六、貴族院入学、前 1、
「あなた。あちらをご覧になって」
「アーサーズ公爵子息とドレイク伯爵令嬢だな。後で、ご挨拶させていただこう」
「今回の絵本も素晴らしかったわ。わたくし、初版を手に入れましたのよ」
「わたくしは、教材用のものを全種類、外孫と内孫、それぞれの孫に各家一冊ずつ、購入しましたわ」
「あれは、いいものですわよねえ」
そんな声が、あちらこちらで聞こえてくるここは、クリスがオーナーを務める王都内のレストラン。
その一周年記念に、愛用者である貴族たちが招かれているのだが、このレストランの料理の発案と監修がアイリーンであることを、クリスは周知していた。
「ふふ。早くお鮨が食べたいわ」
「わたくは、てんぷらも捨てがたいのです」
「聞くところによれば、新しい酒がふるまわれるとか」
「ドレイク伯爵令嬢渾身の作だそうですよ。楽しみですね」
それゆえ、人々は当然のごとアイリーンの成果を口にするのだが、その当のアイリーンは、未だブラッドフォードと連れ立って招待客の出迎えや、これからの支度に余念がない。
「クリス殿下、アーサーズ公爵子息、フレミング侯爵子息、キーズ辺境伯子息、そしてドレイク伯爵令嬢。既に、王国の五柱と言われている皆様も、いよいよ今年、貴族院入学ですわね」
「うちは、同年の子供がおりますからね。なんとか、お近づきにと思っているのです」
子供より自分の方が気合充分な様子の夫人をちらりと見て、アイリーンはクリスに報告をする。
「クリス殿下。皆さまお揃いになられましたので、開会のご挨拶の準備を」
招待客が全員揃ったのを確認したアイリーンに言われ、クリスは頷きを返す。
「さって。俺達も、お仕事開始ですかね」
「オレにとっては、有難くも面倒な時間だ」
こきこきと首を鳴らして言ったアシュトンに、モーリスがため息で答える。
アイリーンと出会って約三年。
ブラッドフォードはもちろんだが、クリスやアシュトン、それにモーリスも、自身や自領が大きく変化した。
当初アイリーンとブラッドフォードが目標としていた、絵具と紙を筆頭に、木版画の材料となる版木を提供するモーリスのフレミング侯爵領も、その領収を大きく伸ばし、アイリーンを説き伏せることに成功したクリスも、王都でも屈指のレストランのオーナーとなることで、王族としての地位を確立している。
「でもさ、アイリーンは凄いよね。肉系パエリアは、そもそも狩猟が盛んなフレミング領の名物にして、海産系のパエリアは、ドレイク領の名物にするとか、くず米で作るフォーは、屋台でもいいかもとか。うちの領も、コロッポルの乱獲を止めることができたし」
「オレが一番驚いたのは、キーズ辺境伯領を大嵐が襲って、裸地が出来ると言ったことが、事実となったことだな」
深い目をして言ったモーリスに、合流したブラッドフォードが言葉を繋ぐ。
「これまで、アイリーンが言ったことは、本当に起こった。つまり、これから入学する貴族院でも、同様だと予測される」
「貴族院に入学してから?何かあったっけ?うちの領は、裸地になったところを早々に足りなかった田んぼにしたし、バッタの卵も気を付けているけど?」
「もしや、ブラッドフォードだけが聞いている部分ということか?なら、教えてほしい。我が領は、何に気を付ければいいんだ?」
真剣な顔で問うアシュトンとモーリスに、ブラッドフォードは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
それは、今、乾杯の準備で呼ばれているアイリーンが居れば『可愛い!』と叫ぶ一択の仕草。
流石に『十五歳にもなるのに、可愛いと言われたくない』とブラッドフォードにはっきりと言われ、人前ではしなくなったものの、誰も居なければ取り繕う気も無いのがアイリーンだった。
「え?覚えていないのか?最初に会った時にアイリーンが言っていただろう?ひとりの男爵令嬢に、俺達が骨抜きにされると。忘れたのか?」
「あー」
「あったな。そんなの」
気の抜けた顔で言うアシュトンと、不快そうに言うモーリスにブラッドフォードは苦笑した。
「正直、僕も同じ気持ちだよ。だけど、アイリーンは、かなり本気にしているらしいんだ」
「そんなの。アイリーンに、ブラッドフォードが信じられていないだけなんじゃないのか?」
「それを言ったら、アシュトンも、だな」
「おお!そうなるのか」
なるほど、と、ぽんっと手を打つアシュトンに、ブラッドフォードが首を竦める。
「まあ。アシュトンとモーリス、クリスは、邪魔だからってアイリーンを処罰するようなことにならなければ、僕はいいけど」
「そのようなこと、するはずがないだろう」
「だよね、モーリス。領の発展に貢献してくれた人を処罰なんて、罰当たりもいいところだもん。しかも邪魔だからって、なに」
それは、人ととしてどうかと思う所業だと、アシュトンとモーリスは頷き合った。
「その決意が揺らがないことを祈るよ」
「しかし。恋をしたから処罰というのが、解せない」
むっつりとしたまま言うモーリスに、アシュトンが首を傾げる。
「だよねえ。うーん。そんなに可愛い子なの?」
「ああ。見目は可愛いらしい。桃色の髪と瞳でと、アイリーンが絶賛している。出会ったら、ころりだと笑っていた」
不愉快を隠しもせずに言うブラッドフォードに、アシュトンとモーリスが生暖かい目を向けた。
「これが、アイリーンと出会うまでは、令嬢に微笑みひとつ向けなかった奴だとは、誰も思わないよね」
「ああ。令嬢は、臭くて煩いと嫌悪していたな」
変われば変わるものと言うふたりに、ブラッドフォードは胸を張ってみせる。
「今も、アイリーン以外の令嬢に、愛想笑い以外みせるつもりはない」
「はあ。こんななのに、どんな出会いをすれば男爵令嬢に傾くっていうんだ?」
アシュトンは、半ば呆れたように、忙しく動き回るアイリーンを見やった。
「なんでも、出会いイベント、というものがあるらしい」
「「出会いイベント?」」
その不可思議なブラッドフォードの説明に、アシュトンとモーリスの声が重なった。
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