七、貴族院入学 11、
「・・・・・まさか、猫の誕生会だとは思わなかった。それに、あの箱の中身が、アイリーン手作りの、猫用ケーキ・・・はあ。猫用のケーキがこの世にあるなんて、予想の斜め上もいいとこだよ。人生初くらい、凄く強い衝撃だった」
「母上は、本当にディアナを可愛がっているからね。今日のディアナの喜ぶ様子を見て、仲良しの夫人を集めて、誕生会第二回を開くと言っていたから・・アイリーン。またよろしくね」
王妃陛下とのお茶会・・もとい、白猫ディアナの誕生会を終え、王妃陛下の御前を辞した五人。
そして、一般区へと向かいながら、その率直な感想をアシュトンが述べれば、クリスがそう言ってアイリーンを見た。
その隣には、未だ驚愕の瞳のままのモーリス。
「魚を使用したものは、未だ分かる。だが、本当に菓子のケーキもあるとは」
「猫ちゃんだって、食の楽しみがあって然るべき、ですよ。モーリス様」
自分が作った猫用ケーキを、王妃陛下も白猫ディアナも気に入ってくれたことで、心底ほっとしたアイリーンは、楽し気に笑いながらそう告げる。
「猫の、食の楽しみ。うちの猫なんか、騎士に揉まれているからか、逞しいんだよな。あんな繊細なケーキも、ちょっと上等な餌っていう認識しか持たずに、あっというまに平らげそうなくらい」
『見た目も何だかがっしりしているし』と、遠い目をして言ったアシュトンの話を聞いて、アイリーンも想像してみた。
がっしり、って言っても猫ちゃんなんだから、犬より大きいことはないわよね?
屈強な騎士様たちに囲まれて、小さいながらも威嚇したりするのかな。
『これわたしのごはん!』なんて言っているのだけど、人間には『にゃあにゃあ』としか聞こえないから伝わらなくて、地団駄踏んだりして。
そしてそれが分かっていながら、騎士様たちも、揶揄ったりしつつ可愛がっているのに違いないわ。
大きな騎士様に、ころんころん、転がされる猫ちゃん。
うん、可愛い。
「騎士様と戯れる猫ちゃんというのも、凄く可愛いし、楽しそうだと思います。それに、猫ちゃんなんですから、すぐさま平らげて当たり前だと思います」
いくら可愛くきれいに作ってあるとはいえ、じっくり鑑賞してから食べる猫などいないと、アイリーンは微笑んだ。
「あれも、売れるだろうな」
「既に、レシピ、商品化の両方で話が進んでいますよ。参入しますか?」
そして、こそりと囁くクリスに答えるブラッドフォード。
「それは、是非話を聞かせてほしいかな。それにしても、見た目も可愛いくて、猫が食べ物としても満足できる猫用ケーキか。アイリーンは、本当に凄いね。母上も父上も、彼女の才を認めていて」
「クリス殿下。元は、婚約者である僕の母上のために考えたということ、お忘れなく」
そこまで聞いて、ちくりと釘を刺すブラッドフォードに、クリスが苦笑した。
「両親も、もう、ぼくの婚約者に望んだりはしないから、安心して。ただ、違う形で・・・っ!ブラッドフォード、あそこ。みんな、止まって!」
そろそろ一般区との境にある門に着くというところで、小さな声ながら強く制止をかけたクリスに、皆一斉に立ち止まる。
「どうした?」
「モーリス、あそこだ。破廉恥が居る」
騎士の習性か、一番にクリスを護る位置に立ち、辺りを警戒したアシュトンが、その存在を認めて眉を潜めた。
「ほんとだ。完全に、この門を凝視しているね。となると、クリス狙いであそこに居るということかな?何か思い出す?アイリーン」
ブラッドフォードに尋ねられ、全員の視線を感じたアイリーンは、ひとつ思い出したことを口にする。
「そういえば、探す猫の名前は月の女神様からもらったのだという説明が、その攻略対象からありました・・けど。アシュトン様だったか、クリス様だったかまでは思い出せません」
『すみません』というアイリーンの言葉に、他の四人が一斉に突っ込む。
「それは、ディアナだよアイリーン」
「それは、ディアナだな」
「それって、ディアナじゃん。因みに、うちの猫はマルスだよん」
「それは、ディアナのことだね。確かに、月の女神様の名をもらったから」
異口同音に、やや呆れたようにそれはディアナだと言われ、クリスに苦笑しながら説明を受けて、アイリーンは『そうなのですね』と納得した。
「では、猫探しは王城でということになりますね・・・って!大変じゃないですか!ディアナちゃんが、またこちらに来てしまうということです」
