか。たとえば私は、頭のいい話し方が出来ません。遠まわしに納得させるとか、計算して駆け引きをすることが無理なんです」
アイリーンの言葉に、破落戸たちが深く頷いた。
「「「ああ。なんか、すげえ納得」」」
「え。今のでそんなに納得するとか・・・うーん。喜んでいいのか、悲しむべきなのか」
複雑な心境になって呟くアイリーンの肩を、ブラッドフォードがぽんと叩く。
「場をうまく収めるのは、アイリーンの才能のひとつだよね」
「力業・・一番の脅迫だったとも言えそうだけれどね」
「さっすがアイリーン。無自覚の勝利」
「いや。むしろ、勝ちを毟り取りに行っただろ」
そして、そんなブラッドフォードとアイリーンを見つめ、苦笑するクリス達。
「で、では次は、町中の様子を見てください」
すっかり大人しくなった破落戸たちを見て、安堵したように神官マークがそう言った。
「これは・・・」
「こりゃ、酷いな・・並んでいるのは家なのに、ここらの臭いも凄い」
「少し強い風が吹いたら、壊れてしまいそうなお家ばかりだわ」
「雨風も、完全には凌げないだろうね」
「これは、病気にもなる」
人々の暮らす家々を見て、五人は早急に改善が必要だと頷き合った。
そして何より、アイリーンは、そこに住まう人々の表情が気になってしまう。
それに、人々の顔も暗い。
暗いだけじゃなくて、生気が無いっていうか。
大人も子供も、男性も女性もいる。
みんな、道端に座り込んだままこちらを見るけれど、そこには何の意思も感じられない。
さっきの破落戸さんたちは、あんなに元気だったのに。
「先に、炊き出しが必要かしら?」
これは、生きる気力が不足している、つまり食の改善も必要なのではと思い呟いたアイリーンに、ブラッドフォードが厳しい顔で首を横に振った。
「それは、王家が回数を決めて実行しているから、やめた方がいいかな。アイリーン」
「でも、足りていないのでは?」
「過ぎたる保護は、相手のためにもならないとは、思わない?」
こそりと話せばこそりと返され、アイリーンは、じっとブラッドフォードの碧い瞳を見上げる。
「そうか。自分の力で生きていくことこそが、大事なのね」
「そう思う。だから僕達は、その枠組みを作る手伝いをしよう」
「うん、分かった。でも流石、ブラッドフォード様ね。ちゃんと、私の間違いを正してくれて、ありがとう」
ブラッドフォードの言葉は、不思議と素直に聞けるのだと言うアイリーンに、ブラッドフォードは嬉し気に、そして照れくさそうに笑った。
「あ、ブラッドフォード様。あちらに子供たちがいます。十歳にならないくらいの子たちでしょうか。あ、カイルくらいの子もいるわ」
「本当だね。みんなで遊んでいるのか。元気な子たちも居るんだ」
ブラッドフォードも安心したような声をあげ、自分より大きな子たちに懸命に付いて行こうと走っている小さな姿に、アイリーンは、邸で留守番をしているカイルの言葉を思い出す。
『はじめまちて・・なかよし、なれるといいね』
ええ、カイル。
姉さま、みんなと仲良くなれるように頑張るわ!
「あっ、いたぞ!」
「ごうつく神官だ!」
「金持ちそうな奴らといるぞ!」
「金づるだ!」
「金持ちなんて、悪い奴に決まってる!みんな!まとめてやっちまえ!」
「「「おーっ!」」」
心のなかで、そうカイルに誓ったアイリーンはしかし、聞こえて来た信じ難い言葉の数々に固まった。
ありがとうございます。




