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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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25/62

五、三位一体 2、



「ちゃんと理解したいから、順番に聞くね。アイリーン。まず教えてほしいのだけれど、小さい子の教材というのは、ドレイク伯爵が権利を確保している部分だよね?つまりこの、絵本とか飛び出す絵本のことで合っている?」

 正に今、自分達が作成している物を示して確認を取るブラッドフォードに、アイリーンが頷きを返す。

「はい、そうです。私が最初に作った図形の飛び出す絵本のように、果物や野菜、動物の絵と共に、その名前の文字も書いてある絵本を作れば、絵を見ながら文字の読み方を覚えることが出来るので、理解が早いのではないかと思うのです」

 アイリーンの説明に、ブラッドフォードは、なるほどと頷いた。

「つまり、りんごの絵の下に、りんごという文字を書くということか。それはいいな。確かに分かりやすい。それで?それも、飛び出すようにするのか?いや、絵だけでもいいか」

「飛び出しても面白いでしょうが、より安価にという部分を重要視するなら、普通の絵本がいいと思います」

 そう言って、アイリーンはにこりと笑う。

「絵と文字を一緒にか。アイリーンの発想は面白いね。絵なら、実物が手元に無くても、いつでも見ることが出来る。言われてみれば、っていう、目からうろこな気持ちだよ」

 心底感心した様子のブラッドフォードに、アイリーンが苦笑した。

「お忘れですか?私には、もともとそういった記憶があるんです」


 ブラッドフォード様に褒められるのは嬉しいけど、なんというか。

 ひとの手柄を横取りしている気分・・あ!

 横取りっ子!


「確かに、過去の記憶なのかもしれないけれど、それが無いこの世のなかで作ろうとしているというのが・・って、アイリーン?」

「ブラッドフォード様!私、本当に横取りっ子だったみたいです!」

「え」

「ほら、ギャレット侯爵令嬢が言っていたじゃあないですか。私のことを、政略横取りっ子って。政略ではないですけれど、絵本の知識とかは自分の発想じゃないですから」

 興奮気味に話すアイリーンの、そのどこかはしゃいでさえいる様子に、ブラッドフォードは指をこめかみに当てた。

「はあ。落ち着け、アイリーン。誰も君を責めたりしない」

「でも・・・」

 から元気で、はしゃいでいるのを見て取ったブラッドフォードは、静かにアイリーンを見つめる。

「ねえ、アイリーン。教えてくれる?絵本というものがある世界では、それを初めて発明したひとだけが作っていたの?」

「いいえ。絵本は、絵本作家さんや素人の方も・・あ」

「そういうことだよ。僕は、アイリーンと一緒に絵本を作れて、とても嬉しいよ」

「ブラッドフォード様」

 『これからも、一緒に作ろうね』という言葉に強く頷き、アイリーンはしっかりとブラッドフォードを見つめ返した。

「それじゃあ、話を元に戻すよ?アイリーンは、僕に果物や野菜、動物なんかの絵を描いてほしいんだよね?それで、アイリーンがそこにそれらの名前を書き込む」

「はい、その通りです・・ああ、そうなんです!私は元々、カイルにそういう絵本も作ってあげたかったのです。けれど、壊滅的に絵が描けないばかりに、自作出来たのは、あの図形の飛び出す絵本だけで。ブラッドフォード様が絵を描いてくださるようになって、ああ、私の夢がまたひとつ叶うと、それはもう、嬉しくて!」

「あ、アイリーン?」

「ブラッドフォード様が、私の、なんちゃって物語を絵にしてくださるのも嬉しいですし、この件に賛同していただければ、子供たちが文字を自由に学べるようになるのも嬉しいです。それに、その絵本で、大人だって」

「ちょ、ちょっと待って!アイリーン」

 どこでスイッチが入ったのか、暴走し始めたアイリーンを、ブラッドフォードは両手を軽くあげて止めた。

「あ、はい。すみません」

「謝らなくてもいいけど、ちょっと整理させて」

 そう言ったブラッドフォードは、自身を落ち着かせるように、紅茶をひと口こくりと飲む。


「ええと。ドレイク伯爵が幼児教育に熱心なのは、貴族相手に限ってのことかと思っていたんだけど。もしかしなくても、領民も含めて考えている?そういえば、孤児院とか言っていたっけ」

