八、野外バーベキュー 3、
「色々な形の石鹸の置物を、窓辺に飾る?」
「はい。そうしたら、風に乗っていい香りがするかと思って」
「なるほど。そうすると、管轄は母上とドレイク伯爵夫人の方かな」
「あ」
『いい案だと思うよ』と言いながら、事業の内訳を確認していたブラッドフォードの言葉に、アイリーンは固まった。
「アイリーン?どうかしたの?」
「お母様・・もちろん、アーサーズ公爵夫人も。今だって随分忙しそうなのに、もっとってなったら、怒るかも」
元より伯爵夫人、公爵夫人としての仕事もあるふたりに、これ以上の荷を背負わせるのはと、アイリーンは、この案は沈めてしまうべきかと考える。
「怒らないと思うよ?むしろ喜ぶと思う。母上は『そろそろ、新しい商品も欲しいわ』と、そわそわしていたから」
「え?そうなの?」
「うん」
にこにこと言うブラッドフォードを見て、アイリーンは自然とその言葉を口にする。
「ありがとう」
「なにが?」
「私が焦らず済むよう、伝えないでくれて」
ブラッドフォードは、既に大貴族アーサーズ公爵家の後継としての考え方や動き方を身に付けている。
殊に、事業に関しては完全に掌握していると言っても過言ではなく、ここぞという時の進め方の評価は高い。
それなのに、新しい商品をと望む公爵夫人の言葉を私に伝えなかったのは、私の発想を無理に促すようなことをしなかったということよね。
恐らくは、ブラッドフォード様自身、新しい商品を入れる時期だと判断していたにも関わらず。
「アイリーンには、自由に発想してほしいと思っているからね。でも、実行が不可能と判断したらそう言うから安心して。例えば、等身大のドラゴンが欲しいとか」
「大丈夫。その時は、実行可能になるように考えるから」
真顔で冗談めいた言葉を発するブラッドフォードに『私にだって、頭はあるもの』と笑い、アイリーンは、信頼を込めてブラッドフォードの碧い瞳を見つめた。
「じゃあ。今回の石鹸の件は、既に実行可能な案だから。具体的にどうするかを詰めようか」
そんなアイリーンを同じ熱量で見つめ返し、ブラッドフォードは改めてペンを握る。
「まず、香りなんだけど。フローラル系とシトラス系の、二種類は欲しいと思うの。あまり強く香らない、さり気ない感じにしたくて」
「後は、色付けと形か。さり気ない感じにしたいなら、あまり強い色じゃない方がいいかな」
「そうね。それから、絵本に出て来るものとコラボさせるのもいいんじゃないかと思うんだけど」
「既に商品化している香りのいい石鹸で、彫刻が出来るか確認しよう」
そして、彫刻とする際に出来る石鹸くずをどうするかも相談し、その後は、婚約者同士らしく、観劇の話などに花を咲かせた。
「はあ。なんか疲れた」
恒例となった、五人でのランチの時間。
今日は、確保した個室のテーブルにどさりと上体を投げ出し、アシュトンが大きなため息を吐いた。
「剣術の訓練、そんなに厳しかったの?」
全員に飲み物を用意しながら悪気無く尋ねたアイリーンを、アシュトンは、じろりと見やる。
「どこかのー、だれかさんがー、俺の危機だけー、回避してくれないからあー」
「つまり、アシュトンは拗ねているんだよ。アイリーンが、僕のイベントだけ、凄く詳しく覚えているから」
ポットやコップの位置を入れ替え、さり気なくアイリーンの補助の役を熟すブラッドフォードが、慰める気があるのかないのか、むしろ自慢するようにそう言った。
「まあね。あれと正式に出会ってしまうかもしれない恐怖は、ぼくにも分かるかな。本当に、そんな未来にならなくてよかったと心から思う」
「だな。オレも、回避出来て心底安心した」
そして、もはや対岸の火事と、首を竦めるクリスとモーリス。
「みんな酷い!俺だけ、未だ回避できてないうえ、いつ起こるか分からない状態だってのに!」
叫ぶアシュトンに、アイリーンが首を傾げた。
「あの、アシュトン様。もしかして、コーツ男爵令嬢と上手くいったらいいなという思いもあ」
「ないから!微塵も!どうしてそうなるかな!」
食い気味に遮ったアシュトンの目が、爛爛と光っているのを見て、アイリーンが目を瞬かせる。
「なら、何があってもアシュトン様が、断固拒否すればいいだけじゃない」
「んあ?」
「好感度があがらなければ、次からのイベントは起きないって、言わなかったっけ?」
アイリーンの言葉に、アシュトンだけでなく、クリスとモーリスも同時に叫んだ。
「「「ああああ!好感度!」」」
「でも、出会いイベントだけは好感度関係なく起こるから。節操無し女に揚げ足取られないためにも、みんなで行動した方がいいことに変わりはない」
念押しするブラッドフォードに、アシュトンは気楽な様子になって淡く笑う。
「だけどさ。俺の破廉恥への好感度なんて、上がりようがないじゃん。なんだ、心配して損した」
「アシュトン」
「もう。ブラッドフォードの話、聞いていた?」
途端にへらへらとし始めたアシュトンに、モーリスとクリスが呆れたような声を出した。
「なんだよ」
「僕は、あの節操無し女に揚げ足を取られないように、と言ったよね?それはつまり、傷物にされたとか言って、責任を求められるってことだよ?」
「んぐっ。なっ」
そして、ブラッドフォードに、より具体的に説明され、アシュトンは何か良くない物を飲み込んだような声を出す。
「そうね。考えられるのは、周りを自分の味方に付けるように動くことかな。『私は、申し訳なく思うのです。でも、この傷を見ると・・ううっ』とか、哀れを誘う感じ」
「か弱いふりして強かに。まあ、令嬢にありがちなことだよね」
経験ありなのか、耳で聞いただけなのか。
遠い目をして言うクリスに、アイリーンはこくんと頷いた。
「でもそれって、イベント関係なくやられたらと考えると、未だ全員に当てはまるわよね」
「「「「・・・・・」」」」
持参のパイを切り分けながらのアイリーンの言葉に、全員が絶句する。
「アイリーン。次のイベントは、僕とモーリスの、あれか?」
「っ。オレなのか?オレは、出会いイベントを回避したのに・・ああ。それも言っていたな。イベントを回避しても、同じような事象は起こると」
混乱しつつも、思い出したと言うモーリスに、アイリーンが首を横に振った。
「あの時言ったのは、これからそれぞれの領で起こる異変のことだったの。だから、好感度が関係するイベント・・ヒロインが絡むものは、好感度を上げなければ起きないと思っていたのだけど。コーツ男爵令嬢には、ゲームの知識があるみたいだから、力業で起こすんじゃないかなと思っている」
「大丈夫だよ、アイリーン。僕は、何があっても節操無し女の罠に嵌ったりしない」
どこか不安そうに言うアイリーンに、幾度でもと、ブラッドフォードは誓う。
「うん。それは信じているんだけど。でも、それこそ、か弱さを前面に押し出すんじゃないかと思うのよ。たとえば、次のイベントは、野外バーベキューでのことなんだけど」
そう言いかけて、アイリーンは、確認を取るようにブラッドフォードを見た。




