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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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39/64

七、貴族院入学 8、



「ねえ、アイリーン。猫を探す場所を覚えていないと言っていたけど。どんな猫かも分からないの?色とか大きさとか、しっぽが長いとか足が短いとか」

 今日は陽気もいいので、学園の庭園内にあるガゼボで昼食を摂ることにした五人は、アイリーン手製のランチを食べながら、ベティ・コーツの対策を練ろうということになり、未だ出会いイベントを回避していないクリスが口火を切った。

「すみません、クリス殿下。覚えていません。なので、クリス殿下、もしくはアシュトン様が飼っていらっしゃる猫なのか、どこか別の猫なのかも、分からないんです」

 申し訳なくなったアイリーンは、そっとクリスとアシュトンの皿にミニハンバーグを乗せる。

 そしてそれを見ていたブラッドフォードがすかさず自分の皿も出せば、アイリーンは当たり前のようにミニハンバーグを乗せ、ブラッドフォードの好物であるバターコーンも添えた。

「へえ、そうなんだ。クリスのところの猫は白くて、アシュトンのところの猫は黒で、視覚的にもすっごく分かりやすいはずなのに、覚えていない。それなのに、僕のはすごく詳しく覚えていた。モーリスみたいに、後出しでもなくて。つまりアイリーンは、それだけ僕のことが好きなんだね」

 猫の特徴など、対策をする為にも分かった方がいい情報なのにも関わらず、ブラッドフォードが嬉しそうに言うのを、クリスとアシュトンはげんなりと眺めた。

「それにしても美味しいよね。アイリーン手作りのお弁当」

 そして、そんなふたりに構わず、ブラッドフォードは噛みしめるように咀嚼して、ランチを堪能する

「はあ。念願かなってよかったな」

「まあね。優秀故に、逃すところだったんだからねえ」

 そんなブラッドフォードを見、自分達も様々な具材のおにぎりを食べながら、モーリスとアシュトンが視線を交わして、首を横に振った。

「それにしても。ブラッドフォードは有能で懐も深いのに、アイリーンのことになると狭量だよね」

 猫関連の出会いの話は諦めた様子で、クリスも色とりどりのおかずに手を伸ばす。

「そうそう。子供っぽくもなるしね」

「執着がひどい」

「何とでも言え」

 幼い頃から文武両道と名高いブラッドフォードなのに、アイリーンのこととなると残念になる。

 そう言い合う三人に、ブラッドフォードは痛くも痒くもないと言い切り、本当に美味しくて幸せだと、アイリーンに輝くような笑みを向けた。

 実はこのランチ。

 先日のブラッドフォードとベティ・コーツの出会いイベントが、即日回避されたことに起因している。


 それは、ベティ・コーツを無事に回避した、その直後のこと。

『長期戦を覚悟していたのに、今日だけで完了するなんて凄いです』

 ベティ・コーツが鍛錬場に入れないのを確認した後、きちんと鍛錬を熟したブラッドフォードを笑顔で賞賛したアイリーンに、ふとクリスが尋ねた。

『ねえ、アイリーン。もしも数日かかるとなったら、何か用意するつもりでいたんじゃない?』

『あ、はい。数日張り込みをすることになるのなら、差し入れというか、軽食を持って来ようと思っていました。でも、ブラッドフォード様の策で、そんな必要も無かったですね』

