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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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32/62

七、貴族院入学 1、



「アイリーン!こっちだ」

 貴族院の入学式を無事に終えたアイリーンは、満面の笑みで手招きするブラッドフォードとクリスの元へと、迷うことなく駆け寄った。

 その後に、一緒に居たアシュトンとモーリスも続く。

「ブラッドフォード様!目録を受け取るお姿、とっても凛々しくて素敵でした!クリス殿下も、ご挨拶ご立派でした。お疲れ様です」

 貴族院の入学式で、新入生代表の挨拶をしたクリスと、同じく新入生代表で教材一式の目録を受け取る役目を終えたブラッドフォード。

 そんなふたりの元に、アイリーンとアシュトン、そしてモーリスの三人が合流したことで、図らずも新入生の注目株五人が集まることとなり、周囲は騒めいた。


「あの方たちが、王国の五柱。間近で見るのは初めてだわ」

「是非とも近づきになるようにと、厳命されているんだよな。おれ」

「わたくしは、どなたかを篭絡(ろうらく)して来いと言われていますの」


「アイリーン。壇上から見るアイリーンも、凄く可愛かったよ」

「ブラッドフォード様こそ。壇上のブラッドフォード様は、本当に凛々しくご立派で、素晴らしき目の保養でした」

 周りから聞こえてくる、数多の囁き。

 しかし、そんな周囲の不穏な呟きや奇妙な緊張感など関係ない風で、ブラッドフォードはアイリーンに笑いかけ、アイリーンも微笑みを返してブラッドフォードの隣に並ぶ。

「アイリーン。ぼくも、ブラッドフォードと同じく、ずっと壇上に居たのだけれど」

 そして、わざとらしく拗ねた様子で言うクリスに、周囲は息を呑んだ。

 第二王子でありながら、王太子に任命されるのではと言われるほど、その存在を大きく示しているクリスは、常日頃から王子然としていて、茶会などでも余り砕けた様子を見せない。

 しかし今、アイリーンに向けた茶目っ気ある表情には親しさが込められていて、エメラルドとも称される瞳に浮かんだやわらかさに、周りの令嬢達から黄色い声が上がった。

「もちろん。クリス殿下も王子然としていらして、ご立派でした」

「ふうん。見えては、いたんだ」

「当たり前ではないですか」

「そうだよね。ブラッドフォードの隣に座っていたのだもの。視界に入るよね」

 そして、そんな軽口を言い合うふたりを、周囲は息を呑んで見守る。

 クリスが立太子するのではと言われるようになった、王都でのレストラン事業。

そのきっかけと成功の、最大の貢献者がアイリーンであることは有名で、伯爵令嬢でもあることから妃となるに身分も問題なく、貴族の間では、アイリーンがクリスの婚約者に指名されるのではと、まことしやかに噂されていた。

 王子妃、否、王太子妃となるにも充分な立場を持ち、尚且つクリス・・国に、将来に渡って有益であり続けるであろう存在。

 そんな令嬢を王家が見逃すはずもなく、噂は現実となり、近く確定するとまで言われていた、つい先頃。

アーサーズ公爵家主催の夜会で、アーサーズ公爵自身が、ドレイク伯爵家との婚約解消は有り得ない、噂は遺憾であると正式に発表した。

しかし今、五人の親しい姿を見て、同世代の若者たちは思案する。


「アーサーズ公爵子息と婚約しているとはいえ、ドレイク伯爵令嬢は、第二王子殿下とも親しいから」

「ああ。やはり、婚約の組み直しも視野に入れておいた方がいいだろうな」


 先ほどより、低く小さく呟かれる声。

 しかしその声音は先ほどより真実味を孕んでいて、貴族がいかに五人の縁談に興味を抱いているかが伺えた。

「はあ。入試は、クリスが主席でブラッドフォードが次席かあ。俺は、何位だったんだろ」

「Sクラスなのだから、上から数えた方が早いのは確実だろう」

 しかし、やはり周囲の思惑など知らぬふりでため息を吐くアシュトンに、モーリスが泰然と答える。

「はあ。羨ましい。俺も主席を取って、代表の挨拶したかったな」

「お。アシュトンの挨拶か。ぼくとは、随分違いそうだよね。聞いてみたかった気もするよ」

「やめとけクリス。どんな破天荒な挨拶になるか、想像するだけで入学式が破壊される」

「破天荒か。言い得て妙だな」

 『どんなのになるだろうね』と微笑むクリスに、ブラッドフォードが苦い表情を向け、モーリスが納得顔で頷いた。

「ちょっとみんな。余裕過ぎでしょ。私なんて、あれだけみんなに教えてもらって、やっとSクラスなのに」

 主席だの次席だのを実際に狙えてしまう、そして狙えてしまうのだろう四人に、アイリーンが顔を引き攣らせる。

「卒業まで同じクラスでいられるように、頑張ろうね、アイリーン」

 ぎりぎりSクラスだったに違いない己との違いを実感して、遠い目をするアイリーンに、ブラッドフォードがにこやかに言い、クリスやアシュトン、モーリスまでも、それに乗るように大きく頷いた。

「大丈夫だよ、アイリーン。ぼくたちという、優秀な教師が四人も付いているんだから」

「そうそう。大船に乗った気でいろって」

「貴族院での成績は、将来に大きく影響する。既に事業を手掛けているとはいえ、いや、だからこそ、ここで腑抜けた結果を出すことのないよう、精進しろ」

「はいっ。よろしくお願いします」

 アイリーンとて、みんなとクラスが離れるのは寂しい。

 そうならないためにも頑張ろうと、アイリーンは、改めて誓った。



ありがとうございます。

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