七、貴族院入学 3、
「わあ、広い。そして、壁の内側は屋根が無いのね・・って、屋外鍛錬場なんだから当たり前か」
衝撃の鍛錬場を、外側から確認した翌日。
アイリーンは、再びブラッドフォードたちと五人で屋外鍛錬場を訪れ、今回は初めてその内側まで入り、その広さに目を丸くした。
「これだけ広ければ、周囲を走るだけでも相当な運動量になるな」
「モーリスは、走るのだけは昔から好きだったし、速かったもんねえ」
「そして今は、見事な短剣の使い手となったよね」
『今すぐ走りたい』と言わぬばかりのモーリスに、アシュトンとクリスが続き、アイリーンとブラッドフォードは、微笑み合って目混ぜする。
《この話題が出ると、初めてアイリーンと食べさせ合いをしたときのことを思い出すよ》
《今のモーリス様なら、野犬に襲われても怪我をすることなく、ヒロインを護れますよね》
《あの時のアイリーンは、本当に可愛かったな。いや、今も可愛いけど》
《でも、怪我をしないと利き手が不自由にならないから、食べさせ合う理由は何になるのかな?》
《アイリーンは恥ずかしがるけど、その表情も可愛いし。何より、好きだから食べさせたくなるんだよね》
《まあ。好きだから食べさせ合う、でいいのかな》
「オレが短剣を扱うようになるなど、親も自分も予想だにしなかったが。でも、扱えるようになってよかった。より自分に自信が持てるようになったからな。これは、アイリーンに本当に感謝している」
嚙み合っているのかいないのか。
ほぼ噛み合っていないような、視線でのブラッドフォードとの会話を終えたアイリーンに、モーリスがはにかみながら礼を言う。
「でもさ。『モーリス様は、野犬に襲われたヒロインを、勇敢に護ろうとするのです。文には秀でているけど武はからっきしのモーリス様が』ってアイリーンが言い出した時、モーリス凄く嫌な顔していたよね」
「そうだったね。『オレが、尻軽を野犬から身を挺して護る?そんな不快なイベントがあるのか』って、思い出しても苦い顔をしていた」
『そうだった、そうだった』と、笑いながら話すアシュトンとクリスに、モーリスが、それこそ嫌そうな顔を向けた。
「アシュトンもクリスも、他人事と思うから、そんな呑気な事が言えるんだ」
「いや。だって他人事だし」
「何を言っている。似たような状況に陥るくせに」
「うぐっ。そうだった」
片目をあげてあっさり言ったアシュトンにモーリスが反撃し、クリスが『そういえば』と声をあげる。
「ねえ、アイリーン。聞きたいのだけれど。今のモーリスは、短剣を扱えるようになって身体の動きもよくなったから、野犬に襲われたとしても、ちょっとやそっとでは怪我なんかしないだろうけど。ヒロインと一緒に野犬に襲われることは、変わらないのかな?」
「あ、そっか。ひとつの前提を回避しても、イベントは起きるかもってこと?でさ、そんときは、破廉恥も一緒に居るわけ?」
クリスの問いに、モーリスの反撃で受けた衝撃から立ち直ったアシュトンが加わり、口を出さないまま、モーリスも真剣な表情でアイリーンを見た。
「イベントは、好感度によって起きるかどうかが決まるので、その時ヒロインが一緒にいるかどうかは分からないのですが」
「いずれにしても、事件そのものは起こるんじゃないかと、僕達は考えている」
アイリーンの言葉にブラッドフォードが続ければ、三人は、一様にほっとした表情になる。
「そうか。好感度。なら、大丈夫だね」
「そうだね。俺達、破廉恥になんて近づかないし」
「興味もないから、回避は容易い」
「ええええ。怪我はしてほしくないですけど、そんなにヒロインを嫌わなくても。本当に可愛くて、いい子なんですよ?」
ヒロインと絡まないのならいいと、心底安堵している三人に、アイリーンは複雑だと、苦い顔になった。
「それは、アイリーンが知っている・・というか、アイリーンだったヒロインだろう?この現実に居るのは、違う可能性も高い。というわけで、確認に行こう。そろそろ、いい頃合いじゃないか?」
ブラッドフォードに言われ、アイリーンは、はっと手を打つ。
「あ、そうだった。そのために鍛錬場に来たんだったわ。じゃあ、一回出て、ヒロインが来ているか確認しましょう・・って。でも、それだとヒロインにも気づかれてしまうわね。それでもいいのかな?」
ヒロインとブラッドフォードの出会いの場面を生で見たい気持ちはあるが、偶然を装うにも無理があると悩むアイリーンの額を、ブラッドフォードがぺちりと叩いた。
「痛いです。暴力反対」
「僕の心は、もっと痛いよ?・・・言葉の暴力反対」
むう、とブラッドフォードを見上げるアイリーンと、そんなアイリーンを、意味ありげな笑みで見つめ返すブラッドフォード。
「・・・・うう。ごめんなさい」
「はい。よくできました」
そう言うと、ブラッドフォードはアイリーンの額を撫でる。
「はあ。毎度毎度。お前ら、よくやるよ」
「そう言わないであげようよ。きっと、ふたりには必要なことなんだろうから」
「寸劇だと思えばいい」
いつものことと、そんなふたりを見守っていた三人に、ブラッドフォードがくるりと向いた。
「じゃあ、行こう」
「それで、どうするの?時間差にでもする?」
「あ。それなら、いけるかも。ブラッドフォードが先に行って、俺達は少し後から行け・・ば」
言いかけたクリスは、そこで顔を引き攣らせて固まった。
目の前には、黒い何かを吹き出すブラッドフォード。
「それだと、僕は節操無し女を回避できないよね?クリスもアシュトンも、それでいいと?」
「仕方ない。今後のためだ。腹を括って、餌となれ。ブラッドフォード」
「ならないから」
『確認は必須。多少の犠牲は仕方なし』と言うモーリスにきっぱりと返すブラッドフォードの袖を、アイリーンがくいくいと引く。
「ねえ。思ったんだけど。私だけ行ってみればいいんじゃない?ほら、私は攻略対象じゃないから」
「でも。その節操無し女に、アイリーンは嵌められたり、貶められたりするんだよね?そんな危険な真似、僕がさせるとでも?」
「そうだけど。でも、ここで確認しないと、他の出会いイベントの場所、覚えていないんだもの」
場所を覚えていないのは自分の責任だと言うアイリーンの頭を、ブラッドフォードが、ぽんぽんと軽く叩いた。
「そんなの、気にしなくて大丈夫だよ」
「そうだよ、アイリーン。何だったら、俺がちゃちゃっと走って見て来ようか?」
「いや。いい場所がある」
殊更に明るく言ったアシュトンにそう言うと、ブラッドフォードは鍛錬場の門の傍にある、小さな入口を指さした。
「うわあ。俺、何だか分かっちゃった」
「ぼくも。でもあれ、鍛錬場に必要なのかな?」
「不要だろう。砦じゃあるまいし」
「え?なに?何なの?何の入口?」
それを見ただけで何であるかを理解したらしい三人に『どうしてあれだけで分かるの』と、きょろきょろするアイリーンの肩を、ブラッドフォードが、ぽんと叩く。
「いい景色が見られるから、行こう」
「あ!展望台!?だから、鍛錬場には不要って・・あれ?でも砦とか言っていたわよね?」
「まあまあ。いいから、いいから」
『何の関係が?』と混乱したままのアイリーンを導き、ブラッドフォードは鍵を用いてその小さな扉を開くと、躊躇うことなく中に入って行った。