「はい。恥ずかしながら我が領は、識字率がとても低いのです。一方、父が開発した船や港のお陰で、物流は急速に発展しました。役人が上手く調整することで、今のところは大きな被害報告はありませんが、文字が読めないことでの不利益は計り知れませんから」

 文字が読めないことで詐欺に遭う確率が高くなると言うアイリーンに、ブラッドフォードは深く息を吐いた。

「そこまで考えるなんて、凄いねアイリーン。だけどそもそも、この国の平民の識字率そのものが低いんだよ」

「え?そうなのですか?」

「うん。貴族のなかには、平民は知識などなくていいって考えを持つひとも居るしね」

 あまり大々的に動けば、そういった貴族との間に摩擦が生じるかもしれないと言うブラッドフォードに、アイリーンも難しい顔になる。

「私、もの知らずなのですね。ですが、諦めたくないです。文字が読めるようになることは、領のみんなの幸せにも繋がるでしょうから」

「僕もだ。僕個人、本当にいい考えだと思うから、アイリーンの意見に賛成だよ。それに父も、領民の意識向上のためにはどうすべきか、常々考えているから、この案に賛成してくれると思う。となると、領民が文字を学ぶという政策は、事業として、まずはアーサーズ公爵領とドレイク伯爵領で試験的に展開してみる、という方法を取るのがいいかもしれない。父やドレイク伯爵に相談してみよう」

「はい」

 真剣な顔で頷くアイリーンに、ブラッドフォードは一転、明るい笑みを浮かべた。

「それでね、アイリーン。その相談をする時に、教材の量産が可能だという証明も必要になると思うんだけど。アイリーンがさっき言った、三位一体というのが出来れば、大丈夫ってことでいい?」

「はい」

 (いま)だ深刻な表情のまま、こくりと頷くアイリーンのはしばみ色の髪が、ふわりと揺れる。

 そして、真摯にブラッドフォードを見つめる、アイリーンの、はしばみ色の瞳。

 それを可愛いと見て、ブラッドフォードは、何だかあたたかな気持ちになった。

「で、その三位一体ってなに?というか、何の三位一体?」

「この場合の三位一体というのは、浮世絵を作るに欠かせない職人さんを指します」

「え?浮世絵?」 

 またも出現した謎の言葉にブラッドフォードが首を傾げれば、アイリーンの瞳が一気に輝きを増した。


 首を傾げるブラッドフォード様、可愛くて格好いい!

 こてん、って音がしそうな傾げ方、尊い!


「あ、アイリーン?」

「ブラッドフォード様、まつ毛がくるんと長くて、陰影がとても素敵です!・・あ、んんっ。失礼しました。ええとですね。浮世絵というのは、言葉の通り絵画なのですが、その製法が木版画なのです。木版画というのは、一枚の絵を幾つかのパーツに分けて木に彫って、それに色を塗って、パーツがずれないよう、一枚ずつ紙に摺って、最終的に一枚の色付きの絵を仕上げるという、高度な技なのです。つまり、描く職人、彫る職人、摺る職人の三人で、三位一体です」

「木に彫って、色を塗って、紙に摺る・・つまり、封蝋の印章の方に色を付けて紙に押す、みたいなこと?」

 『普通、印章を溶かした蝋に押すけれど』と、考え考え言うブラッドフォードに、アイリーンは思わず拍手した。

「凄いです!ブラッドフォード様!この説明で分かっていただけるとは!一生、付いて行きます!」

「うん。一生離さないから、そこは覚悟しておいて。で、だね。そうなると、材料となる木とか紙、それに絵具も必要になるか。あと、人材」

「ドレイク領は、紙の生産もしていますから、紙は是非、ドレイク領のものをお願いします」

 おどけたように言って、アイリーンは、くすりと笑う。

「そして、絵具は、アーサーズ公爵領で生産されていると、この間知りました!」

「ああ。絵具ね」

 明るい声で勉強の成果を語るアイリーンに、ブラッドフォードは、どこか遠い目をして答えた。



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