六、貴族院入学、前 3、
「それでは。まず、ブラッドフォード様とヒロインの出会いイベントについて、お話しする、でいいですか?」
むっすりとしたブラッドフォードに気づかないまま、アイリーンは楽しそうに、ブラッドフォードを除く三人を順繰りに見る。
「アイリーン・・鈍感が過ぎないか?」
「だよねえ。ブラッドフォードの仏頂面が見えないのかな」
「他のことでは、むしろ気づくのが早くて、オーナーとして助かることが多いのに」
「・・・?他の誰かの方がいいですか?ブラッドフォード様には、既に一度お話ししてあるので、それでもいいですけれど」
「いや。僕のからで・・・いいよな?」
誰からも肯定をもらえず、きょとんとしたアイリーンに、ブラッドフォードが力強く言い、クリス達に圧をかけた。
「「「ああ。もちろん」」」
それに対し、三人が同時に答え、アイリーンは『本当に仲良しなんだから』と言いながら、息をひとつ吐いて話し始める。
「ブラッドフォード様とヒロインの出会い。それは、入学式から数日経ったある日。貴族院内にある屋外鍛錬場で起こります。ブラッドフォード様が得意とする弓の鍛錬を行っているところに、ヒロインが迷い込んで来てしまうのです。
『何をしている!危ないだろう!』
『ごめんなさい!道に迷ってしまって。温室へ行くはずだったのですが』
『はあ。温室は、校舎の向こう側だ』
『え!?じゃあ、あたし、反対側に歩いて来ちゃったんですね』
『ええと、出発地点の校舎をこっちに来たから、本当はあっちってこと?』と呟くヒロインを、ブラッドフォードは信じられない目で見た。
『は?まさか、校舎から来たのか?それで、温室を目指して鍛錬場に着いたと?どういう方向感覚をしているんだ』
貴族院は、校舎を中心に屋内外の鍛錬場や温室、カフェエリアなどが併設されていて、慣れなければ確かに迷うことはあるだろうがと、既に全容を把握しているブラッドフォードは、呆れた眼差しを向けてしまう。
『すみません。じゃあ、ここからなら、校舎を目指せばいいということですね』
『ああ。校舎を越えて、向こう側が温室だ。今度は間違えるなよ?』
『はい!ご親切にありがとうございました。あ、あたしは、コーツ男爵家の長女ベティと言います』
『僕は、ブラッドフォード・アーサーズだ』
『知っています!アーサーズ公爵家のご嫡男ですよね。文武両道だって、有名ですから』
『ああ。なるほど』
この頃、ブラッドフォードはアーサーズ公爵家の嫡男ということ、文武両道であることでもてはやされており、そう言われることに嫌悪を覚えるほど食傷気味だった。
だから、この男爵令嬢も、そういった者達のひとり、と思ったのだが。
『文武両道なんてすごい、うらやましいと思っていましたが、こうして日々、鍛錬を積み重ねていらっしゃるからこそ、なんですね。それを知りもしないで、うらやましいなんて、失礼なことでした』
『・・・っ。そう、か』
屈託の無い笑みで、己の努力を認められたブラッドフォードは、その時、心のなかで何かが揺れるのを感じた。
『それでは。鍛錬のお邪魔をして、申し訳ありませんでした。失礼いたします』
『ああ、気を付けて行け・・って!そっちじゃない!まったく!どんな方向感覚をしているんだ!仕方のない。ほら、送ってやるから』
笑顔でまた違う方向へ歩き出したヒロインを放っておけず、ブラッドフォードは、舌打ちしながらも温室へ共に行き、それからも何かと気にかけて貴族院内の案内をするようになって、次第にふたりの距離は近づいて行く。
「・・・というのが、ブラッドフォード様とヒロインの出会いです。ブラッドフォード様の不器用な優しさが光りますよね。ヒロインとブラッドフォード様が並んで歩くスチルもあって、素敵なんですよ。気にしない風を装いながら、ヒロインを気遣って歩くブラッドフォード様・・ああ、早く見たい」
話し終わり、うっとりと言うアイリーンを、ブラッドフォードが何とも言えない目で見つめる。
「アイリーン。そのスチルに描かれたヒロインは、アイリーンじゃないんだよね?」
