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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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34/62

七、貴族院入学 3、



「わあ、広い。そして、壁の内側は屋根が無いのね・・って、屋外鍛錬場なんだから当たり前か」

 衝撃の鍛錬場を、外側から確認した翌日。

 アイリーンは、再びブラッドフォードたちと五人で屋外鍛錬場を訪れ、今回は初めてその内側まで入り、その広さに目を丸くした。

「これだけ広ければ、周囲を走るだけでも相当な運動量になるな」

「モーリスは、走るのだけは昔から好きだったし、速かったもんねえ」

「そして今は、見事な短剣の使い手となったよね」

 『今すぐ走りたい』と言わぬばかりのモーリスに、アシュトンとクリスが続き、アイリーンとブラッドフォードは、微笑み合って目混ぜする。


《この話題が出ると、初めてアイリーンと食べさせ合いをしたときのことを思い出すよ》

《今のモーリス様なら、野犬に襲われても怪我をすることなく、ヒロインを護れますよね》

《あの時のアイリーンは、本当に可愛かったな。いや、今も可愛いけど》

《でも、怪我をしないと利き手が不自由にならないから、食べさせ合う理由は何になるのかな?》

《アイリーンは恥ずかしがるけど、その表情も可愛いし。何より、好きだから食べさせたくなるんだよね》

《まあ。好きだから食べさせ合う、でいいのかな》


「オレが短剣を扱うようになるなど、親も自分も予想だにしなかったが。でも、扱えるようになってよかった。より自分に自信が持てるようになったからな。これは、アイリーンに本当に感謝している」

 嚙み合っているのかいないのか。

ほぼ噛み合っていないような、視線でのブラッドフォードとの会話を終えたアイリーンに、モーリスがはにかみながら礼を言う。

「でもさ。『モーリス様は、野犬に襲われたヒロインを、勇敢に護ろうとするのです。文には秀でているけど武はからっきしのモーリス様が』ってアイリーンが言い出した時、モーリス凄く嫌な顔していたよね」

「そうだったね。『オレが、尻軽を野犬から身を挺して護る?そんな不快なイベントがあるのか』って、思い出しても苦い顔をしていた」

 『そうだった、そうだった』と、笑いながら話すアシュトンとクリスに、モーリスが、それこそ嫌そうな顔を向けた。

「アシュトンもクリスも、他人事と思うから、そんな呑気な事が言えるんだ」

「いや。だって他人事だし」

「何を言っている。似たような状況に陥るくせに」

「うぐっ。そうだった」

 片目をあげてあっさり言ったアシュトンにモーリスが反撃し、クリスが『そういえば』と声をあげる。

「ねえ、アイリーン。聞きたいのだけれど。今のモーリスは、短剣を扱えるようになって身体の動きもよくなったから、野犬に襲われたとしても、ちょっとやそっとでは怪我なんかしないだろうけど。ヒロインと一緒に野犬に襲われることは、変わらないのかな?」

「あ、そっか。ひとつの前提を回避しても、イベントは起きるかもってこと?でさ、そんときは、破廉恥も一緒に居るわけ?」

 クリスの問いに、モーリスの反撃で受けた衝撃から立ち直ったアシュトンが加わり、口を出さないまま、モーリスも真剣な表情でアイリーンを見た。

「イベントは、好感度によって起きるかどうかが決まるので、その時ヒロインが一緒にいるかどうかは分からないのですが」

「いずれにしても、事件そのものは起こるんじゃないかと、僕達は考えている」

 アイリーンの言葉にブラッドフォードが続ければ、三人は、一様(いちよう)にほっとした表情になる。

「そうか。好感度。なら、大丈夫だね」

「そうだね。俺達、破廉恥になんて近づかないし」

「興味もないから、回避は容易(たやす)い」

「ええええ。怪我はしてほしくないですけど、そんなにヒロインを嫌わなくても。本当に可愛くて、いい子なんですよ?」

ヒロインと絡まないのならいいと、心底安堵している三人に、アイリーンは複雑だと、苦い顔になった。

「それは、アイリーンが知っている・・というか、アイリーンだったヒロインだろう?この現実に居るのは、違う可能性も高い。というわけで、確認に行こう。そろそろ、いい頃合いじゃないか?」

