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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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28/62

五、三位一体 5、



「それでまあ。公爵家の責務はすべて放棄していた曾祖父が、たったひとつ(おこ)した事業が、絵具なんだよ。それも、誰にも相談せず勝手に。曾祖母曰く『気づいたときには、巨大工場が生え始めていたのよ』だ、そうだ」

「それってつまり、気づいたらもう存在していたってことよね?」

 普通に言えば、建物は生えるなどと言わない。

 それほど急激で驚いたのだろうと、アイリーンはそれを言葉にしたときの、ブラッドフォードと会話する曾祖母を想像してみる。


 きっと、お茶目な表情だったんだろうな。

 それに、その時の驚きを、時間が経ったとはいえ、そんな風に表現できるなんて素敵。


「既に基礎工事まで終わっていて、今更なかったことにできなかった無念だと、歴代当主の公式文書に残っているほどだからね。高祖父は、相当に不本意だったようだよ」

「ああ。それで、内部事情がってことなのね」

 責務を放棄し、絵に没頭していた公爵が秘密裡に興した事業。

 それでかと、アイリーンは納得して頷いた。

「うん。ひとつは、それ。あと、絵具産業はずっと赤字なんだよ。有体(ありてい)に言ってしまうと、領の負の産業ってことなんだけど、曾祖父の(こだわ)りで、設備が凄く整った工場もあるし、雇用もあるからね。切るに切れなくて困っているのが現状なんだ」

「設備が凄く整った工場。初期投資が凄そう」

「そう、それ」

 それほど巨額を投じるのなら、もっと別の産業を興したかったというのが、当時のアーサーズ公爵領の経営陣の本音だったらしいと、ブラッドフォードは苦笑する。

「絵具の需要って、さほど変化しなそうだものね」

「おまけに高価だからね」

 『(こだわ)ったというだけあって、質はとってもいいんだけど』と、ブラッドフォードは自分が描いた絵に目をやる。

「本当にきれいな色味よね。早く木版画でも見てみたいわ」

「うん、僕も。あ、そうだ。絵本の需要が伸びれば、絵具の需要も伸びる」

「そして、我が領の紙の需要も伸びる」

 ブラッドフォードとアイリーンは、おどけたように言い合って、ぱんっ、と互いの両手を合わせた。


「領の発展のためにも、頑張って、この事業を成立させよう」

「はい!ブラッドフォード様!それにはまず、綿密なる計画書ですね」

 紙、絵具、人材に加え、必要となる作業場(さぎょうば)の広さや道具。

「木を彫る道具は、うちの領で作っている小刀でいいかな?」

「あと、丸みを帯びた刃先も欲しいかと。それから、のみと木槌も」

 相談を重ね、漸くふたりが計画書を形にできたと一息つく頃。

扉を静かに叩く音がして、アイリーンとブラッドフォードは同時にそちらを見て、入室了承の返事をした。


「おっねえしゃまっ、おっにいしゃまっ、おひるごはん、ちましぇんかっ」

 許可と同時に侍女が開いた扉から、嬉しそうに飛び込んで来たカイルは、そう言ってにこにこしながら、よいしょとアイリーンの膝によじ登った。

「もうそんな時間なのね。呼びに来てくれて、ありがとうカイル」

「どういたちまちて」

 ぺこっと頭を下げるカイルを微笑ましく見て、ブラッドフォードも声をかける。

「カイル、ありがとう。新しい絵本も、じきに出来るんだよ。こんな絵なんだけど、どうかな?」

「わああああ!しゅごい!かこいい!」

 そして、ブラッドフォードが今回描いた絵を見て、カイルは瞳をきらきらと輝かせた。

「ふふ。やっぱりドラゴンの絵がお気に入りね」

「食い入るように見てくれて、嬉しいよ」

 言いつつふたりは席を立ち、カイルも、ドラゴンの絵に未練を残しながらも、しっかりと自分で床に立つ。

「絵本になったら、カイルがずっと持っていていいからね」

「あい!まってましゅ」

 『たのしみらな』と謡うように言いながら、カイルはアイリーンとブラッドフォードに手を引かれ、時折ぴょんと跳びながら歩いて行く。

「ブラッドフォード様。今日のお昼は、パエリアなのです。お米の料理ですよ」

「へえ。楽しみだな。どんなのだろう」

「我が領の海鮮と組み合わせた料理で、私は大好きなんです」

「かいるも!かいるも、しゅき!」

 ブラッドフォードの手を引いて、カイルは、パエリアがいかに美味しいかを話し出し、それにブラッドフォードが答えるうち、三人は食堂に着いた。



「えびしゃんれしょ、いかしゃんれしょ、そいから、かいしゃんたち!」

 パエリアに使われている海老や烏賊(いか)、それから数種類の貝を嬉しそうに指し示して、カイルは、にこにことブラッドフォードに何が入っているのかを説明する。

「へえ。これはおいしそうだ」

 そして実際に食べ始めれば、皆が笑顔になった。

「ふふ。今日もおいしい」

「うん。これは、おいしいね」

「おいちい!」

 アイリーンとブラッドフォードに同意だとカイルも頷き、子供用のカトラリーで丁寧に、満足の表情で食べ進めて行く。

「これは。また、クリス達に自慢が出来る」

「自慢、ですか?」

「うん。クリスは王都に、アイリーンが提案した料理のレストランを開きたいくらいだって言っていたよ」

「へえ。それは光栄です・・あ、カイル。ちょっとお口を拭きましょうね」

「う。あいがと」

 光栄だと言いながら、少しも気にした風のないアイリーンを見て、ブラッドフォードは、くすりと笑った。


 クリス、かなり本気なんだけどな。

 まあ、僕が何とかしておけばいいか。





ありがとうございます。


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