七、貴族院入学 10、
「まったく。猫だからって、何でも許されると思うなよ」
「みゃああ!」
「雌だというから、ぎりぎり譲歩しているだけだからな」
「みゃああ!」
アイリーンに抱かれたままの白猫ディアナに、不機嫌な声でブラッドフォードが言えば、白猫ディアナも憎い仇を見るようにブラッドフォードに牙を剥く。
「ブラッドフォード様。王族の皆さまで飼われているのだそうですから」
「みゃん」
アイリーンが、周囲の侍女や侍従を気にして声を潜め、白猫ディアナが何処か偉そうにそうだと言わぬばかりに鳴くも、ブラッドフォードは気にしない。
「何が『みゃん』だ。アイリーンに対する時には、可愛いふりしやがって。甘えるんじゃねえ」
言葉悪く白猫ディアナを罵るブラッドフォードと、それを益々煽る白猫ディアナ。
アイリーンは、はらはらし通しだが、周りの侍従や侍女は、そんなひとりと一匹の遣り取り、そして間に挟まっておろおろしているアイリーンを、あたたかく見守っている。
「ブラッドフォード。重症だねえ。とうとう猫にまで嫉妬して」
「狭量、ここに極まれりだな」
そして、アシュトンとモーリスは、ブラッドフォードに残念な目を向け、クリスは、白猫ディアナがアイリーンに懐くのを、微笑ましく見た。
「ディアナはすっかりアイリーンが気に入ったみたいだね」
「それは違うと思います、クリス殿下。私、さっきまで猫ちゃんが好む食材を扱っていたので、それでかと」
まさか、自分が臭うのかと、アイリーンは戦々恐々とする。
お料理した後、ちゃんと湯あみをして着替えたから、大丈夫だと思っていたんだけど。
うう。
もしかして、臭うのかな。
自分じゃ、よく分からない・・・。
「アイリーンは、いつもの爽やかな香りしかしないから、大丈夫だよ。その猫は、ただ単にアイリーンが気に入ったんじゃないかな」
「にゃあああん」
『もしかして、私、臭い?』と気にするアイリーンに気づいたブラッドフォードが、大丈夫だと太鼓判を押せば、その通りだと言いた気に、白猫ディアナもアイリーンを見上げて可愛く鳴いた。
「うっわ。ほんとむかつく。この猫、ほんとにアイリーンが気に入ったんだな。おい、あんまりアイリーンに擦り寄るな。減るだろう」
「にゃああ!」
『少し離れろ』と、白猫ディアナの首根っこを掴もうとするブラッドフォードに、白猫ディアナが毛を逆立てて応戦する。
「わあ。猫って、そこを掴んで移動させるのですね。ブラッドフォード様は、流石博識です」
「そうだね。首を掴んでやるとリラックスするのは確かだけど。今、気にするのがそこって、流石アイリーンだね」
クリスに苦笑され『では、どこを気にすべきなのか?』と、思うも分からないアイリーンは、何も聞かなかったことにして『怖くないですよー』と白猫ディアナに語り掛けた。
「なあーん」
「ふふ。可愛い」
「・・・・愛嬌で取り入ろうなど、小賢しい奴だな」
「にゃにゃん」
じろりとブラッドフォードが睨めば、アイリーンに優しく撫でられている白猫ディアナが、勝ち誇ったように、つんと上を向く。
「凄いです、ブラッドフォード様。猫ちゃんとも意思の疎通が図れるんですね!」
そして、そのまま目線で戦い始めたブラッドフォードと白猫ディアスを見て、アイリーンが感動の声をあげた。
「まあ。ある意味、意思の疎通は図れているとは思うけど。ある意味アイリーンも最強だよねえ」
「ぶれないからな」
「いつだって、ブラッドフォード第一だものね。でも、何にしても助かったよ。アイリーンが居なければ、ディアナが脱走してしまうところだった」
クリスが言えば、ひとりの侍女がものすごく深いお辞儀をする。
話によれば、彼女がディアナの毛並みを整えていた時に駆け出してしまい、いつもの居住区から外へ出てしまったらしい。
「一般区へ行かれてしまったら、捜索に時間もかかっただろうし、最悪の事態もあり得るからね」
一般区は広大なうえに人の出入りも多く、いくら柵や門があっても、猫はすり抜けたり飛び越えたりしてしまうからと、クリスは心から安堵したようにディアナの鼻をちょんとつついた。
「もう、あちらに行こうとしては駄目だよ?ディアナ」
「にゃん」
そんなクリスに『了解です』と、白猫ディアナが素直な鳴き声で答えた。
「よくいらしてくれたわね」
そう言って、笑顔で迎え入れてくれた王妃陛下に、アイリーンたちはきちんとした礼をとる。
「本日は、お招きくださいましてありがとうございます」
「ふふ。いつもクリスと仲良くしてくれてありがとう・・さあ、座って」
そして代表で挨拶をしたブラッドフォードに笑みで応え、アイリーン達にも優しく声をかけた。
「みゃん!」
「まあ、ディアナ。あなた、脱走したのですって?めっ、ですよ」
見た目がクリスにそっくりな王妃陛下は、その仕草まで見事にクリスと同じく、指先でちょんとディアナの鼻をつつく。
「危うく一般区へ行ってしまうところを、アイリーンに救われました」
「い、いえ。私はただ、立っていただけで」
「聞いているわ。驚いたでしょう?ごめんなさいね。ドレスは、何ともない?」
さり気ない気配りを見せる王妃陛下に、大丈夫だとアイリーンが答えていると、例の品が運ばれて来た。
同時に、白猫ディアナの瞳がきらりと光る。
「問題ございませんでした」
報告する侍従に頷きを返し、王妃陛下は彼らが準備していくのを確認してから、アイリーンを見た。
「無理言って、ごめんなさいね。でも、どうしても欲しくて」
「お気に召すといいのですが」
それはもう、王妃陛下次第のことと、アイリーンは、緊張して準備されていくテーブルを見る。
「アイリーンが用意したのは、お茶会のお菓子ってこと?」
思わず呟いたアシュトンが、はっと口を閉じるより早く、王妃陛下が優雅に笑った。
「自由に歓談して構わないわ。ふふ。アシュトンは、あれがお茶菓子だと思うのね?」
この状況では、そう思うのが妥当だろうと、王妃陛下は楽しそうに笑う。
「違うのでしょうか?」
「さあ。どうかしら。実物を見て、自分で判断してみるといいわ」
ふふ、と上品に、けれどとても楽しそうに瞳を煌めかせ、王妃陛下は奇しくもブラッドフォードと同じ提案をした。




