七、貴族院入学 2、
「え。何ここ」
入学式の翌日。
ゲームで、ヒロインとブラッドフォードが出会う屋外鍛錬場に、ブラッドフォードやクリス、モーリスにアシュトンと、五人揃ってその場所を訪れたアイリーンは、その様相を見るなり絶句して立ち止まった。
「何、って。屋外鍛錬場だよ、アイリーン。僕はここでも鍛錬をするつもりだから、見に来てね。ちゃんと、見学席も用意してあるから危険は無いよ」
「うっお立派!充分な高さの外壁もあるし、門からしか入れないっていうのがいいな。安全を確保できる。中も早く見てえ」
呆然と、自分の背より高い外壁を見つめるアイリーンにブラッドフォードが笑顔で答え、アシュトンは、その設備の充実さに目を輝かせる。
「なるほど。ここがブラッドフォードの悪夢の開始場所か。しかし、どうやって弓の鍛錬中のブラッドフォードと出会うんだ?まさか、門のなかまで迷い込んだというのか?それとも、ブラッドフォードは、中に入らずに弓の鍛錬をしていたのか?この、外側で?」
『ブラッドフォードが、そんな無作法なことを?』と不思議そうに言うモーリスに、アイリーンは、力なく首を横に振った。
「違うわ・・・そうじゃなくて」
「だよね。鍛錬場の外で弓を射るなんて、そんな危険なことしてたら、俺が殴る」
あまりのことに現実を受け入れられないまま、アイリーンが呟くように答えると、アシュトンがそれならいいと頷く。
「ねえ、ブラッドフォード。ブラッドフォードは、ぼくたちより先に、アイリーンから出会いについて聞いていたんだよね?」
立派な外壁を見つめ、門を見つめ、そして、呆然としたままのアイリーンを見つめたクリスは、何かを確信した様子でブラッドフォードを見た。
「ああ」
そして短く答えたブラッドフォードの満足そうな笑みを見て、モーリスとアシュトンも、何があったのか、その正解に辿り着く。
「ふ。そういうことか」
「はあ。ブラッドフォード、徹底しているねえ」
「え?どういうこと?ここが鍛錬場?どうして?私が知っている鍛錬場と違うのはなんで?これじゃあ、弓の鍛錬中に偶然出会うなんて、無理じゃない」
納得と頷く四人に対し、混乱したままのアイリーンが、その表情に絶望を滲ませて、説明を求めるように四人を順繰りに見た。
「だって、危険じゃないか。『ここから先は鍛錬場となっているため、要注意』と書かれた木札があるだけの屋外鍛錬場なんて。あんなのはもう、鍛錬場じゃないよ。ただの危険区域だよ」
「・・そう、言われれば、そう、だけど」
したり顔で言うブラッドフォードに、アイリーンは、納得のいかないまま呟く。
確かに言われてみればその通りなのだが、ゲームではそれが当たり前とされていたし、そうでなければ成り立たないイベントもあるのにと、アイリーンは口ごもる。
「だからね。入学前にその実態を知った僕は、父上に進言したんだ。『あんな場所で弓の鍛錬をしていて、見学に来たアイリーンにもしものことがあったら大変だ』ってね。もちろん、だから今すぐ整備しろって、貴族院側に要請するのは傲慢だろう?資金のこととか、色々あるだろうし。それで、うちからの寄進という形にさせてもらったんだ」
『入学式前に間に合って、本当によかったよ』と笑うブラッドフォードを、クリスとアシュトン、モーリスは呆れたように見つめた。
「まあ。危険の無い鍛錬場があるのは、いいことか」
「そうだな」
「俺も、いい鍛錬場があるのは嬉しいかな」
そんな三人に、ブラッドフォードが真顔になる。
「それで。明日、早速ここで弓の鍛錬をしようと思う」
「ブラッドフォード様!それでは、狙って出会いイベントを・・・!」
「はあ。そこで目を輝かせないでよ、アイリーン。それは、僕の望むことじゃないって、いつも言っているよね。可愛いのに残念な」
自分の発言をアイリーンが喜ぶのを至福とするブラッドフォードだが、この件だけは違うと、はっきり苦言を呈した。
「え。違うんですか?」
「違うよ。僕が望むのは、このままアイリーンと幸せになることだから、そんな節操無し女に用は無い」
「では、どうして明日」
きっぱりと言い切るブラッドフォードに、戸惑うアイリーン。
そして、ブラッドフォードの意図を読んだ三人が思案顔になる。
「なるほど。釣る気か」
「うん。もしかしたら、節操無し女にもアイリーンと同じような記憶があるかもしれないからね」