 さらりと言って『流石ブラッドフォード様』と笑うアイリーンに、ブラッドフォードが絶句した。

『っ。な、そうだったのか?アイリーン』

『おお。有能、先回りの弊害が出ちゃったねえ、ブラッドフォード』

『策士策に溺れる?いや、この場合は違うかな』

『クリス。それなら、自分で自分の首を絞めるでいいんじゃないか?』

『目的は達成できたけど、そのせいで他のうまみを(のが)しちゃったんだねえ』

 それならもっとやりようがあったと、ぶつぶつ呟くブラッドフォードの肩にアシュトンが腕を乗せ、クリスとモーリスも『優秀ゆえに』と、意味深な笑みを浮かべる。

『だけど、ブラッドフォード。今からできることも、あるんじゃないかな』

『そうだねえ。俺もそう思うよ。変えられない過去より、これからどうするか、じゃない?』

『言葉を惜しむな』

 三人の言葉にこくりと息を呑み、ブラッドフォードはアイリーンと真正面から向き直った。

 願いはただひとつ。

 貴族院で、アイリーン手作りの料理を食べること。

 いわば、学生の時にだけできるランチデート。

『あ、アイリーン。張り込みはしなくなったけど、その。アイリーンの差し入れ食べたいな、なんて』

 こみ上げる気恥ずかしさを乗り越え、何とか絞り出した言葉に、アイリーンが困ったような表情になる。

『ブラッドフォード様。期待させてしまったのなら申し訳ないですけれど、何も特別な物を作るつもりはなかったですよ?いつもの、お茶会やお食事会のお菓子やお料理を持ってくるつもりだったので』

『あ、いや。そうじゃなくて。その、貴族院で』

『貴族院で?』

 特別仕様ではないと、申し訳なく思うアイリーンに、ブラッドフォードが言葉を繋ぎ、何とか伝えようとするもアイリーンは首を傾げるばかり。

『ブラッドフォード。アイリーンには、はっきり言わないと伝わらないと思うよ?』

『うん。俺もそう思う』

『アイリーンの、ブラッドフォード関連の鈍さは、筋金入りだからな』

クリス達は、そんな背を押すように声をかけた。

『アイリーン。僕は、この貴族院でアイリーンのお手製のものが食べたい。張り込みじゃないなら、アイリーンの手作り弁当で、ランチがしたい』


 そうして『なるほど。ピクニックのような感覚ですね!』と快諾したアイリーンが、当然のように五人分のランチを用意して、今この場がある。

 ふたりきりではなく、いつも通り五人でのランチになってしまったが、アイリーンは自分を特別扱いしていることも確認でき、ブラッドフォードとしては大満足だった。



「ねえねえ。あそこに破廉恥がいるよ」

「本当だね。そしてまた、何かを待っているみたいだ」

「ということは、この近くで出会いイベントがあるということかな」

「猫か?それともぶつかる方か?」

「「「「アイリーン、どちらか分かる?」」」」

「・・・・・すみません。分かりません」

 その日の放課後。

 クリスのレストランと、アイリーンとブラッドフォードの本屋を訪れた五人は、商業ギルドの近くに佇むベティ・コーツに気が付いた。

 そして、顔を覗き込む勢いで尋ねられたアイリーンは、消えられるならそうしたいと言わぬばかりに小さくなって、分からないと告げた。


 えええええ。

 どっちだろう?

 猫を街中で探した?

 それとも、ぶつかった?

 そもそも、どうしてその攻略対象は街に居たんだっけ?


「大丈夫だよ、アイリーン。あれに近寄らなければいいんだから」

「そうだな」

「うん。君子危うきに近寄らずって言うしね。んじゃ、何か食べようよ。フォーの屋台もあるしさ」

「この辺りで出会いイベント、か。それなら、ぼくなのかな?ほら、レストランからも近いし」

 自分がオーナーを務めているレストランが近いことで、そう発言したクリスに、アイリーンが口元を歪めた。

「ええと、すみません。ゲームでは、クリス殿下はレストランのオーナーにはなりません」

「ゲームでのアイリーンは、それほどクリス達とは、親しくならなかったらしいんだ。だから、随分状況は変わっているんだよ」

 またも小さくなるアイリーンに、ブラッドフォードが加勢するように続ける。

「そうなんだね。じゃあ、ゲームのブラッドフォードは親しくなっていたのに、アイリーンを断罪したの?」 

「・・・・・」

 クリスの容赦ないひと言に、ブラッドフォードが無言で沈んだ。



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