 ブラッドフォードに言われ、アイリーンは、はっと手を打つ。

「あ、そうだった。そのために鍛錬場に来たんだったわ。じゃあ、一回出て、ヒロインが来ているか確認しましょう・・って。でも、それだとヒロインにも気づかれてしまうわね。それでもいいのかな?」

 ヒロインとブラッドフォードの出会いの場面を生で見たい気持ちはあるが、偶然を装うにも無理があると悩むアイリーンの額を、ブラッドフォードがぺちりと叩いた。

「痛いです。暴力反対」

「僕の心は、もっと痛いよ?・・・言葉の暴力反対」

 むう、とブラッドフォードを見上げるアイリーンと、そんなアイリーンを、意味ありげな笑みで見つめ返すブラッドフォード。

「・・・・うう。ごめんなさい」

「はい。よくできました」

 そう言うと、ブラッドフォードはアイリーンの額を撫でる。


「はあ。毎度毎度。お前ら、よくやるよ」

「そう言わないであげようよ。きっと、ふたりには必要なことなんだろうから」

「寸劇だと思えばいい」

 いつものことと、そんなふたりを見守っていた三人に、ブラッドフォードがくるりと向いた。

「じゃあ、行こう」

「それで、どうするの?時間差にでもする?」

「あ。それなら、いけるかも。ブラッドフォードが先に行って、俺達は少し後から行け・・ば」

 言いかけたクリスは、そこで顔を引き攣らせて固まった。

 目の前には、黒い何かを吹き出すブラッドフォード。

「それだと、僕は節操無し女を回避できないよね?クリスもアシュトンも、それでいいと?」

「仕方ない。今後のためだ。腹を括って、餌となれ。ブラッドフォード」

「ならないから」

 『確認は必須。多少の犠牲は仕方なし』と言うモーリスにきっぱりと返すブラッドフォードの袖を、アイリーンがくいくいと引く。

「ねえ。思ったんだけど。私だけ行ってみればいいんじゃない?ほら、私は攻略対象じゃないから」

「でも。その節操無し女に、アイリーンは嵌められたり、貶められたりするんだよね?そんな危険な真似、僕がさせるとでも?」

「そうだけど。でも、ここで確認しないと、他の出会いイベントの場所、覚えていないんだもの」

 場所を覚えていないのは自分の責任だと言うアイリーンの頭を、ブラッドフォードが、ぽんぽんと軽く叩いた。

「そんなの、気にしなくて大丈夫だよ」

「そうだよ、アイリーン。何だったら、俺がちゃちゃっと走って見て来ようか?」

「いや。いい場所がある」

 殊更に明るく言ったアシュトンにそう言うと、ブラッドフォードは鍛錬場の門の傍にある、小さな入口を指さした。

「うわあ。俺、何だか分かっちゃった」

「ぼくも。でもあれ、鍛錬場に必要なのかな?」

「不要だろう。砦じゃあるまいし」

「え?なに?何なの?何の入口?」

 それを見ただけで何であるかを理解したらしい三人に『どうしてあれだけで分かるの』と、きょろきょろするアイリーンの肩を、ブラッドフォードが、ぽんと叩く。

「いい景色が見られるから、行こう」

「あ!展望台!?だから、鍛錬場には不要って・・あれ?でも砦とか言っていたわよね?」

「まあまあ。いいから、いいから」

 『何の関係が?』と混乱したままのアイリーンを導き、ブラッドフォードは鍵を用いてその小さな扉を開くと、躊躇うことなく中に入って行った。




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