二、飛び出す絵本 1、
「・・・ああ、疲れた・・・けど、何だか楽しかったし、最高に麗しかった・・はあ」
ブラッドフォードとの顔合わせを終え、自邸へと戻ったアイリーンは、着替えを済ませるなりベッドに思い切り寝転んだ。
ゲーム通り、麗しくも凛々しいブラッドフォードは、聞き上手なうえ、話をまとめるのも上手く、いつのまにか記憶のありったけを洗いざらい話してしまっていたアイリーンからの情報で、ふたりの今後の活動方針も決定した。
曰く。
貴族院に入学するまでの三年間は、普通に婚約者として過ごす。
そして、貴族院に入学してからも、事態が動かない限り、普通に婚約者として過ごす。
その後、何事も無ければ、予定通り婚姻する。
という、なんともシンプルなものであるが、ここでひとつ、アイリーンは強硬に条文を追加してもらった。
それは、ブラッドフォードがベティ・コーツ男爵令嬢に惹かれた場合、即座に穏便なる婚約解消をすること。
「はあ。それにしても。生身のブラッドフォード様、やっぱり格好良かった」
それに、ゲームで見ていた時よりも少し幼くて『僕は、そんな阿婆擦れに惚れたりしない。心外だ』などと言う姿は、なんだか大人ぶっているようで、心をくすぐられた。
などと感慨深く思うアイリーンも、未だ同じ十二歳なのだが。
「それにしても。これから三年間。誰よりも近い特等席で、ブラッドフォード様のお姿を追えるなんて素敵。幸せ。最高。神様からの贈り物と思って、大事に過ごそう」
間違いなく一生の思い出になると、アイリーンは胸をときめかせる。
「ああ。明後日は早速、ブラッドフォード様と、噂のカフェに行くのかあ。ああ。正面きって、ブラッドフォード様って言ったら、裏の無い無邪気な笑顔で微笑んでくれたり・・・無理。そんなことになったら、心臓がもたない」
ブラッドフォードが居ないところでは、前世の記憶のままに名前呼びすることが可能だが、生身の本人を前にして、それは不可能だと、アイリーンは断っておいてよかったと、自分を褒めたい気持ちになった。
「ブラッドフォード様・・ああ、あなたはどうしてブラッドフォード様なの?なんて・・・っ!」
ひとり、ベッドの上で幸せにひたっていたアイリーンは、部屋の扉を軽く叩く音に即座にベッドから下りて居住まいを正す。
「失礼いたします、アイリーンお嬢様。カイル坊ちゃまが、飛び出す絵本を読んでほしいとおっしゃっているのですが、お時間、大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ないわ。どうぞ、入って」
「おっねえしゃまっ!」
許可と同時に扉が開き、アイリーンの幼い弟が駆け込んで来る。
「カイル!」
「きゃああ!」
しゃがんだアイリーンに飛びついて、カイルが満面の笑みを浮かべた。
二歳になったばかりのカイルは愛らしく、アイリーンは頬擦りを繰り返す。
「おっねえしゃまっ。ごほん、よんでくだしゃ」
「ええ。もちろんいいわよ」
アイリーンが言えば、カイルは大事に抱えて来たその本を両手で差し出した。
それは、アイリーン手作りの飛び出す絵本。
「かいりゅ、こえ、しゅき。こえ、かいりゅ、の。おっねえしゃまっ、つくってくえた」
侍女の手でソファーに座らせてもらったカイルが、きらきらと瞳を輝かせて自慢するように言った。
「本当に素敵なご本ですよね」
「う!」
「ふふ。そんな風に言ってくれて、ありがと」
この世界には、絵本というものが無い。
小さい頃から物語を読んでもらうのが好きだったアイリーンは、もっと簡単に、自分でも読める本があればいいのと思って来た。
そこで、小さな弟に作ってあげようと思案して作ったのが、飛び出す絵本だった。
といっても、私は絵の才能も皆無だから、丸と四角と三角だけの簡単なものなんだけど。
「四角さん、ぴょーん!」
「ぴょーん!」
「丸さん、ぴょぴょーん!」
「ぴょっぴょーん!」
「三角さんも、ぴょぴょぴょーん!」
「ぴょっぴょぴょ-ん!」
それは、四角と三角と丸が、ページを開くたびに飛び出してくるだけの、図形を覚えるための絵本と化していて、いつかもっとちゃんとした飛び出す絵本を作りたい野望に燃えるアイリーンは知らない。
『これは、凄いな。幼児教育に役立つ』
『ええ。きちんと、しておいてあげましょう』
アイリーンが、カイルのことだけを考えて作った飛び出す絵本の権利を、両親がきちんと登録しておいてくれたことを。
~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。




