二、飛び出す絵本 2、
「うわあ。絶景ですね」
きらきらと、瞳を輝かせてアイリーンが見つめている場所。
それは、アーサーズ公爵夫人お気に入りのカフェ、のケーキたちが並べられているショーケース。
「好きなだけ、頼むといいよ。何なら、全種類でも」
そんなアイリーンを嬉しそうに見つめ、ブラッドフォードがそう言った。
「全種類は、流石に食べきれませんわ・・ああ、本当に悩ましい」
貴族なら、ひと口ずつ食べて終わり、後は処分して、なんてこともあり得るのだろうが、アイリーンはそういったことはしたくない。
食べ物を粗末にするなど、もってのほかだと思っている。
そして、そういった面でもブラッドフォードとは、気が合った。
「そうか・・邸でもないし、食べさしは当然処分されるだろうからな。じゃあ、僕と半分ずつ食べよう。それなら、複数個、食べられるだろう?」
当然のように提案するブラッドフォードを、アイリーンは期待の目で見つめてしまう。
「よろしいのですか?」
「いいから、言っている。ほら、自由に選ぶといい」
未だ十二歳の少年なのに、年上かの如く大人びた風情で答えられ、アイリーンは『あれ?前世の私は確か、もっとずっと年上だったはず』と過るも、本能がそれを瞬殺した。
「ありがとうございます!では、アーサーズ公爵子息は、どれがいいですか?」
「アイリーンが選んだもので、大丈夫だよ」
「それも嬉しいですけど。それよりも、アーサーズ公爵子息が選んだものを、一緒に食べたいです!」
「っ!」
心底からの言葉でアイリーンが言えば、ブラッドフォードが撃ち抜かれたように目を見開く。
「アーサーズ公爵子息は、どんなケーキが好きですか?」
「・・・んっ。あんまり、考えたことが無いな。出てきたものを食べて、美味しいとは思うけど」
はっとして現実に立ち戻り『自分から、甘味を積極的に食べようと思ったこと、ないかもしれない』と苦笑して、ブラッドフォードは困ったようにアイリーンを見た。
「そうなんですね。では、苦手な食材などは?」
「好き嫌いは、無い。アイリーンは?」
「私もです。お揃いですね」
言いつつも、硝子の向こうのケーキたちから目を離さないアイリーン。
「アイリーンは、どれがいい?」
「どうしましょう。ふたつには、絞ったんですけれど」
「じゃあ、それを頼むといいよ。それで、僕もふたつ選んで半分ずつ食べれば、いいんじゃない?そんなに大きなケーキじゃないから、大丈夫だろう?」
「はいっ!」
ブラッドフォードの言葉に、アイリーンは弾けるような笑みを浮かべた。
「そういえば、私。家族以外のひとと、こういう場所に来たの初めてです」
ケーキと飲み物を選び終え、個室へと腰を落ち着けたアイリーンが、室内を眺めつつ言えば、ブラッドフォードも頷いた。
「僕もだよ。お揃いだね」
「お揃い。アーサーズ公爵子息とお揃い。それに、初めて」
未だ十二歳であるという年齢を考えれば当然とも言えるのだが、推しであるブラッドフォードとお揃い、しかも、初めてを一緒に体験できているということに、アイリーンは感動してしまう。
「好き嫌いが無いのもお揃い、って。さっきはアイリーンが言ったのに。今は、そんなに感動するんだ」
「私が言うのと、アーサーズ公爵子息が言ってくれるのとでは、重みが違います」
『むしろ、同じはずがない』と、きっぱり言い切るアイリーンを、ブラッドフォードは面白いものを見るように見つめた。
「アイリーンは、普段、屋敷ではどんな風に過ごしているの?」
「私は、習い事とお勉強ですね」
どれも得意とは言えないが、貴族令嬢としての必須素養だと言われてしまえば、逃れることなど出来ないと、アイリーンは遠い目をして答える。
「そこは、僕と同じだね。僕は、ヴァイオリンを弾くのだけれど、アイリーンは?」
「ピアノ、ですね」
これも、貴族としての嗜みのひとつに数えられる楽器演奏。
本当に、人の向き不向きを考えない風潮だと、演奏家となるには程遠い腕前のアイリーンは考察する。
まあ、もっとも。
私に向いているものなんて、あるかどうかも謎だけれど。
「そうか。なら今度、合奏しよう。うちにも、なかなかいいピアノがあるから」
そんなアイリーンに、ブラッドフォードは嬉しそうに声をかけた。
「・・・合奏。アーサーズ公爵子息と、合奏」
「アイリーン?もしかして、僕と合奏するのは、嫌?」
「いいえ、とんでもないです。ただ・・ええと・・ピアノ。弾けることには弾けるのですが、あまり、得意ではなくてですね。誰とも・・家族とさえ、合奏、したことが無いのです」
『十二歳にもなって、そんな貴族令嬢は普通いないことは知っている』と、目を彷徨わせつつ言うアイリーンに、ブラッドフォードは益々声を弾ませた。
「それは嬉しいな。アイリーンの初めての合奏相手が僕。僕は、家族や友人とは合奏したことがあるけれど、他家の女性とはしたことがないから。アイリーンとが初めて。だから、これもお揃い認定でいいよね?」
『どうだろう?』と、少し照れたように微笑むブラッドフォードを前に、アイリーンは気絶しそうになる。
ああ!
推しが尊い!
その笑顔のスチルが欲しい!
「はい。死ぬ気で練習しておきます」
ならば答えはひとつだと、アイリーンは決死の覚悟でそう答えた。
~・~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。




