八、野外バーベキュー 5、
「え。な、何事?」
「アイリーン、こっちに」
その人物・・ベティ・コーツ男爵令嬢が、桃色の髪を靡かせ、大きな声で周りをどかしながら真っすぐに走って来る姿を認めるも、何が起こっているのか理解が追い付かないアイリーンの傍に、素早くブラッドフォードが寄り添う。
そして同じくアイリーンの傍に寄ったクリスを護るように、アシュトンとモーリスが立てば、他のクラスメイトも警戒した様子で身を強張らせる。
「ブラッドフォードぉ、モーリスぅ、たすけてえええ!」
「おいっ。人聞きの悪いことを言うな!」
「そうよ!私達のクラスの食材を持って逃げているのは、あなたの方でしょうが!」
そして、その後ろを物凄い勢いで追いかけて来る数人の人影。
「なんだあ、あいつ。食材泥棒でもしたのか?」
「みたいだな。でも、なんだってアーサーズ公爵子息とフレミング侯爵子息の名を呼ぶんだ?」
ルート子爵子息が怪訝な顔で言えば、ディロン伯爵子息が、もっと怪訝な顔をして答える。
「ブラッドフォード!モーリス!あの人たちがいじめるの!あたしが、平民出身で料理上手の火加減マスターって分かったからって!自分達が出来ないだけなのに!あたしの凄さを妬んで!」
近くまで来て立ち止まり、瞳を爛爛と輝かせて言うコーツ男爵令嬢に、アイリーンだけでなく、その場の全員が引いた。
料理上手の火加減マスター。
それに、あたしの凄さを妬んで、って。
自己肯定力が高いのね。
はあ。
私の心配なんて、不要・・というか、余計なお世話だったわね。
「ちょっと!誰もそんなこと言っていないでしょう!」
「そうだ!それに!料理上手の火加減マスターってなんだよ!お前、何もしていないじゃないか!分担した仕事しろって言っても、辺りをうろちょろするだけで!挙句の果てに、いきなり食材の籠を持って走りだしたんだろうが!」
「だって!ブラッドフォードとモーリスの居場所が分かったんだもん!来てくんないなら行くしかないから走るに決まってるよね!そんなことも分かんないの!?」
一切の聞く耳を持たず、自分の主張だけを強く高らかに叫び続けるベティ・コーツ。
そんな自信あふれるヒロインを相手に心配するなど、烏滸がましい真似をしてしまったと、アイリーンが遠い目をしている間にも、ベティ・コーツとFクラスの攻防は激化する。
・・・・・いや。
ベティ・コーツもFクラスなのだが。
「分かるわけないだろう!アーサーズ公爵子息とフレミング侯爵子息が居たから走った?おふたりともSクラスで、何の関係も無いのに!?」
「関係なくないもん!ふたりとも、あたしのこと好きだもん!」
「「会ったこともない」」
胸を張って言い切ったベティ・コーツに、ブラッドフォードとモーリスは、声を揃えてそう言った。
その顔には、迷惑とはっきり刻まれている。
「なんで!なんで、そんなひどいこと言うの!あたし、料理だってうまいし、色々優秀で可愛いのに」
食材の入った籠を胸の前で抱え、うるうると瞳を潤ませてベティ・コーツが訴えるも、攻略対象たる四人はもちろん、誰も彼女に寄り添わない。
「はあ。妄想垂れ流してんじゃねえよ。そしてそれ以上、意味不明なことを言うな。他のクラスにまで迷惑かけるなんて、恥ずかしい」
力尽きたように言うFクラスの男子生徒の心情を、アイリーンは心から慮った。
あの人も苦労するわね。
きっと、コーツ男爵令嬢は、何とかイベントを起こそうとしたんだろうけど。
ブラッドフォード様とモーリス様が通りかからないなら、自分から突撃って。
アクティブだわあ・・・あ、昔もいたわね。
アクティブ般若。
懐かしいわ。
「ね!?聞いたでしょ!あのひとたち、何でも出来るあたしに嫉妬して、それで、あんなひどいことを言うの」
『誰でもいいから話を聞いて』というように、周囲を見渡すベティ・コーツ。
しかし、彼女を見る周りの目は冷ややかで、彼女の願いは叶わない。
「だから、妄想吐き散らかすはやめてよ!迷惑な!」
「ああ、もう。いいからとにかく食材の籠返せ」
これ以上茶番に付き合っていられないと、一歩前に出た男子生徒に怯えたように、ベティ・コーツが叫ぶ。
「きゃあ!食材を捨てろなんて、ひどい!」
「そんなこと誰も言ってねえ!」
あ、いけない!
「っ!」
その時、ベティ・コーツの瞳が光ったのを見たアイリーンは、咄嗟に飛び出して、今まさにベティ・コーツが、押されたことにより投げ出した、ように見せかけようとした籠を受け止めた。
「はひっ・・・よかった。食材は無事ですよ」
「あ、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
そして、安堵の笑みと共に籠を差し出せば、漸く食材を取り戻したFクラスの男子生徒と女子生徒の顔が緩む。
「何するのよアイリーン!分かった、あんたが仕組んだのね!あたしの方が優秀で料理上手で可愛いからって!妬むのもいい加減にしてよ!」
食材も無事に回収出来、これで収束かと周りの空気も緩んだところで、アイリーンは、堂々とベティ・コーツに絡まれた。
「は?ドレイク伯爵令嬢に向かって、君、何を言っているんだ?」
「優秀だってんなら、なんでSクラスに居ないんだよ」
「そうだよ。それに、お好み焼きとか焼きそばとか、色々美味しい物作るって、ドレイク伯爵令嬢は有名なのに」
「そ、それに、野菜切るのだって、す、すごく上手」
「・・・みんな」
一塊になっているSクラス。
そのクラスメイト達の言葉に、アイリーンは感激して、声を震わせる。
「なんか、僕の出番を取られた感じで複雑でもあるけど。まあ、これもいいかな」
「そうだね。でも、これではっきりしたね」
ブラッドフォードとクリスの呟きに、アシュトンとモーリスも強く頷いた。
ベティ・コーツは、無理にもイベントを起こそうとしている。
そして、アイリーンを敵対視している。
「いやよ!あたしはここに居るの!」
「いい加減にしてくれよ。ここに居たって迷惑なだけだろが」
今なお、叫び続けているベティ・コーツに、Fクラスの男子生徒が、心底疲れた声を出した。
「ああ、その通りだ。そこの迷惑女、さっさといなくなってくれ」
そして、その言葉に深く同意したブラッドフォードに、ベティ・コーツが発狂したように叫ぶ。
「そんな!ブラッドフォード!あたしが迷惑だって言うの!?」
「君に、名前を呼ぶ許可を出していない。クラスメイトでも知り合いでもないのに付きまとわれるなど、迷惑以外の何でもない」
「アイリーンね!?ブラッドフォード!騙されちゃだめだよ!アイリーンは、あたしを妬んでいじめて、ブラッドフォードやモーリスやアシュトンやクリスとの仲を裂こうとする悪役令嬢なんだから!」
え。
うわあ、全員の名前出した。
あのゲーム、ヒロインに選ばれなかったひとは独身を貫くとかだったはずで、逆ハーレムは無かったと思うんだけど。
「・・・・・お相手が、多いですね」
思わず呟いたアイリーンに、その場の全員が頷いた。




