七、貴族院入学 5、
ああ。
あれは、ゲームでの鍛錬場を知っている顔だわ。
「なっ、なによこれ!こんな壁があるとかしらな・・え!?じゃあ、ここじゃない鍛錬場!?んなわけないよね。だって、このあたしが間違うわけないし!何度やったと思ってんの!?貴族院内の地図もばっちり頭に入ってるっての!で!じゃあ!なんで!こんなもんがあんのよ!ちょっと!説明しなさいよ!」
そして、叫んだ言葉の数々に、攻略対象である四人はそれぞれの反応を見せた。
「うわあ。あれ、誰に向かって言ってんの?」
「見て。人が避けて行くよ」
「人的被害だな」
「嫌だな、モーリス。その原因も、一応だけど人だよ?」
呆れたように言ったアシュトンにクリスが続き、モーリスの見解にブラッドフォードが突っ込む。
そしてアイリーンは、あまりのことに言葉を失った。
え。
あれがヒロイン?
噓でしょ。
だって、あんな言葉遣いじゃなかったし、態度だって、なんか。
「まあ、これで黒だと確定だな・・・アイリーン?帰っておいで」
ゲームのヒロインが、何をもって自分がされたすべてはアイリーンがやったことだと確信したのかは分からないが、それでもゲームのヒロインは愛らしく、やわらかな印象だったと、現実を受け入れられないアイリーンの前で、ブラッドフォードがひらひらと手を振る。
「ねえ、アイリーン。ぼくは、あれに篭絡されるの?」
「うわあ。想像よりずっと酷いよ。破廉恥って言葉じゃ、生易しいよ」
「アイリーン。念のため聞くが。お前はあれを、可愛いだの愛らしいだのと言っていたのか?」
「あ。それは、僕も聞きたいかな」
『趣味を疑う』と、言葉にしたモーリスだけでなく、クリスにもアシュトンにも、更には、どこか楽し気なブラッドフォードにまで同様の瞳を向けられ、アイリーンはため息を吐いた。
「そんなはずないでしょ。ゲームのヒロインは、本当に愛らしくて可愛かったのよ」
悪い夢でも見ているようだと呟いたアイリーンの眼下で、ヒロインが決意したように鍛錬場の門に向かう。
「はあ!?『見学か?』ですって!?そんなわけないでしょ!あたしは、ブラッドフォードの近くで道に迷わないといけないのよ!」
そして、間もなく聞こえて来たヒロイン・・ベティ・コーツの言葉に、鍛錬場の管理者が警戒の声をあげた。
「君は、鍛錬場を彷徨い歩くつもりなのか?そのような危険な行為は認められない」
きっぱりと言い切った管理者は、それ以降、ベティが何を言っても取り合わず、しばらく粘ったベティも、諦めの表情で門から離れた。
「今日ここにブラッドフォードが来ていることは確実なんだから、ここで待っていればいいよね」
「待っている、という段階で、既に偶然の出会いでは、ないよね。それに、弓の鍛錬中で危ないっていうのも、もう当てはまらないし」
「だねえ。それにしても、なんか、やけに人が多くない?」
「ブラッドフォード。お前やはり餌だったな」
「餌っていうな。まあ、多少は仕方ないよ」
校舎内で弓を持って歩き『今日は、鍛錬場に行く』と触れ回った結果、ベティ以外にも自分と親しくなりたい学生を釣ってしまったブラッドフォードは、そう言って肩を竦めた。
そして。
「ふおお。それって、ブラッドフォード様を推すひとが、あんなにたくさんいるってこと!?じゃあ、お友達になってブラッドフォード様語りを存分に」
『今こそ、この推しへの思いを共に語らん』と、異様な空気を醸し出したアイリーンは、その額をぺちりと叩かれる。
「アイリーン。誰と、語るって言ったの?」
「はい。未だ限定できませんが、あちらにいるたくさんのブラッドフォード様を推す方々と」
明るい表情で言ったアイリーンに、ブラッドフォードは目を眇めた。
「へえ。見たところ、男子生徒もいるけど?」
「そこは、きちんと節度を保って」
「ふうん」
「・・・せ、節度を保つので・・その」
「・・・・・」
「な、なにも・・ふ、ふたりでというわけでは・・・ぐふっ。な、なんでもありません」
『ふたりで』と言った途端、一気に圧を増したブラッドフォードに、アイリーンは頽れた。
「勝負あったね、アイリーン」
「もう。勝てるわけないじゃないか。ほらほら。ブラッドフォード語りがしたいなら、俺達が付き合ってあげるから」
「いい加減、学習しろ」
「はひ」
『ブラッドフォード、未だかな』と、胸弾ませるベティのことなど忘れ、五人はわいわいと階段を下りて行った。