「やだ、ブラッドフォード様。当たり前じゃないですか。ゲームのヒロインは、ベティ・コーツ男爵令嬢なんですから」
「ふううん。それなのに、そんなに嬉しいんだ。だが、残念だったな。現実で、そんなことは起こらない」
「え?でも、入学すれば」
「あああ!そ、それで!?アイリーン!俺達のは?てか、俺のは、どんな感じなの!?」
ごごごご、と不穏な空気を纏い始めたブラッドフォードを止めるべく、アシュトンが焦った声をあげた。
「アシュトン様の、ヒロインとの出会いイベントですか?・・ええと、出会いイベントは、あと三種類あって。ハンカチ関連のものと、猫を探すのと、あとぶつかってよろけたところを支える、というものなんですが」
「アイリーン?どれが、俺のなの?それに、何だかひどく曖昧なんだけど」
『うーん』と考え込むアイリーンに、アシュトンが声をかければ、心底困ったような声が返る。
「すみません。分かりません」
「ええええ!?分からない、ってなに!?」
「じゃあ、アイリーン。ぼくのは?」
叫ぶアシュトンに、自分を指さすクリス。
そのふたりに、アイリーンは、へへへと笑った。
「どれが、誰のだか分からないんです。詳細も覚えていなくて・・すみません」
「え!それじゃあ、俺達は、どうやって破廉恥に会うか、分からないってこと!?」
「酷いな。ブラッドフォードのは、あんなに詳しく覚えているのに。ぼく達のは、どれが誰のか分からない、なんて」
「そうか。アイリーンにとって、オレらは、モブというやつなんだな」
大仰に叫ぶアシュトンと、苦笑を浮かべるクリス、そして納得したように言ったモーリスに、ブラッドフォードがやけに機嫌のいい笑みを浮かべる。
「大丈夫なんじゃないか?アイリーンも、直前になれば思い出すかもしれないし」
「アイリーン。時期は、ブラッドフォードとそう変わらないとして、場所は?」
切羽詰まったように言うクリスに、アイリーンは、へにょりと眉を下げた。
「クリス殿下。申し訳なくも、それも、思い出せなくて。ハンカチ関連は、どこかを歩いていた時、拾うか拾ってもらうかするんだったような・・あ、でも。ぶつかって支えるというのも、どこかを歩いていて・・で」
「そりゃあ、ぶつかってよろけるんだから、動いているときだろうと予想できるよ」
何とも頼りないアイリーンの記憶に、アシュトンが大きなため息を吐いた。
「だが。オレたち三人が、その三つのどれかに該当するのは確かなのだろう?だったら、どれに当たってもいいように、対策をすればいい」
『問題ない』と言ったモーリスに、アイリーンが救われたように両手を組んだ。
「ありがとう、モーリス様!是非、出会いイベントを私に見せてね」
「いや。悪いが、オレは全力で回避する」
「俺も」
「当然のこと、ぼくもだね」
嬉々として言ったアイリーンに、三人が口を揃える。
「え。どうして?」
「そうだよ。僕には、アイリーンという婚約者がいるけど、三人は未だなんだから。いいんじゃないか?出会い」
戸惑うアイリーンと、どこか揶揄うようなブラッドフォードに、三人は胡乱な目を向けた。
「そんな破廉恥、俺は要らない」
「ぼくも」
「右に同じだ」
『その先の諸々を避けるためにも初手が肝心だ』と、言い切る三人に、アイリーンは途方に暮れてしまう。
「どうしよう。私の説明の仕方が不十分だから」
「気にすることはないよ、アイリーン。実際にその節操無し女に出会って、気に入る可能性だってあるだろう?」
「ああ!そうですね。流石ブラッドフォード様。でも、そうなっても、ブラッドフォード様はじめ、他の三人も、私のこと、冤罪で嵌めたりしないって分かっているので、もう安心です」
「もちろんだ。対策もしてあるから、安心していていいよ。それからアイリーン。幾度も言うけど、僕はそんな節操無し女に傾いたりしない、からねっ」
「いたっ」
アイリーンの言葉に、ブラッドフォードは、にこりと微笑んで腕を伸ばし、アイリーンの額をぺちりと叩いた。
ありがとうございます。




