七、貴族院入学 9、
あの日、街で起きるはずだったのは、クリスとベティ・コーツの出会いイベントだったのか、それともアシュトンとベティ・コーツの出会いイベントだったのか。
そしてそれは、猫を探すイベントだったのか、不注意でぶつかってしまい、よろけたところを支えるイベントだったのか。
アイリーンが思い出せなかったことで、結局どちらなのか分からないまま、五人は入学して最初の休日を迎えた。
「ごめんね、アイリーン。またも母上が無理言って。母上が『どうしても欲しいから、おねだりしちゃった』なんて言い出した時は、めまいがしたよ。タペストリー再びで、驚いたよね?」
そして、記念すべきその日に、アイリーンはいつものメンバーと王城に赴いていた。
何となれば、王妃陛下にとあるものを依頼されたから。
「いいえ、大丈夫です。王妃陛下には、常日頃からご贔屓にしていただいていますので。そのお礼です」
「そう言ってくれて、ありがとう。でも、ヘアパックにしろ絵本にしろ、こちらも凄く助かっているよ」
アイリーンの言葉に安堵したような笑みを浮かべるクリスの横から、アシュトンがひょこりと顔を出す。
「ねえねえ。今回、王妃陛下がアイリーンにお願いしたものって何なの?」
アイリーンとブラッドフォードが、それぞれひとつずつ、両手で大切に持っている箱。
その中身だろうと予想は出来るものの、中が見えないので何なのか分からないと、アシュトンが焦れたようにアイリーンを見た。
「あれ?言っていませんでしたか?」
「聞いていないよ。え、もしかして俺だけ知らないとか!?」
「安心しろ。オレも知らない」
きょとんとするアイリーンにアシュトンが焦燥を募らせるも、モーリスのひと言で事なきを得た。
「まあ。僕は知っていたけれどね」
「そりゃあそうだろう。ブラッドフォードはアイリーンの婚約者なんだから」
折角落ち着いたところを、またつつくような言い方をしたブラッドフォードに、しかしアシュトンは、動揺することなく肩を竦める。
婚約者というだけでなく、ブラッドフォードとアイリーンは共に事業を運営している繋がりもあり、互いに信頼し合っていることなど一番近くで見ていて知っている、同じ土俵に立てるとも思っていないと割り切った。
「いや。ちょっと待て。今回の件が『タペストリー再び』というのなら、アイリーンがブラッドフォードに言ったのではない可能性が高い。むしろアーサーズ公爵夫人が先に絡んでいるのではないか?」
「鋭いね、モーリス。その通り。今回の品物は、アイリーンがアーサーズ公爵夫人に贈って、それを夫人から聞いた母上が自分も欲しいと暴走した結果、持って来てもらうことになったんだよ」
モーリスの推理にクリスが答え、アシュトンは『なるほど』と、手を打つ。
「それで、ブラッドフォードは知っていたのか」
「ああ。知っていたし、当然、中身を見たこともある」
自慢気に言って、ブラッドフォードは三人を見た。
「残念ながら、ぼくは話を聞いただけだから。見るのが楽しみだよ」
そんなブラッドフォードに、苦笑いでクリスが言えば、アシュトンが『はいはい』と手を挙げる。
「俺は、見る前に何なのか知りたい」
「あ、それなら。ええと、今回のは」
王妃陛下への贈り物なので、先に開けて見せることは出来ないが、品物の正体を言うだけならと口に仕掛けたアイリーンを、ブラッドフォードがそっと制す。
「アイリーン。前知識なしに見せて、何なのか当てさせるのも、面白いと思わない?」
「それ、いいです!そうしましょう!」
「えええええ。気になる」
ブラッドフォードの案に飛びついたアイリーンに、アシュトンが不満気に口を尖らせ、アイリーンが、くすくすと笑った。
「楽しみにしていてください。見て、一発でその用途が分かったら凄いです。あ、でも。アシュトン様なら分かってしまうかも」
「俺が分かりやすいもの?・・何だろ。武器関連を、アイリーンが作って王妃陛下に持って来るわけないし」
ぶつぶつとアシュトンが考えていると、モーリスがその背をぽんと叩いた。
「そろそろ、一般区を抜けるぞ」
「あ、うん」
「はい」
モーリスの忠告に、アシュトンだけでなくアイリーンも背筋を伸ばし、王族と許可された者のみが入れる門の前で、気持ちを落ち着かせるよう、小さく息を吐く。
「じゃあ、アイリーン、ブラッドフォード。悪いけど、その箱を侍従に渡してくれるかな」
「「はい」」
クリスの指示通り、門の内側から現れた侍従に箱を渡し、アイリーンは、心配そうにその箱の行方を見守った。
「何度来ても、緊張するわ」
「王妃陛下への贈り物だものね。何をしていなくても、検閲が済むまで、どきどきするよね」
アシュトンの言葉に、次期領主として幾度かこの門を通ったことのあるブラッドフォードとモーリスも頷きを返す。
「あれ?それって、ぼくの部屋に来る時は、そう緊張しないということ?・・・っ」
そんな三人を揶揄うようにクリスがそう言った時、何かが素早く駆け抜け、アイリーンに飛びついた。
「アイリーン!」
「え!な、なに?」
「みゃああん!」
混乱しつつも咄嗟に受け止めたアイリーンの腕のなかで、猫が興奮して鳴く。
「ね、ねこちゃん?え?どこから?」
「みゃん!にゃあ!」
「な、何かな?どうしたいの?」
「みゃみゃみゃああああん!」
「ディアナ!どうしてここに!?」
何かを訴えるように、アイリーンの胸元に顔を擦り付ける猫に、クリスが叫んだ。




