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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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29/59

六、貴族院入学、前 1、



「あなた。あちらをご覧になって」

「アーサーズ公爵子息とドレイク伯爵令嬢だな。後で、ご挨拶させていただこう」


「今回の絵本も素晴らしかったわ。わたくし、初版を手に入れましたのよ」

「わたくしは、教材用のものを全種類、外孫と内孫、それぞれの孫に各家一冊ずつ、購入しましたわ」

「あれは、いいものですわよねえ」


 そんな声が、あちらこちらで聞こえてくるここは、クリスがオーナーを務める王都内のレストラン。

 その一周年記念に、愛用者である貴族たちが招かれているのだが、このレストランの料理の発案と監修がアイリーンであることを、クリスは周知していた。


「ふふ。早くお鮨が食べたいわ」

「わたくは、てんぷらも捨てがたいのです」

「聞くところによれば、新しい酒がふるまわれるとか」

「ドレイク伯爵令嬢渾身の作だそうですよ。楽しみですね」


 それゆえ、人々は当然のごとアイリーンの成果を口にするのだが、その当のアイリーンは、未だブラッドフォードと連れ立って招待客の出迎えや、これからの支度に余念がない。


「クリス殿下、アーサーズ公爵子息、フレミング侯爵子息、キーズ辺境伯子息、そしてドレイク伯爵令嬢。既に、王国の五柱と言われている皆様も、いよいよ今年、貴族院入学ですわね」

「うちは、同年の子供がおりますからね。なんとか、お近づきにと思っているのです」

 子供より自分の方が気合充分な様子の夫人をちらりと見て、アイリーンはクリスに報告をする。


「クリス殿下。皆さまお揃いになられましたので、開会のご挨拶の準備を」

 招待客が全員揃ったのを確認したアイリーンに言われ、クリスは頷きを返す。

「さって。俺達も、お仕事開始ですかね」

「オレにとっては、有難くも面倒な時間だ」

 こきこきと首を鳴らして言ったアシュトンに、モーリスがため息で答える。

アイリーンと出会って約三年。

 ブラッドフォードはもちろんだが、クリスやアシュトン、それにモーリスも、自身や自領が大きく変化した。

 当初アイリーンとブラッドフォードが目標としていた、絵具と紙を筆頭に、木版画の材料となる版木を提供するモーリスのフレミング侯爵領も、その領収を大きく伸ばし、アイリーンを説き伏せることに成功したクリスも、王都でも屈指のレストランのオーナーとなることで、王族としての地位を確立している。

「でもさ、アイリーンは凄いよね。肉系パエリアは、そもそも狩猟が盛んなフレミング領の名物にして、海産系のパエリアは、ドレイク領の名物にするとか、くず米で作るフォーは、屋台でもいいかもとか。うちの領も、コロッポルの乱獲を止めることができたし」

「オレが一番驚いたのは、キーズ辺境伯領を大嵐が襲って、裸地が出来ると言ったことが、事実となったことだな」

 深い目をして言ったモーリスに、合流したブラッドフォードが言葉を繋ぐ。

「これまで、アイリーンが言ったことは、本当に起こった。つまり、これから入学する貴族院でも、同様だと予測される」

「貴族院に入学してから?何かあったっけ?うちの領は、裸地になったところを早々に足りなかった田んぼにしたし、バッタの卵も気を付けているけど?」

「もしや、ブラッドフォードだけが聞いている部分ということか?なら、教えてほしい。我が領は、何に気を付ければいいんだ?」

 真剣な顔で問うアシュトンとモーリスに、ブラッドフォードは、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 それは、今、乾杯の準備で呼ばれているアイリーンが居れば『可愛い!』と叫ぶ一択の仕草。

 流石に『十五歳にもなるのに、可愛いと言われたくない』とブラッドフォードにはっきりと言われ、人前ではしなくなったものの、誰も居なければ取り繕う気も無いのがアイリーンだった。

「え?覚えていないのか?最初に会った時にアイリーンが言っていただろう?ひとりの男爵令嬢に、俺達が骨抜きにされると。忘れたのか?」

「あー」

「あったな。そんなの」

 気の抜けた顔で言うアシュトンと、不快そうに言うモーリスにブラッドフォードは苦笑した。

「正直、僕も同じ気持ちだよ。だけど、アイリーンは、かなり本気にしているらしいんだ」

「そんなの。アイリーンに、ブラッドフォードが信じられていないだけなんじゃないのか?」

「それを言ったら、アシュトンも、だな」

「おお!そうなるのか」

 なるほど、と、ぽんっと手を打つアシュトンに、ブラッドフォードが首を竦める。

「まあ。アシュトンとモーリス、クリスは、邪魔だからってアイリーンを処罰するようなことにならなければ、僕はいいけど」

「そのようなこと、するはずがないだろう」

「だよね、モーリス。領の発展に貢献してくれた人を処罰なんて、罰当たりもいいところだもん。しかも邪魔だからって、なに」

 それは、人ととしてどうかと思う所業だと、アシュトンとモーリスは頷き合った。

「その決意が揺らがないことを祈るよ」

「しかし。恋をしたから処罰というのが、解せない」

 むっつりとしたまま言うモーリスに、アシュトンが首を傾げる。

「だよねえ。うーん。そんなに可愛い子なの?」

「ああ。見目は可愛いらしい。桃色の髪と瞳でと、アイリーンが絶賛している。出会ったら、ころりだと笑っていた」

 不愉快を隠しもせずに言うブラッドフォードに、アシュトンとモーリスが生暖かい目を向けた。

「これが、アイリーンと出会うまでは、令嬢に微笑みひとつ向けなかった奴だとは、誰も思わないよね」

「ああ。令嬢は、臭くて煩いと嫌悪していたな」

 変われば変わるものと言うふたりに、ブラッドフォードは胸を張ってみせる。

「今も、アイリーン以外の令嬢に、愛想笑い以外みせるつもりはない」

「はあ。こんななのに、どんな出会いをすれば男爵令嬢に傾くっていうんだ?」

 アシュトンは、半ば呆れたように、忙しく動き回るアイリーンを見やった。

「なんでも、出会いイベント、というものがあるらしい」

「「出会いイベント?」」

 その不可思議なブラッドフォードの説明に、アシュトンとモーリスの声が重なった。





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