五、三位一体 3、
「ブラッドフォード様?」
「うん。アイリーン、ありがとう。うちの領についての勉強も始まったとは聞いていたけど、本当にちゃんと学んでくれているんだね」
そう言葉にはしつつも、ブラッドフォードは、どこか複雑な表情をしている。
「はい。アーサーズ公爵領は、鉄鋼や小麦が最も有名ですが、絵具も製作していると聞いて。多岐にわたる産業をお持ちで素晴らしいと思ったのですが。何か、あるのですか?」
ブラッドフォードと婚約し、やがてアーサーズ公爵家に嫁す者として、アーサーズ公爵領について、まずはその特産や産業について学んでいるアイリーンは、ここがドレイク伯爵邸であることを鑑みて、声を潜めた。
「アイリーン。気遣ってくれて、ありがとう」
「いいえ。当然のことです。この距離なら、こうして声を潜めれば、侍女や護衛に声は聞こえないと思いますが。もし、不安であるなら、うちの侍女と護衛は退室させます」
アーサーズ公爵家に不利益となる話ならと、自邸であるにも関わらず当然のように言うアイリーンに感謝しつつ、けれどブラッドフォードは首を横に振る。
「ちょっと恥ずかしい話ではあるから、外で話すことは控えてほしいけど。別に、もの凄い秘密ってわけでも、公爵家存続に関わる一大事というわけでもないから」
「そうですか?でも、それならご安心ください。屋敷内で見聞きしたことを、外で安易に話すような者は、うちにはいませんから。でも、そうですね。それじゃあ、せめて、声を潜めたままで」
『私も、心して聞きます』と、真面目な表情で言うアイリーンに、ブラッドフォードは、くすりと笑って片目をつぶってみせた。
「なんか。ふたりだけの秘密、みたいだね」
ふぇ!?
ふ、ふたりだけの秘密!?
ブラッドフォード様と私の・・・!
ふおおおおお!
「なあんて。うちの家族は、みんな知っていることだけど・・って、アイリーン?」
「ふわああ。供給過多・・ふたりだけのひみ・・・え?みんな・・っっと!ああ!そうですよね!みんなの秘密でした!」
ブラッドフォードの『ふたりだけの秘密』という言葉に、ふわりと現世から舞い去ってしまった心地でいたアイリーンは、続く『うちの家族は、みんな知っている』という言葉に、即座に現実に立ち戻る。
「いや。みんなの秘密ってなに」
「なんでしょう。公然の秘密ってやつですか?」
きりっと言ってみれば、ぺちりと頭を叩かれた。
「流石に、そこまで広まっていないから」
「ふぐぐ。すみません」
妙な声を出しつつ素直に謝罪するアイリーンに苦笑して、ブラッドフォードは、先ほどぺちりと叩いた頭を優しく撫でる。
「そうじゃなくて。外で話されるのは遠慮したいけど、アイリーンやドレイク伯爵家のことは信用しているから大丈夫だよ、ってこと。特にアイリーンは、知る権利があると言ってもいいと思っている」
「知る権利、ですか?」
「うん。未だ先のこととはいえ、アイリーンはアーサーズ公爵夫人になるんだから、当然のことだよ」
そう言って、ブラッドフォードは、カップを口に運んだ。
ああ。
あのカップになりたい。
典雅、優雅、雅。
どれだけ言葉を重ねても足りないわ。
紅茶を飲む仕草も絵になるなんて、これはもう、罪なのでは!?
・・・・・でもですね、ブラッドフォード様。
私がアーサーズ公爵夫人に、アーサーズ公爵となったブラッドフォード様の隣に並ぶことは、無いと思われるのですよ。
「アイリーン?もしかして、知りたくない?そこまで重い話ではないんだけど」
「い、いいえ。私が聞いてもいいのなら、教えてほしいです」
自分がアーサーズ公爵夫人になる日は来ないかもしれないが、共に絵具を使った事業を興したいと言っているのだから、教えておいてもらおうと、アイリーンは居住まいを正す。
「アイリーンは時々、ここから意識が居なくなるよね。その時、どんなことを考えているの?百面相が凄いんだけど」
たまに妄想が言葉となって漏れていることから、なんとなく察しているらしいブラッドフォードににやにやされ、アイリーンはふいっと横を向いた。
「すみませんね、話の本筋逸らしが得意なもので」
推しを目の前にすると、どうしても情緒不安定になる自覚はありつつ、それを面白そうに言われるとどうしていいか分からなくて、アイリーンは、わざと拗ねたような声になってしまう。
「別に大丈夫だよ。そういうアイリーンと過ごすのも楽しいから」
「はあ!?はあ・・・それは良かったです」
ううーん。
ブラッドフォード様が、私と過ごすのは楽しいと言ってくれるのは嬉しい・・けど。
『そういうアイリーン』って、情緒不安定で挙動不審な私ってこと?
見ていて面白いから?
それって、ペット枠なのでは?
「ああ、それでね。絵具についてだけど。まあ、色々問題というか、内部事情があるんだよ」
ペット。
ペット枠かあ。
それもいいな。
ブラッドフォード様の傍で、見守るペット。
うん。
平和。
「アイリーン?また、意識を飛ばしている?」
「いえ、大丈夫です。今、戻りましたから」
「今、戻ったって。それって・・まあ、いいや。それでね。うちの領で絵具を作ることになったそもそもの始まりは、曾祖父が画家を目指していたからなんだ」
『何も問題ありません』と、凛々しく答えるアイリーンに、ブラッドフォードは何かを言いかけるも、諦めて本題を進める。
「まあ。ひいおじい様が、画家を。あ、もしかして、ブラッドフォード様の絵の才能は、その方の素晴らしき遺伝子をいただいた結果なのでしょうか・・・でも、それって」
『そんな方がいらしたのなら』と、ブラッドフォードの絵の才に納得したアイリーンは、そこで、はたと気づく。
「うん、そう。貴族としては、有り得ないよね」
貴族は、音楽に親しむことを嗜みとする。
しかし、絵画に関しては、自分達で描くようなものではない、命じて描かせるものだ、という認識が強い。
そっか。
そういう背景もあって、絵本が無いのかも・・・あ!
「ブラッドフォード様。もしかして、ブラッドフォード様が絵を描かれること、アーサーズ公爵家の皆さまはよく思っていらっしゃらないのではないですか?」
そこに、今更気づいたと、アイリーンは青くなった。