「いや。それは無いと思うよアイリーン。さっき、アイリーンが確保した、あれがそうだったのだろうと思うから」
焦るアイリーンにブラッドフォードが言えば、クリス達も頷きを返す。
「え?じゃあ、未遂になってしまいましたね。ディアナちゃんが迷子にならなかったのは良かったですが、クリス殿下がヒロインと」
「出会わなくて大丈夫だから、気にしなくていいよアイリーン。むしろ、出会いたくないから、凄く助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして・・・え?みんな、本当に出会いたくないの?」
王城であるのに、言葉遣いを崩してしまうほど動揺しているアイリーンの肩を、ブラッドフォードがぽんと叩いた。
「アイリーンが、凄くいい子だと言っていたから、僕はアイリーンが居るから要らないけど、それほどの令嬢なら、みんなにはいいかと思っていたんだけど・・・あれじゃあね」
「まったくだ。あれの、どこに惹かれる要素が?」
「全然、どっこも無い!よねえ。近づきたくもないよ、あんな破廉恥以下。桑原桑原」
「ほら。見つかると厄介だから、一旦ぼくの部屋へ行こう」
そうしてクリスの判断で、五人はベティ・コーツに見つかる前にと、来た道をあと戻る。
「それにしても。ヒロイン・・コーツ男爵令嬢は、じっとこちらを見ていましたけれど、気づかれないものですね」
『ベティ・コーツ男爵令嬢は、一般区と王族居住区の境の門を凝視していたし、私達もかなり門に接近していたのに』というアイリーンに、ブラッドフォードが優しく笑いかけた。
「気づくのは無理だと思うよ?僕のアイリーン。あの門は柵になっているから、確かに覗けてしまいそうだけれど、特殊な細工がしてあって、王族の居住区・・つまり、こちら側からは一般区の様子がよく見えるけど、あちら側からこちらは見えない造りになっているから」
「あ。そう言われてみれば、そうですね。気づいていませんでした。ブラッドフォード様は、やっぱりすごいです。状況把握にも、優れた能力を発揮されるんですね」
ぽんと手を打ち、無邪気にブラッドフォードを賞賛するアイリーンに、クリスたち三人は苦笑するしかない。
「いやあ、アイリーン。悪いけど、俺も気づいていたよ」
「アシュトン様は、騎士ですものね。さきほどの、咄嗟の動きも俊敏でしたし。鍛錬されているのだなと、感心するばかりです」
「え・・あ、ありがとう」
ちょいと嫌味のつもりで言ったアシュトンは、思ったのと違う答えと自分への賛辞に、たじたじとなった。
「しかし。これで、どこかでぶつかって云々は、アシュトンだと決まったな」
「どこかでぶつかって、となると、色々な場所が考えられるよね?」
モーリスとクリスの言葉に、ブラッドフォードも考える顔になる。
「貴族院内が一番確率が高いと思っていたのだけれど。猫探しが王城だったのなら、他の場所も候補になるということだろうな」
「うげえ。移動の度に気を付ける必要があるってことか。すごく面倒なんだけど・・ねえ、アイリーン。その出会いイベントの期限みたいなのは、ないの?」
うんざりとした表情を隠しもしないアシュトンが『いつまでに起きなければ、その出会いイベントは起きなくなるという期限は?』と、やや縋るように問うのに対し、アイリーンは、ぱあっと顔を明るくした。
「それは覚えています!出会いイベントに期限はありません!もちろん、遅くなればなっただけ、後からのイベントが無くなってしまいますけど、出会いイベント事態は起きるまでいつまでも可能なんです。有効期限無し、です!」
よかった!
ブラッドフォード様のイベント以外でも、ちゃんと覚えていることがあって。
「アイリーン」
やり切った感いっぱいでいたアイリーンは、何とも言えない表情で自分を呼ぶブラッドフォードを見て、漸く周りの空気が自分とは異なることに気づく。
そして、アイリーンの前で、白き灰と化しているアシュトンのうつろな瞳。
あ、あれ?
私、何かいけないこと言った?
「大丈夫だよ、アイリーン。ただ、アシュトンだけ未だ回避できていないし、それが無期限となると、いつ起こるか分からないから。だから、なるべく五人で行動しようね。あ、もちろんふたりの時間も大事にしようね」
「・・・っあ!それ!絶対だかんな!俺だけ見捨てるの、無しだからな!」
焦るアイリーンにブラッドフォードがそう提案し、白き灰から復活したアシュトンが、鬼気迫る勢いで、全員に約束させた。