「じゃあさ。まずはその破廉恥が、本当にこの貴族院に入学したかを、確認しないとじゃないの?名簿でも見せてもらう?」
アシュトンの言葉に、ブラッドフォードとクリスが笑みを見せた。
「うん。確かにそうだね。そしてぼくは、確かに桃色の髪の少女が壇上を見上げているのを確認したよ。やけにきらきらと目を輝かせてね。ブラッドフォードもなんじゃない?」
「その通りだ。壇上から桃色頭が見えて。そして何故か、親しみと期待を込めた目で僕とクリスを見ているのに気づいた。あれはまるで、これから何が起こるのかを知っているかのようだったよ」
「ぼくも同意見だ。王子なんてやっていると色々な視線を向けられるし、今日の挨拶のときもそうだったけど。あの桃色の子には、ただの憧れとか滅多に見られない王子を見る珍しさとは違う、もっと図々しいものを感じたかな。そうだね。たとえるなら、自分がぼくの婚約者になって当然と思っている令嬢の目だ。ぼくの隣に座るのは自分だ、って勝手に確信している瞳」
ゲームのヒロインであるベティ・コーツ男爵令嬢に対し、共にいい印象を持たなかったらしいブラッドフォードとクリスの言葉に、アイリーンも、こくりと息を呑む。
「これからのことを知っている・・まさか。ヒロインにも、記憶が」
「なるほどねえ。でもさ。それだけじゃあ、未だ記憶があるかどうかまでは分からないよね?その桃色頭が、本当に破廉恥かも不明だし」
「あ。確かに」
そう言ってアシュトンの言葉に頷き、何かを続けようとしたアイリーンを、ブラッドフォードが優しく制した。
「大丈夫だよ、アイリーン。そこは確認済みだから。今年の新入生に桃色の髪を持つ者はひとりしかいないし、入学者のなかにベティ・コーツも居る」
断言したブラッドフォードに『流石仕事が早い』と、アシュトンが肩を竦めた。
「ええと。そのベティ・コーツっていうのが、破廉恥の名前だっけ。じゃあ後は、破廉恥にアイリーンみたいな記憶があるかどうかだけ、確かめればいいのか・・でも、どうやって?」
ふむ、と考え込むアシュトンの肩を、モーリスがぽんと叩く。
「だから、ブラッドフォードは奴を釣ると言っているんだ」
「あ!そうか!明日破廉恥がここに来て、その様子を見れば確認できるってことか」
「ここでブラッドフォードと知り合うのだと知っていれば、確かにこの鍛錬場を見たら、驚くだろうね」
ゲームと同じようにブラッドフォードとの出会いを期待しているのなら、この鍛錬場を見て驚愕するだろうし、そうでないのなら、ただの迷子となって鍛錬場の外を歩くだけだろうという四人の見解に、アイリーンは目を彷徨わせた。
「確かに。その時の彼女の表情を見れば、分かると思うけれど。でも、いつ彼女が来るかまでは分からないじゃない?」
『幾日も張り込むことになるかも』と言うアイリーンに、ブラッドフォードが笑みを見せる。
「それも大丈夫。あっちの都合を待つことなんて無いからね。明日、弓を持って校舎内を歩くつもりだから。こんな絶好のチャンス逃さないんじゃないかな」
「ブラッドフォードも、策士だねえ」
「まったくだ。あまり周りを巻き込むな」
「ああ、アイリーン。その顔は、分かっていないね?では問題。ブラッドフォードが弓を持って歩くと、どうなると思う?」
ブラッドフォードが、弓を持って歩く。
それだけで、何かが起こるらしいと、アイリーンは四人を順番に見た。
「ええと。ブラッドフォード様は、弓を携えた姿も麗しいので、絵にしたいと思う方も現れるのではないかと考察します」
「あっは!アイリーンもぶれないねえ」
「ブラッドフォードは、愛されているよね」
「それにしては、鈍い発言も多いが」
教室での発言のような言葉で答えたアイリーンに、アシュトンもクリスもモーリスも、期待以上の答えだと笑みをこぼす。
「あのね、アイリーン。ブラッドフォードが弓を持って校舎内を歩くと、間違いなく色んなひとから『今日は騎士団ではなく、こちらで鍛錬ですか?』とか『これから弓の鍛錬ですか?』って声をかけられる。その時にブラッドフォードは答えるんだ」
「ああ。今日は、屋外鍛錬場に行こうと思ってね」
アシュトンに『はい』と振られたブラッドフォードは、その場を体現するかのよう、公子然とした風情で続けた。




