八、野外バーベキュー 1、
「今日もみんな、可愛かったですね」
孤児院を訪問した帰りの馬車のなかで、アイリーンが子供たちの笑顔を思い出してほっこりと言えば、向かいに座るブラッドフォードも笑顔で頷きを返す。
「うん。それに、文字の読み書きの学習も随分浸透したよね。最初のころは、うちとアイリーンのところの領に属している孤児院や神殿だけだったのに、今は他領の参加も増えた」
「はい。王家が、いち早く取り入れてくださったお陰ですね」
アイリーンとブラッドフォードが、絵本を用いた文字の学習を推進して三年。
漸く軌道に乗ったと、ふたりは喜び合った。
「アイリーンと出会って、僕の人生は凄く楽しくなったよ。絵本はもちろん、母上とドレイク伯爵夫人とで展開しているヘアパックや化粧水も人気だし、その販売方法がカタログだけで店舗を持たないっていう発想が、斬新だったな」
「カタログで注文、お届けなら、身分関係なくお買い物を楽しめますし、販路も広げやすいと思ったんです。まあ、その分、手にするまで時間がかかりますし、配送料も加味されてしまいますけれど」
苦笑して、カタログ販売には欠点もあると言うアイリーンに、ブラッドフォードはカタログならではの利点を述べる。
「でも、それがいい、人の目を気にしないで買い物できるし、特別感があると好評なんだから、アイリーンは、本当にやり手だよね」
「やりたいことをやらせてくれて、作ってほしいものを作ってくれる皆さんのお陰です。特にブラッドフォード様。絵を描いてくれるし、私が、乗り心地のいい馬車が欲しいと言っていた願いを、叶えてくれて。本当に感謝です」
座っている座面をぽんぽんと軽く叩いて、アイリーンは心からの笑みを浮かべた。
「これだって、アイリーンの言った《ばね》の応用だからね。スプリングのきいた馬車は、それこそ人気で、うちの領でも有数の事業になったんだから、僕こそ感謝だよ」
「私、ブラッドフォード様となら、何でもできる気がします」
「うん。これからも一緒に頑張ろうね」
眩しい笑顔を向けられて、アイリーンは一瞬、うっと詰まる。
ほわあ。
この、心から輝く笑顔。
何度見ても、慣れない。
眩しい。
「アイリーンが、僕との未来を信じてくれるようになって、本当に嬉しいよ」
「そういえば、そろそろ野外バーベキューですよね。お話しした通り、あれにもイベントがあるじゃないですか。私が思うに、コーツ男爵令嬢は、イベントが起こる前提で動く気がするんですよね」
これも、あのゲームのヒロインとやらとの出会いを潰したからかと喜ぶブラッドフォードに、アイリーンが不吉なことを告げた。
「自然発生を待たずに、強硬に出るということか。はあ。有り得るね。むしろ、狙って来るだろうな」
「ブラッドフォード様。もしも、よろよろっと、コーツ男爵令嬢に傾きそうになったら、お早くご連絡を・・・いたっ」
「アイリーン。いい加減、そこも学習しようね・・まったく」
ため息を吐くブラッドフォードに『念のため』と言いかけたアイリーンは、額をぺちりと叩かれ、先ほどとは違う意味合いのため息を吐かれた。
「ねえ、みなさん。わたくし。アイリーン・ドレイク伯爵令嬢のご実家・・ドレイク伯爵家は、相当に困窮しているのではと、予想していますのよ。それなのに、アーサーズ公爵家のブラッドフォード様と婚約しているなんて、烏滸がましいと」
授業の間の休憩時間。。
ご不浄へと向かう途中、聞えよがしに話す声を耳にしたアイリーンは、はて、と内心で首を傾げる。
うちが困窮している?
特産品であるオリーブの生産も売り上げも順調だし、オリーブの林で始めた養蜂も順調に増えているし、ヘアパックの売り上げも化粧品関係の売り上げも上がっているし、絵本もあるし、それに色々な権利も。
何より、毎日おいしいごはんが食べられて、お風呂にも入れて、着るものにも困らないし、寝るところはもちろんあるし。
ついでにカイルは可愛いし。
うん。
心身ともに困窮はしていない、わよね。
それとも、うちよりずっとお金持ちだから、そういう風に感じるのかな。
「まあ。我がソープ子爵家の商会に比べるべくもない、小さな小さなお店屋さんをお持ちなだけですものね。ふふっ。おっかしい」
『ああ、あれはきっと本屋さんのことを言っているのね』と思いつつ、アイリーンは笑い声の響くそちらを見ることなく、ご不浄を優先した。
・・・・・未だやっている。
というか、待機していた感じ?
「名産と言われるオリーブの商品だって、我が家が中間として購入して差し上げているから、成り立っている商売ですもの。ほんっと、伯爵家でいらっしゃるのに貧しいなんて、ご当主の顔が見たいわ」
ご不浄を済ませて教室に帰ろうとしたアイリーンは、自分の姿を認めるなり、再び囀り始めた令嬢を『暇なのかな』と、ちらりと見る。
まあ、休憩時間をどう使おうと自分たちの勝手だけど。
もったいなくないのかな。
ソープ子爵家か。
そういえば、うちの商品も卸していたっけ。
うちは直接の販売店舗を持っていないから、そう思っているのかもしれないけど。
でも、お父様のことまで貶すなんて、すっごく、腹立つ。
よし決めた。
お父様に訴えよう。
「それを証拠に。驚いたことに、ドレイク伯爵家は、アーサーズ公爵家より馬車を恵んでもらったのですって。わたくしなら、逆に馬車をお贈りできますのに」
「今すぐその口を閉じろ」
「っ」
揚々と言い募るソープ子爵令嬢に、突如現れたブラッドフォードが無表情に言い切ると、その顔色が一気に青くなる。
「我がアーサーズ公爵家が開発した馬車の重要部品は、アイリーンの発案で作られたものだ。ゆえに、その感謝を込めて、僕と両親からアイリーンに馬車を贈った。別に秘密でも何でもない。周知の事実だ。にも拘わらず、ドレイク伯爵家を貶すなど。覚悟しておくんだな」
「そんなっ。アーサーズ公爵家を貶したわけではありません!」
ぎろりと睨まれ、ソープ子爵令嬢は、首を横に振りながら懸命に訴えた。
「大丈夫よ。今の話は、ドレイク伯爵家とソープ子爵家の話とするから。あなたのお名前は?わたくしは、アイリーン・ドレイク。まあ、ご存じのようだけど」
そこへするりと入り込み、アイリーンは鋭い眼差しをソープ子爵令嬢へと向ける。
「あら、アーサーズ公爵家の威を借りないというの?ふふっ。我が家の権威を知らないなんて、物知らずのお馬鹿さんなのね。わたくしは、マドリン・ソープよ。我がソープ子爵家とドレイク伯爵家の話なら、怖くもなんともないわ。というか、家に帰ってこの事実を伝えたら、怒られるのはあなたの方よ。明日、あなたがわたくしに跪くのを楽しみにしているわ」
意地悪く口の端をあげるソープ子爵令嬢を見ながら、アイリーンは、ふと考えた。
マドリン・ソープ子爵令嬢。
まど・・そーぷ。
・・・・あ。
窓の傍に、香りのいい石鹸を置いたらいいのでは?
そしてその石鹸が、色々な形をしていたら、もっと楽しそう。
花とか、動物とか。
うん。
ブラッドフォード様に相談しよっと。




